News in Focus

激震、NIHが助成金受給者にデータ共有を要請

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220513

原文:Nature (2022-02-16) | doi: 10.1038/d41586-022-00402-1 | NIH issues a seismic mandate: share data publicly

Max Kozlov

科学者たちは、NIHの方針は生物医学研究の新たな標準となるとみているが、その段取りや公平性については疑問を感じている。

米国メリーランド州ベセスダにある米国立衛生研究所(NIH)。 | 拡大する

GRANDBROTHERS/ALAMY

米国立衛生研究所(NIH)は2023年1月から、研究資金を提供している年間30万人の研究者と2500の機関のほとんどに対して、助成金申請書にデータ管理計画を添付し、最終的にはそのデータを広く利用できるようにすることを要請する。

Nature の取材に応じた研究者の多くは、NIHのこの方針の根底にあるオープンサイエンスの原則と、これが世界の模範となることを好意的に受け止めている。しかし一部の研究者は、研究者とその所属機関がこの新たな方針を遵守しようとする際に直面する段取りの問題に懸念を抱いている。NIHの新しい方針は研究資金の調達を巡る既存の不公平さをさらに大きくするのではないか、そして、データ収集の大部分を担い、既に手いっぱいの状況にある若手科学者の重荷となるのではないかと危惧しているのだ。

NIHがデータの共有を要請する目的の1つは、科学研究における再現性の危機に対処することにある(2016年4月号「品質保証ブームを巻き起こせ!」、同年8月号「『再現性の危機』はあるか?−調査結果−」参照)。2021年、影響力の大きいがん研究の結果を再現するために200万ドル(約2億5000万円)を投じて8年がかりで行われた検証の結果が発表され、評価対象となった実験のうち精査に耐えられたものは半分以下だったことが判明した(2017年4月号「がん研究の再現性検証プロジェクトから最初の報告」参照)。また、米国で再現性のない研究のために費やされる費用を集計する試みからは、年間100億〜500億ドル(約1.2兆〜6.2兆円)が、問題のある手法を用いた研究のために費やされていることが明らかになった。その費用の出どころの大半は、公的資金配分機関だ。

NIHの科学政策担当副部門長代理のLyric Jorgensonは、再現性のない研究は血税の浪費であるだけでなく、科学に対する社会の信頼を損なうと指摘する。「私たちは、国家の投資を有効活用し、研究の透明性を高め、説明責任を明確にしたいのです」。

エール大学医学系大学院(米国コネティカット州ニューヘイブン)の医療政策研究者のJoseph Rossは、NIHによるデータ共有の要請は、米国内だけでなく国外にも広く影響を及ぼすことになると言う。NIHは、生物医学研究分野では世界最大の公的資金配分機関であるからだ。

大きく変わる申請

2023年1月25日に発効する新しい方針の下では、NIHの助成を受けようとする研究が科学的データの収集を行うものである場合、助成申請者は例外なく、データの解析に必要なソフトウエアやツール、生データを公開する時期や場所、データへのアクセスや配布に関する特別な配慮などについて詳細に記した「データ管理・共有(DMS)」計画を添付する必要がある。

一部の研究者は、方針がこれだけ大きく変更されると、これが発効したときに申請のための作業量が増えるのではないかと心配している。

シカゴ大学(米国イリノイ州)の免疫学者であるJenna Guthmillerは、作業量は増えると証言する。彼女はNIH傘下の国立アレルギー・感染症研究所(NIAID;米国メリーランド州ベセスダ)のプログラムを通じて資金提供を受けているが、NIAIDはNIH全体に先駆けて同様の方針を定めた。その方針が定められた際、彼女は4年前から進めているプロジェクトのために、かなり前の試薬や実験条件の情報を探し出す必要があった。作業には15時間を要したが、「データマネジャーと一緒に作業をすることができたので幸いでした」と言う。

メリーランド大学医学系大学院(米国ボルティモア)のワクチン学者であるLynda Coughlanは、圧倒的多数の研究室や機関には、データを整理したりキュレーションしたりするデータマネジャーがいないため、NIHの方針は、研修生やキャリア初期の研究室主宰者にとってはかなりの負担になるだろうと考えている。彼女自身、研究チームを率いるようになって2年足らずであり、新たな方針によって自分がどんな影響を受けることになるのか懸念している。

Jorgensonは、NIHの新たな方針によって研究者はデータの整理にさらなる時間を費やすことになるかもしれないが、こうした作業は研究を行う上で不可欠であり、長期的には科学に対する社会の信頼を高めることができるのだから、その手間は正当化されると言う。

潜在的な落とし穴

データ管理作業によって、ただでさえ資金不足の研究室から、さらに資金が奪われることを心配する研究者もいる。NIHの方針では、「研究者が、NIHが要請する『データの管理と共有の義務化』に対応するのにかかった費用は、申請書の予算案に手数料として追加できる」とされているが、NIHがどのような場合にこうした要求に応じるかという基準は明示されていない。

Rossは、NIHの新たな方針が広く支持されるためには、研究コミュニティーが現在抱えている不公平を拡大させることがないよう、特にキャリア初期の研究者や資金不足の研究機関に対し、これらの資金をどのように提供するかを明確にする必要があると言う。

Jorgensonは、NIHは現在、研究者がNIHの方針を遵守するのにかかる費用を評価しており、さらなる指針と情報を準備したいと回答している。

データ共有方針の一環として、研究プロジェクトが完了した時点か助成期間が終了した時点(いずれか早い方)で、NIHのプログラムオフィサーがDMS計画を評価し、研究者がそれを遵守しているかどうかを確認することになっている。NIHの方針では、研究者はその際、「研究の結果を評価し、再現する」ために必要な全ての「科学的データ」を、それが学術出版物の裏付けとして使われたかどうかにかかわらず共有しなければならないと規定している(データの共有が法的、倫理的、技術的に重大な負担となる場合は例外)。NIHは、これらのデータを信頼できるリポジトリでのみ共有することを推奨しているが、最終的には情報をどこにアップロードするかは研究者が決定する。

NIHの方針に「科学的データ」という漠然とした用語が使われていることで、具体的にどのような情報を共有する必要があるのか判断がつかずに当惑する研究者もいる。他の研究者にとって有用なのはどのデータで、そうしたデータにアクセスする人がいるのかどうかを予測することは難しいと、Coughlanは言う。

66の大学を代表する米国大学協会(American Association for Universities;ワシントンD.C.)は2020年に、NIHの方針の初期の草案に対して、NIHが言う「科学的データ」の定義を狭める必要があると指摘し、学術出版物の基礎となるデータのみを含むように制限することを提案した。

Jorgensonは、実験がうまくいかなかったときに得られたデータ、つまり論文に掲載されなかったデータも、共有すべき重要なデータであると述べる。こうしたデータには、他の研究者が実験を成功させることができた背景を完全に理解するのを助ける情報が含まれているからだ。彼女は、NIHの方針が曖昧であるからこそ、研究の知見を再現するために真に必要なデータについて柔軟に判断することができると言う。

オープンサイエンス・センター(米国バージニア州シャーロッツビル)のエグゼクティブディレクターであるBrian Nosekは、プロジェクトの完了時に全ての関連データが共有されていることを確認するのは、NIHにとって大きな課題となるだろうと指摘する。Nosekは、NIHの新たな方針は「オープンアクセスについて考えるだけでなく、オープンサイエンス運動を成熟させるための重要なマイルストーン」であるが、方針を遵守しなくても何の影響もなければ、それを真剣に受け止めない申請者が出てくるのではないかと危惧している。これに対してJorgensonは、NIHの方針を遵守しなかった研究者や研究機関は、将来、助成金を受けにくくなる可能性があると回答している。

Rossは、NIHの新方針にはまだ明らかになっていない問題点があるかもしれないが、小規模な資金配分機関や産業界にも同様の変更をもたらすと期待している。「この方針は、人々が臨床研究に何を期待しているかを明確にするものです。要するに、研究文化を変えていく必要があると言っているのです」。

(翻訳:三枝小夜子)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度