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現生の家畜ウマの祖先と拡散の歴史が明らかに

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220106

原文:Nature (2021-10-22) | doi: 10.1038/d41586-021-02858-z | Ancient DNA points to origins of modern domestic horses

Tosin Thompson

現生の家畜ウマの祖先については謎が多く、議論になっていた。このほど、古代ウマのDNA解析により、4000年前の西ユーラシアの草原に生息していたウマが遺伝的な起源であることが明らかになった。

内モンゴルのステップの馬群。 | 拡大する

LUDOVIC ORLANDO

ユーラシア大陸各地の古代ウマのDNAが収集、解析され、現生の家畜ウマの遺伝学的な祖先が家畜化された時期と場所が明らかになった。2021年10月28日号のNature に掲載された論文によれば、現生の家畜ウマはおそらく、約4200年前にボルガ川とドン川の周辺(現在のロシアの一部)に広がるステップで生まれた後にユーラシア各地に拡散し、最終的には、それ以前に各地に存在していた系統のウマに取って代わったようだ(P. Librado et al. Nature 598, 636–642; 2021)。

現在のロシア・タタールスタン共和国カザン付近のボルガ川の風景。この辺りで、原生の家畜ウマの祖先と思われるウマが誕生したようだ。 | 拡大する

Belikart/iStock/Getty Images Plus/Getty

論文の執筆陣に名を連ねるエクセター大学(英国)の生物考古学者Alan Outramは、「この研究は、先史時代の人類史における極めて重要な移動に関して、大きな謎を解明するとともに、我々の見方を根本的に変えました」と話す。

家畜ウマは、ウシなど他の家畜とは異なり、骨やその他の遺物について野生のものと見分けるのが難しい。そのため、家畜ウマの起源については長く議論が行われてきた。ポール・サバティエ大学(フランス・トゥールーズ)の分子考古学者で筆頭著者のLudovic Orlandoは、「これまでの研究は、解体様式や歯の損傷、馬乳消費の痕跡、それから象徴的な証拠といった、間接的な証拠に頼らざるを得ませんでした」と語る。

過去5年にわたり、Orlandoらは古代ウマの骨や歯の断片を収集してきた。標本は、イベリア、アナトリア、そして西ユーラシアおよび中央アジアのステップなど、家畜ウマが生まれた可能性のある場所から2000点以上が集められた。

標本のうちの約270点からは、完全なゲノム塩基配列が得られた。標本の年代は、放射性炭素年代測定法によって明らかにされた。また野外考古学からは、文化的背景に関する情報が集められた。こうして、家畜化以前、途上、そして以後に当たる時期に存在していた、さまざまなウマ個体群を追跡することができた。その結果、ユーラシアの各地に存在していたウマの個体群は、約4200年前までは遺伝学的に多様であったことが明らかになった。

「それらの個体群が遺伝学的に区別されたことで、現生の家畜ウマに見られる遺伝的変異を有する系統を特定することができ、その変異がどのように広がったかを突き止めることができました」とOrlandoは話す。

解析の結果、現生の家畜ウマのDNAプロファイルを持つウマは、紀元前6000~紀元前3000年ごろには、西ユーラシアのステップ、特にボルガ・ドン地域に生息していたことが分かった。「現生の家畜ウマの血統を持つ個体群は、他の場所では、いてもごくわずかでした」とOrlandoは語る。

ところがこのウマは、紀元前2200~紀元前2000年ごろには、西ユーラシアのステップ以外の場所に現れた。まずはアナトリア、ドナウ川下流域、ボヘミア、中央アジアに出現し、その後、ユーラシア各地に広がった。紀元前1500~紀元前1000年ごろになると、このウマ個体群が、他の全ての局地的ウマ個体群に取って代わった。「そのウマの生殖プールは、約4200年前に劇的に拡大しています。今回得られた結果は、かつてのブリーダーたちが、ウマに頼った移動の需要の増加に応えるべく、その種のウマの大量繁殖を開始したのがこの時期だったことを示しています」とOrlandoは説明する。おそらく人類は、まずウマの背中に乗り、それからウマが引く乗り物を発明したのだろう。最初のスポーク車輪馬車が出現したのは紀元前2000~紀元前1800年ごろだ。

人類の移動

今回の知見は、一部の古い人類の移動の際にウマが担ったとされる役割について、これまでの認識に異を唱えた。以前、古代人ゲノムの解析から、ヤームナヤとして知られる文化に関係して、紀元前3000~紀元前2000年ごろに西ユーラシアのステップから欧州への大移動があったことが明らかになった。この時期は青銅器時代と呼ばれている(2015年9月号「大規模DNA解析で青銅器時代の秘密に迫る」、2021年2月号「DNAが紐解く1万1000年にわたるイヌの進化史」参照)。その人々は、インド・ヨーロッパ(印欧)諸語の欧州への拡散を促進したと考えられており、ウマに乗っていたと想定されることが多かった。「この大移動が相応数のウマを伴っていたのなら、ウマの血統のプロファイルにはそれなりの変化があったはず」だと、Orlandoはみる。しかし解析結果は、その時代において、西ユーラシアのステップの外には家畜ウマの祖先がほとんどいなかったことを示唆している。このことから、ヤームナヤの移動でウマが役目を果たしたというシナリオは棄却されよう。

「今回得られた分析結果は、青銅器時代のステップから西部欧州への人類大移動に関する認識を大きく変えます」とOutramは話す。「そうした移動は、広く考えられていたように家畜ウマによって促進されたわけではなさそうです」。

コペンハーゲン大学(デンマーク)の進化遺伝学者Eske Willerslevは、Orlandoらの今回の研究について、「青銅器時代の人類の広がりで家畜ウマが担った役割を巡る長年の論争に取り組む」ものだと話す。

Orlandoらは、紀元前2500年以降に現生の家畜ウマで一般的になった遺伝子バリアントも調べた。目に付いた遺伝子はGSDMCだった。この遺伝子の変異には、ヒトでは椎間板の硬化(慢性背部痛を引き起こし得る病態)と関連するものがある。もう1つ、カギと考えられる変異が見つかったのは、ZFPM1という遺伝子であった。これは気分の調節と攻撃に関与するニューロンの発生に極めて重要な遺伝子だ。

GSDMCおよびZFPM1遺伝子の2つのバリアントは、家畜化プロセスの初期に選択され、飼養のしやすさ、ストレスからの回復しやすさ、そしてウマの背中の強化を促進したと考えられます。こうした性質は、その新型のウマが世界的にかくも優勢となった理由を説明すると考えられます」とOrlandoは話す。

(翻訳:小林盛方)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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