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免疫細胞はがん細胞の遺伝暗号の解読を変化させる

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220645

原文:Nature (2022-03-24) | doi: 10.1038/d41586-022-00637-y | Immune cells alter genetic decoding in cancer

Pavel V. Baranov & John F. Atkins

がん細胞では、免疫細胞によってトリプトファン不足が引き起こされると、トリプトファンがフェニルアラニンに置換されたタンパク質が産生される。この知見から、遺伝暗号を解読する際の予想外の動態が明らかになった。

メッセンジャーRNA(mRNA;多色の紐状構造)を翻訳する装置リボソームの周囲では、アミノ酸(赤)が結合した転移RNA(tRNA;濃紫)が待機していて、コドン(3つ組塩基)に対応するアミノ酸をリボソームの中に運び込む。 | 拡大する

selvanegra/iStock / Getty Images Plus/Getty

腫瘍細胞に特有の性質を理解すれば、有望な新しい抗がん治療の開発につながるかもしれない。このほどオランダがん研究所(アムステルダム)のAbhijeet Pataskarらは、ある種のがん細胞が、メッセンジャーRNA(mRNA)をタンパク質に翻訳する際に材料不足という異常事態に陥ると、別の材料に置き換えてそれを乗り切ることを見いだし、Nature 2022年3月24日号721ページで報告している1

腫瘍細胞とその微小環境の他の構成要素(免疫細胞など)との間の明確な特徴や相互作用を明らかにすることへの関心が高まっている。例えば、腫瘍の近くでは、T細胞と呼ばれる免疫細胞が活性化し、インターフェロン-γ(IFN-γ)というシグナル伝達タンパク質を分泌してがんと戦う。IFN-γの役割として最もよく知られているのはおそらく、抗ウイルス防御だろう。

IFN-γががん細胞に作用すると、がん細胞はトリプトファンという必須アミノ酸(体内で作ることのできないアミノ酸)を利用する酵素の発現を促進する。そのためがん細胞では、トリプトファンの供給が非がん細胞よりも大きく減少する2。Pataskarらは、in vitroで増殖させたヒトがん細胞を用いて、IFN-γを介して生じたトリプトファン不足の結果を調べた。Pataskarらは、あるトリプトファン含有タンパク質の一部(トリプトファン含有ペプチド)に続いて緑色蛍光タンパク質(GFP)が発現するようにDNA配列を設計したベクターを作製し、ヒトがん細胞に導入した。この改変細胞にIFN-γ処理を行ってトリプトファンを枯渇させると、トリプトファンを含むこのペプチドは産生されなくなり、下流にコードされているGFPも発現しないと考えられる。ところが予期せぬことに、トリプトファンが枯渇しているにもかかわらず、細胞はGFPを発現していた。

Pataskarらは、トリプトファンが存在しなくてもGFP連結ペプチドの産生が持続したのは、驚くべき切り替えが起こったためであることを突き止めた。細胞において、トリプトファンが十分に存在する条件下では、トリプトファンを指定するコドン(アミノ酸を指定する3塩基配列)を認識する転移RNA(tRNA)は、トリプトファンと特異的に結合している。そして、mRNAの翻訳中にトリプトファンを指定するコドンが登場すれば、トリプトファンと結合したtRNAがやって来て、伸長しているアミノ酸鎖にトリプトファン残基を連結させる。しかし、Pataskarらの証拠から、トリプトファンが枯渇した条件下では、トリプトファンのコドンを認識するtRNAには、トリプトファンの代わりに構造的に類似したアミノ酸であるフェニルアラニンが結合するようになることが示された。その結果、トリプトファンのコドンを解読すると、トリプトファンの代わりにフェニルアラニンが連結され、通常のコドンの「意味」が変化する(図1)。Pataskarらは、コドンの意味の再割り当てという彼らが見いだした現象が、複数のタイプのがん細胞で起こるという証拠を示している。

図1 タンパク質合成の通常の規則に従わないがん細胞
a 健康な細胞では、遺伝暗号が正常に解読される。メッセンジャーRNA(mRNA)の特定の3塩基配列(コドンと呼ばれる)が解読され、特定のアミノ酸(アミノ酸の1文字コードでC、H、Eと表されるアミノ酸など)が確実に翻訳中のタンパク質に連結される。例えば、コドンTGGは、対応する相補的RNA配列(ACC)を持つ転移RNA(tRNA)に認識される。すると、このtRNAに結合しているアミノ酸のトリプトファン(1文字コードではW)がタンパク質に連結される。
b がん細胞はトリプトファン不足に陥ることがあり、この状況は活性化T細胞と呼ばれるタイプの免疫細胞によってもたらされる。この状況が生じるのは、インターフェロン-γ(IFN-γ)によって、がん細胞でインドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ1(IDO1)酵素の発現が引き起こされ、IDO1によってトリプトファンが使い果たされた場合である。Pataskarら1は、こうしてトリプトファン不足に陥ったがん細胞が、mRNAの翻訳中にトリプトファンのコドンに遭遇した場合に、異なるアミノ酸を連結させて克服できることを報告している。トリプトファン不足の状況では、トリプトファンのコドンを認識するtRNAは、トリプトファニルtRNAシンテターゼ(WARS1)という酵素の働きによって、トリプトファンの代わりにアミノ酸のフェニルアラニン(1文字コードではF)と結合していることも明らかになった。従って、トリプトファンのコドンに遭遇すると、翻訳中のタンパク質には誤ってフェニルアラニンが連結される。タンパク質のアミノ酸配列が変化すると、タンパク質の構造や機能に影響を及ぼす可能性がある。 | 拡大する

タンパク質へ「誤って」フェニルアラニンが組み込まれることは、がん細胞にとっては両刃の剣である。一方では、細胞はトリプトファン不足によるタンパク質合成上の障害を回避できるようになる。こうして産生されたタンパク質は、アミノ酸置換の結果として通常とは異なっているが、トリプトファンという必須アミノ酸が存在しないにもかかわらず、細胞では完全長タンパク質の合成が継続する。フェニルアラニンはトリプトファンと構造的に類似しているため、タンパク質の三次元構造の変化は、他のほとんどのアミノ酸置換で生じる変化よりもおそらくそれほど深刻なものではない。従って、細胞は生存する。

他方では、体はこれまでこうした改変型タンパク質に遭遇したことがないため、防御を担う免疫系によって異物として認識され得る。Pataskarらは、免疫細胞に認識させるために細胞表面に提示している抗原と呼ばれるタンパク質断片には、実際に、トリプトファンからフェニルアラニンへの「置換型ペプチド(substitutant)」(Pataskarらがこう呼んでいる)が含まれていることを報告し、また、こうした抗原により免疫応答が引き起こされる可能性が高まることを報告している。従って、がん細胞がタンパク質の産生障害を克服するのに役立つ同じ置換型タンパク質は、これらのがん細胞が脅威であることを知らせるのろしにもなり、免疫系による排除が行われることになる。これらの知見から、アミノ酸の利用可能性と免疫応答の間にこれまで知られていなかった関連があることが明らかになった。今回明らかになった両者の関係については、がん免疫療法で利用できるかどうかを調べるべきであるし、がんの治療を目的とする食事介入に利用可能かどうかも調べる価値があるかもしれない。

フェニルアラニンとトリプトファンには構造的類似性があるが、この置換によって、多数のタンパク質の構造が変化し、それらの機能や代謝回転が損なわれることが予想される。例えば、このような置換は、酵素活性を低下させることが知られている3。理論的には、置換型タンパク質では、酵素の基質認識ドメインが変化したり、通常のタンパク質とは異なるタンパク質に結合できるようになったりすることで、特定のタンパク質が新しい方法で機能できるようになる可能性もある。この置換によって、各タンパク質の特性がどのように変化するか、また、がん細胞にどのような影響があるかを調べることが重要になるだろう。

この置換現象は、非がん細胞や、一部のタイプのがん細胞では見られなかった。Pataskarらは、置換現象が起こるか起こらないかの違いは、腫瘍を取り巻く免疫細胞の微小環境の違いが原因であることを示唆している。しかし、この置換が起こる基盤となる重要な要因を特定できていないことが、この研究の限界である。この置換に関与する分子的な構成要素や、置換型タンパク質が生じるのに必要な特定の条件を明らかにすることは、今後の重要な課題である。

今回のPataskarらの発見によって、遺伝暗号解読における多様性とその動的な性質4を解明することの重要性はいっそう増したといえる。遺伝暗号表(コドンとアミノ酸の関係を定義する「規則」)は普遍的ではない。例えば、ヒトの細胞小器官であるミトコンドリアが使用する遺伝暗号表も含め、多くの変則的な遺伝暗号表が知られている。それに、新しい変則遺伝暗号表も発見され続けている5–7。遺伝暗号へのコドン割り当ての変化は、長い時間をかけて、ゲノム全体から特定のコドンが失われるか、あるいは、あるコドンが可能な2つのアミノ酸のどちらかとして曖昧に解読されることで起こるとされ、これはゆっくりとした進化過程であると考えられている。このようなコドン割り当ての変化は、一度起こると一般的に変化しにくいと考えられ、細胞内のほとんどのタンパク質は、その細胞が持つ遺伝暗号表に従って合成される(ただし、タンパク質コード配列の特定の領域では、非標準アミノ酸が取り込まれる現象や、リボソームフレームシフトと呼ばれる現象が起こるなど8、わずかだが例外が見つかっている)。

しかし、タンパク質への「誤った」アミノ酸の組込みが効率は低いが起こる例は、多くの微生物で観察されている。微生物は、この逸脱によってタンパク質の全集合体を多様化することで、ストレスの多い条件に適応できると考えられており、こうした状況は特に、宿主への感染中に起こっている。例えば、疾患を引き起こす植物病原菌のストレプトマイセス属(Streptomyces)細菌の種では、特定の1つのコドンを2つのアミノ酸に翻訳できることが、植物への侵入に役立っている9。宿主側から見ると、哺乳類細胞はウイルスの攻撃に応答して、タンパク質への硫黄含有アミノ酸のランダムな誤組込みを増加させる10。このようなアミノ酸は、活性酸素種と反応して中和する可能性が高く、この過程は感染によって生じた活性酸素種による損傷からタンパク質を保護すると考えられている。しかし、Pataskarらが見いだした例は、細胞へのストレスに対するより効率的でより特異的な応答であるため、特筆すべきである。

遺伝暗号の規則が条件付きで変更される例は、見つかっていないだけで他にも存在するのだろうか? 答えは近いうちに分かるかもしれない。質量分析と呼ばれる手法によって得られた結果を提供する、無料で利用可能なデータセットを調べれば、こうしたプロテオミクス情報から特定のアミノ酸置換の増加が特定の疾患に関連していることが見いだせるかどうかが分かるかもしれない。既に利用可能なデータセットの数が多いことを考えると、置換型タンパク質がもっと早くに見つかっていなかったことは驚くべきことである。考えられる理由の1つは、物理学者のリチャード・ファインマン(Richard Feynman)が言ったように、ヒトの想像力は自然の想像力には及ばないからだろう。しかし、1つの例が見つかれば、他の例を探すのにそれほど多くの想像力は必要ない。

(翻訳:三谷祐貴子)

Pavel V. BaranovとJohn F. Atkinsは、共にユニバーシティ・カレッジ・コーク(アイルランド・コーク)に所属。

参考文献

  1. Pataskar, A. et al. Nature 603, 721–727 (2022).
  2. Bartok, O. et al. Nature 590, 332–337 (2021).
  3. Davis, T. L. et al. PLoS Biol. 8, e1000439 (2010).
  4. Baranov, P. V., Atkins, J. F. & Yordanova, M. M. Nature Rev. Genet. 16, 517–529 (2015).
  5. Heaphy, S. M., Mariotti, M., Gladyshev, V. N., Atkins, J. F. & Baranov, P. V. Mol. Biol. Evol. 33, 2885–2889 (2016).
  6. Krassowski, T. et al. Nature Commun. 9, 1887 (2018).
  7. Shulgina, Y. & Eddy, S. R. eLife 10, e71402 (2021).
  8. Gesteland, R. F., Weiss, R. B. & Atkins, J. F. Science 257, 1640–1641 (1992).
  9. Vargas-Rodriguez, O. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 118, e2110797118 (2021).
  10. Netzer, N. et al. Nature 462, 522–526 (2009).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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