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健康な人を新型コロナウイルスに感染させる実験で分かったこと

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220422

原文:Nature (2022-02-02) | doi: 10.1038/d41586-022-00319-9 | Scientists deliberately gave people COVID — here’s what they learnt

Ewen Callaway

健康な人を新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に曝露して意図的に感染させる実験から1年、最初の論文が発表された。参加者のうち、感染したのは半数だけであり、その大半が軽症だった。

ヒトチャレンジ試験の参加者たちは、鼻水や咽頭痛など、他の呼吸器感染症でよく見られる症状を訴えた。発熱はそれほど多くなかった。 | 拡大する

MORTEZA NIKOUBAZL/NURPHOTO VIA GETTY

健康な若者を新型コロナウイルス(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2;SARS-CoV-2)に意図的に曝露して感染させる、世界初の「ヒトチャレンジ試験(human-challenge study)」から、未査読ではあるが、最初の報告がプレプリントサーバーに投稿された。それによれば、この試験では、参加者は感染したとしても軽症にとどまっていたことが分かった。ヒトチャレンジ試験は、ウイルス感染症を最初から最後まで詳細に研究する絶好の機会となるが、参加者にリスクを負わせることになるため、その是非を巡っては議論がある。

このヒトチャレンジ試験は英国で実施され、18歳以上30歳未満の34人が参加した。科学者たちは、今回の研究はSARS-CoV-2のヒトチャレンジ試験を安全に実施できることを示すものであり、このウイルスに対するワクチン、抗ウイルス薬、感染時の免疫反応について、より詳細に研究するための基礎となると主張している。試験の結果は、2022年2月1日にプレプリントサーバーResearch Squareに投稿された(B. Killingley et al. Preprint at Research Square https://doi.org/hfsc; 2022)。

この試験で低用量のウイルスを投与された参加者の半数近くは、感染しなかった。感染した参加者では、一部は無症状だった。そして、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を発症した参加者が報告した症状は、咽頭痛、鼻水、嗅覚・味覚障害など、軽度から中等度のものだった(2020年6月号「スマホアプリのデータから見えてきたCOVID-19の特徴」参照)。

ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア・シドニー)の免疫学者Miles Davenportは、「この研究は、将来のワクチンや治療薬の有効性を評価する方法に大きな進歩をもたらす可能性があります」と言う。「制御環境下で免疫を研究する、いくつかの重要な可能性を開くものです」。

これらの試験が倫理的に正当化されるのかどうか、まだはっきりした結論は出ていません。

しかし一部の研究者からは、ヒトチャレンジ試験の参加者は長期的な後遺症の可能性などのリスクを負っており、これまでに得られた知見について「参加者のリスクを正当化するほど重要なものなのか」という疑問の声が上がっている(2021年4月号「COVID-19による嗅覚障害と味覚障害:科学的に解明されていること」、同9月号「COVIDが脳にダメージを与える仕組み」参照)。ノースウェスタン大学(米国イリノイ州シカゴ)の生命倫理学者であるSeema Shahは、「個人的には、これらの試験が倫理的に正当化されるのかどうか、まだはっきりした結論は出ていません。彼らが他にどのような発見をしたのか、発表を待っているところです」と言う。

投与量を決める

今回のヒトチャレンジ試験はロンドンで実施された。 | 拡大する

HVIVO

ヒトチャレンジ試験は、インフルエンザやマラリアなどの感染症の研究のために数十年も前から実施されてきた。COVID-19のパンデミック(世界的大流行)の初期にも、一部の研究者は、ワクチンの開発を加速させるためにSARS-CoV-2のヒトチャレンジ試験を行うことに賛成していた。一方で、ウイルスについて明らかになっていることが少な過ぎ、有効な治療法もほとんどない段階であったため、ヒトチャレンジ試験を行うのは危険過ぎて受け入れられないとする意見もあった(2020年11月号「免疫系の謎を突き付けるCOVID-19」参照)。

今回報告されたSARS-CoV-2のヒトチャレンジ試験は、ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)の研究者が、民間の臨床研究機関であるオープン・オーファン(Open Orphan;アイルランド・ダブリン)と、その子会社hVIVO(英国ロンドン)と共に主導したものである。試験の実施は2020年10月に発表され、2021年初頭に最初の参加者がウイルスに曝露された。ボランティアは参加費として4565ポンド(約70万円)を受け取り、ロンドンのロイヤルフリー病院の高レベル隔離ユニットで2週間以上隔離された。

最初の参加者は、2020年初頭に英国で流行していたSARS-CoV-2のウイルス株を、ごく低用量(鼻汁1滴に含まれるウイルス量にほぼ等しい量)を投与された。hVIVOの最高科学責任者であるAndrew Catchpoleによると、研究者たちは、参加者の過半数を感染させるには、より多くの投与量が必要だろうと予想していたという。しかし、最初の投与量で、参加者の過半数がこのウイルスに感染した。

感染が成立した後、ウイルスは感染者の体内で急速に複製された。平均すると、曝露後2日以内に最初の症状が現れ、高感度のPCR検査で陽性と判定された。実世界の疫学研究では、人々がウイルスに曝露したと推定される時期から発症するまでの「潜伏期間」が5日前後と報告されていたが、この試験では、それよりもかなり短い期間で発症するという結果になった。ウイルス量が高い状態は平均9日間、最大で12日間続いた。

最も一般的な症状は、咽頭痛、鼻水、くしゃみなど、他の呼吸器感染症でよく見られるものだった。Catchpoleによると、発熱はあまり見られず、COVID-19の特徴とされてきた持続的な咳が見られた参加者は、1人もいなかったという。COVID-19のもう1つの特徴である嗅覚・味覚障害は、程度の差こそあれ、感染した参加者の70%前後に見られた。こうした異常は、5人の参加者では6カ月以上、1人の参加者では9カ月以上も持続した。一部の参加者は、症状は全く出なかったものの、その上気道のウイルス量は有症状者と同程度で、感染期間も同程度であった。

試験に携わった研究者らは、SARS-CoV-2に曝露されたにもかかわらず半数が感染しなかった理由を解明したいと考えている(2020年5月号「クルーズ船での集団発生からCOVID-19について分かったこと」参照)。ロンドン大学インペリアルカレッジの研究医で、今回の研究チームを率いたChristopher Chiuは、一部の参加者で短期間のみ非常に低いウイルス量が見られたが感染には至らなかったことに言及し、これは彼らの免疫系がウイルスと活発に戦ったことを示唆していると言う。

今後は、ヒトチャレンジ試験の参加者を対象とする研究で、その理由の解明が試みられることになる。これまでの研究から、一部の人では、風邪の原因となるコロナウイルスが、COVID-19に対する防御力を付与している可能性が示唆されている。もう1つの可能性は、過去に特定の病原体や近縁のウイルスに遭遇していなくても、強力な自然免疫反応を持っている人がいることだ(2021年2月号「子どもはなぜCOVID-19にかかりにくいのか」、2022年2月号「COVID-19に罹らない人を探す世界規模の計画が始動」参照)。

Chiuのチームは、COVIDワクチンの接種を受けた人々をSARS-CoV-2のデルタ株に曝露して感染させる別のチャレンジ試験の立ち上げを計画している。その目的は、ワクチン接種後の「ブレイクスルー」感染から人々を保護する免疫因子を特定することにある。当分の間、SARS-CoV-2のヒトチャレンジ試験には、重症化リスクの極めて低い人々だけが参加することになるだろうとCatchpoleは言う。しかしChiuは、研究者がヒトチャレンジ試験を安全に実施する経験を積んでいけば、対象者を拡大できるようになるかもしれないと言う。

残る懸念

SARS-CoV-2のウイルス粒子(金色)の顕微鏡写真。 | 拡大する

NIAID

NIH国立アレルギー・感染症研究所(NIAID ; 米国メリーランド州ベセスダ)の感染症内科医でウイルス学者でもあるMatthew Memoliは、この試験は安全に、適切に行われたようだと評価する。

彼はまた、今回の試験の結果を見て、SARS-CoV-2のさらなるヒトチャレンジ試験への抵抗感が小さくなる人もいるだろうと言う。こうした試験は、広範な種類のコロナウイルスから私たちの身を守るためのワクチンの開発に役立つかもしれない。

メリーランド大学ボルティモア校(米国)のワクチン科学者でウイルス学者でもあるMeagan Demingは、この試験により、ウイルス量の急激な上昇など、他のCOVID-19研究から得られていた知見が裏付けられたと評価する。しかし彼女は、弱毒化していないSARS-CoV-2株で曝露試験を行うことに懸念を持っていて、今回の試験でも懸念は払拭されなかったと言う。というのも、感染した被験者の3分の2以上で、長期にわたる嗅覚・味覚障害が生じたからだ。

「これは、実際に現れたリスクの中で最も深刻なものだと思います。今後も目を光らせていく必要があります」とSharは言う。さらに彼女は、今回の試験からこれまでに得られた知見が、これだけのリスクを正当化するものなのかどうか、疑問を投げ掛けていると言う。「今回の試験は、彼らが進めている他の研究と結び付くことで、最終的に大きな科学的・社会的利益をもたらすことを約束しているように見えます。けれども、私たちはまだ、実際にはそれを目にしていません」。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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