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クルーズ船での集団発生からCOVID-19について分かったこと

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200513

原文:Nature (2020-03-26) | doi: 10.1038/d41586-020-00885-w | What the cruise-ship outbreaks reveal about COVID-19

Smriti Mallapaty

乗客が新型コロナウイルスに感染したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号のような閉鎖環境は、ウイルスを理解するための貴重な機会を提供してくれる。

クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号に隔離された乗客たち。 | 拡大する

Tomohiro Ohsumi/Getty Images News/Getty

2020年2月1日、数日前に香港でクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」から下船した乗客が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)検査で陽性と判定された。同船は2月3日に横浜港に到着し、ただちに乗客・乗員3711人を乗せたまま検疫を受けた。翌月までに、船内では看護師を含む700人以上の感染者が発生し、数週間の間、中国以外では最大の集団感染発生の場となっていた。

クルーズ船という環境は、閉鎖的であることと、感染しやすい高齢者が乗客に占める比率が高いことから、感染症の集団発生が起きやすい。ダイヤモンド・プリンセス号での集団発生の後、少なくとも25隻のクルーズ船でCOVID-19の症例が確認されている。カリフォルニア州の沖合に隔離されたグランド・プリンセス号では78人の症例が発生した。帰国した乗客を感染源とする集団発生も、各国で見られるようになった。

スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の疫学者John Ioannidisは、「クルーズ船は、どのような人たちがそこにいるのか、そしてリスクを持っているかどうかを正確に知ることができますし、全員を調査することが可能です」と話す。

日本の公衆衛生当局はダイヤモンド・プリンセス号で3000件以上の検査を行った。高齢の乗客や症状のある患者が優先的に検査を受けた。複数回の検査を受けた乗客もおり、時間の経過とともにウイルスが拡散していく様子を知ることができた。乗客・乗員のほぼ全員を検査したことで、軽症の患者や無症状の患者を含め実際に何人が感染しているかを判断するのに役立った。感染症の集団発生例の多くは一般の集団で起こるため、こうした症例は特定できないことが多い。

ある研究チームはダイヤモンド・プリンセス号のデータを用いて、2月20日の時点で船内の感染者の18%が無症状であったとEurosurveillance で報告している1。「これは相当高い割合です」と、著者の1人であるジョージア州立大学(米国アトランタ)の数理疫学者Gerardo Chowellは言う。乗客には重症化しやすい高齢者が多いので、一般の集団では無症状の患者の割合はさらに高くなるだろうとChowellは話す。

疾患の重症度

別の研究チームはダイヤモンド・プリンセス号と中国のデータを組み合わせて、中国における確定症例の致命率(CFR)を約1.1%と推定した2。この値は世界保健機関(WHO)による推定値である3.8%よりもずっと低い。

WHOは単純に、確認された感染者の数で死亡者数を割っただけだと、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院の数理疫学者Timothy Russellは指摘する。感染者のごく一部しか検査していないということを考慮に入れていないため、この方法では感染症が実際よりも致命的に見積もられてしまう。

そこでRussellの研究グループは、乗客・乗員のほぼ全員が検査を受け、7人の死亡が記録されたダイヤモンド・プリンセス号のデータを用い、中国における7万2000人以上の確定症例のデータと組み合わせて、CFRのより確実な推定値を求めた。査読前の論文は生物医学領域のプレプリントサーバmedRxivに投稿されている。

Russellらはまた、中国における感染致命割合(IFR)はCFRよりもさらに低く、0.5%程度だと推定している。IFRとは、確定症例だけでなく無症状の患者も含めた全ての感染患者のうち、死亡に至る患者の割合をいう。集団におけるIFRの推定は特に難しい。死亡した感染患者に症状がなかったり、検査を受けていなかったりした場合、その患者は見落とされてしまうからだ。

ハーバードT. H. チャン公衆衛生大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の感染症疫学者Marc Lipsitchは、公衆衛生当局が感染症の重症度や介入法を判断する上でIFRは重要な指標だと話す。「この研究は重要な取り組みですが、1つ注意しなければならないのは、感染の有無をウイルス検査で確認しているという点です」。そのため、いったん感染したがすでに回復した人は見落とされてしまうと彼は言う。

ダイヤモンド・プリンセス号のデータを用いて研究を行うメリットは他にもある。喫煙の有無なども含め、乗客・乗員の病歴を知ることができるのだと、Ioannidisは付け加える。「高齢だけでなく、慢性閉塞性肺疾患、心臓病、糖尿病などの併存疾患があると予後が悪いことが分かっています」と彼は言う。

船室での隔離

船内の乗客は2月5日から2週間以上にわたって各自の船室に閉じ込められた。Chowellはまた、ダイヤモンド・プリンセス号で導入された厳格な封じ込め対策が、ウイルスの拡散を抑止する上でどれだけ効果的だったかについても調べた。

Chowellと京都大学の疫学者、水本憲治は、隔離措置が導入された時点では1人の感染者が7人以上の人を感染させる可能性があったとInfectious Disease Modelling で報告している3。乗客は狭い場所に密集して過ごしており、ウイルスで汚染された表面に触る機会もあったことから、おそらく感染率は非常に高かっただろうとChowellは言う。

しかし、乗客が各自の船室に閉じ込められてから、1人の感染者がウイルスを感染させた人の数は平均1人以下にまで減った。このことは隔離措置によって多くの感染を回避できたことを示しているとChowellは言う。しかし、隔離措置は完璧なものではなく、感染者が乗員や同室の乗客を感染させることはあっただろうと彼は話す。

ダイヤモンド・プリンセス号での経験から得られたウイルスの拡散と疾患の重症度についての知見は貴重なものだが、そこで取られた隔離措置から、同様の封鎖措置を実施しつつある国にとって有益な教訓を引き出すことは難しいとIoannidisは言う。「国土全域を船と見なすことには無理があります」。

(翻訳:藤山与一)

参考文献

  1. Mizumoto, K., Kagaya, K., Zarebski, A. & Chowell, G. Euro Surveill. 25, 2000180 (2020).
  2. Russell, T. W. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2020.03.05.20031773 (2020).
  3. Mizumoto, K. & Chowell, G. Infect. Dis. Model. 5, 264–270 (2020).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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