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欧州の1000億ユーロの研究資金がもたらす変化

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210614

原文:Nature (2021-02-25) | doi: 10.1038/d41586-021-00496-z | How Europe’s €100-billion science fund will shape 7 years of research

Quirin Schiermeier

欧州の巨額の科学研究資金助成計画「ホライズンヨーロッパ」は、助成金申請の募集を始めた。オープンサイエンスから目標重視の「ミッション」まで、ホライズンヨーロッパがもたらす変化を解説する。

欧州委員会の研究・科学・イノベーション担当の前委員Carlos Moedas(左)と、目標を明確化した「ミッション」をEUの科学研究資金に導入することを提唱した経済学者Mariana Mazzucato。 | 拡大する

JENNIFER JACQUEMART/EUROPEAN UNION

欧州連合(EU)の巨額の科学研究資金助成計画「ホライズンヨーロッパ」が2021年2月、初めての助成金申請の募集を始めた。この計画は、27のEU加盟国と10カ国以上の非加盟国の研究者が行う科学研究や国際共同研究プロジェクトに、2021年から2027年までの7年間で955億ユーロ(約12兆円、COVID-19回復基金からの54億ユーロを含む)を助成するものだ。

ホライズンヨーロッパは、ゼロから作られた計画ではなく、2014年から2020年までのEUの研究資金助成計画「ホライズン2020」(約800億ユーロ)の後継計画であり、ホライズン2020と同様、資金助成のさまざまな枠組みの集まりだ。個々の研究者への助成に加え、健康、気候変動、デジタル革命などの大きな社会的課題に取り組む、大型の国際共同研究のための助成金も含んでいる。

ホライズンヨーロッパは、オープンサイエンス、平等、学際研究、実際的な応用への関心の高まりを反映して、これまでにない新たな要素も含んでいる。ホライズン2020と比べた変化をまとめた。

ミッションの導入

ホライズンヨーロッパの最も大きな変化は、目標を明確化して短期間で社会的課題に取り組む研究テーマ「ミッション」を導入したことだ。約45億ユーロ(約5900億円)が、気候変動、がん、海洋などの広水域、スマートシティー、土壌と食糧の5分野に充てられる。

ミッションは、その視野と目指すものの両方の点で、通常の研究協力とは異なる。ミッションの狙いは、一般の人々の意見を取り入れて選んだ共通の目標の達成のために、研究者、企業、政府の能力を結集することだ。欧州委員会によると、ミッションは、持続可能な経済のための「欧州グリーンディール計画」や欧州の「がん撲滅計画」、国連の「持続可能な開発目標」の考えを反映したものになるという。ミッションの導入は、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の経済学者Mariana Mazzucatoが提案した。

ミッションは、EUの「共通農業政策」など、ホライズンヨーロッパとは別の欧州の施策の仕組みと資源を取り込む。共通農業政策は、経済的発展が遅れた地域でインフラを開発するための農業関連の助成金や計画だ。既存の欧州の研究計画「未来・新興技術(FET)フラッグシップ」は、ミッションがそれに取って代わることになった(FETフラッグシップは予定の年数で順次、終了する)。FETフラッグシップは、グラフェンやヒトの脳などの特定領域の研究に、それぞれ10億ユーロ規模の予算を割り当てる大型研究プロジェクト群だが、批判もあった(2019年5月号「10億ユーロ規模の次期研究計画、最終6候補を選出」参照)。

しかし、ミッションの詳細の多くは未決定だ。欧州委員会が任命したミッション委員会は今後数カ月で、具体的な目標、必要な研究、効果を測る指標をまとめなければならない。ミッションのための研究提案の最初の募集は2021年末と見込まれている。

基礎研究助成の増額

とはいえ、基礎科学研究は、欧州の研究の中心であり続ける。ドイツの研究機関の対欧州連絡事務所(ベルギー・ブリュッセル)の所長であるTorsten Fischerは「ミッションの導入が注目を集めましたが、それはホライズンヨーロッパの相対的には小さな部分にすぎません」と指摘する。

EUの基礎研究分野の助成機関である欧州研究会議(ERC)は、ホライズンヨーロッパの一部として、2021〜2027年の7年間で160億ユーロ(約2兆1000億円)をさまざまな経験レベルの研究者に配分する予定だ。これは、ホライズン2020と比べて20%以上の増額だ。ERCは、ホライズンヨーロッパにおける助成金申請の最初の募集を2021年2月25日に始めた。今後もさらなる募集があるとみられる。

ERCの助成金は、個々の研究者に5年間で最大250万ユーロ(約3億3000万円)を助成するもので、これまで、獲得できた者は約12%で競争は厳しかった。助成金が増えたことで、より多くの科学者に資金が与えられることになりそうだ。

しかし、EUの複数年予算は、2020年12月に土壇場で政治的合意にこぎ着けたため、一部のタイプの助成金のスタートは遅れることになった。ERCの運営部門(ブリュッセル)の責任者Waldemar Küttによると、複数のチームの科学者に対して助成される「シナジー助成金」の募集は2021年は行わない見込みだという。ERCが助成した研究で生み出されたアイデアを発展させる「概念実証助成金」の募集も2022年まで遅れるという。

もう1つの重要な変化は、国連教育科学文化機関(UNESCO)などが運営するアブドゥッサラム国際理論物理学センター(イタリア・トリエステ)のように、EU内に本部を置く国際的研究機関に所属する研究者は、ホライズンヨーロッパの助成金に応募できるようになったことだ。以前は約80のそうした研究機関が助成対象から外されていた。

ホライズンヨーロッパに準会員国として加わる非EU加盟国は、その参加のレベルに応じて、合わせて約40億ユーロ(約5000億円)の財政面での貢献をすると見込まれる。準会員国には、イスラエル、スイス、英国など、科学研究が盛んな国が含まれている。英国は実質的にも2020年末にEUを離れたが、EUとの貿易協定に調印し、英国の科学者、研究機関、企業はホライズンヨーロッパに参加することが可能になった(2021年1月号「英国のEU離脱で科学研究に影響する4つの問題」参照)。

市場化を促進

ホライズンヨーロッパは、経済的な利益を生み出す応用研究への支援も強化する。このため、欧州委員会は2021年3月、技術革新や科学研究結果の商品やサービスへの転換の促進を目指した新たな研究資金助成機関「欧州イノベーション会議」(EIC)を設立した。

EICには約100億ユーロ(約1兆3000億円)が充てられ、3つのタイプの助成金に分けて与えられる。「開拓者」プログラムでは、研究者は、商業的な潜在力を持つアイデアを発展させるための支援を得ることができる。2番目の「移行」プログラムは、有望な研究結果の事業化を支援する。

さらに「加速」プログラムでは、起業家は、製品やサービスを市場に出した後、事業を拡大するためにEICから助成金や貸し付け、教育訓練サービスなどを得ることができる(加速プログラムは、英国とEUの貿易協定から除外されたので、英国の研究者たちは利用できない)。

重要な点は、ERCの概念実証助成金を得ている研究者たちが、EICの支援を求めることもできることだ。「2つの助成機関からの支援を組み合わせることは、基礎科学の商業的潜在力を開放できる素晴らしいチャンスになります」とFischerは話す。

欧州連合(EU)の行政機関である欧州委員会の本部ビル。ベルギー・ブリュッセルで2020年5月撮影。 | 拡大する

Jonathan Raa/NurPhoto via Getty Images

オープンサイエンス

ホライズンヨーロッパの助成金を受けている研究者は全て、オープンサイエンスの原則に従って研究結果を出版するよう求められるとみられている。

Küttによると、特に即時のオープンアクセス出版は、ERCからの助成金を含め、ホライズンヨーロッパの助成金を得ている全ての研究者の義務になるという。科学者たちは、受理された査読済みの論文を「信頼できるリポジトリ」にオンラインで投稿することを求められる(現時点では、どのリポジトリが認められるかは分かっていない)。助成金は、純粋なオープンアクセス学術誌での出版費用は負担するが、ハイブリッド学術誌の出版費用は負担しない(2021年3月号「NatureおよびNatureリサーチ誌も、全著者向けOAオプションを提供」参照)。また、論文の著者は自身の論文の知的財産権を保持しなければならない。

欧州委員会は、EUから研究資金を得た科学者たちが、2021年3月に正式に発足する予定のオープンアクセスプラットフォーム「オープンリサーチヨーロッパ」に論文を投稿することを奨励している。このプラットフォームは、英国ロンドンのオープンサイエンス出版社「F1000」が運営するもので、このプラットフォームに提出された研究結果は即時に公開され、他で出版することはできない。また論文は、オープン査読と呼ばれる方式の査読にかけられる。これは、論文と共に査読内容と査読者の名前が公開されることを意味し、出版費用は欧州委員会が負担する。

科学者たちは、作成した全ての研究データを保存し、他の研究者による再利用が可能な形にする必要もある。ホライズンヨーロッパの助成金を受ける研究者は、研究プロジェクトが終わってから6カ月以内に、FAIR(findability=見つけやすさ、accessibility=アクセスのしやすさ、interoperability=相互運用性、reusability=再利用可能性)原則に従ったデータ管理計画を提出することを求められる。ただし、企業秘密や秘密にすべき個人データが含まれている場合は例外が認められる可能性はある。

また、個別の国あるいはEUから公的な資金を得た全ての研究のデータに自由にアクセスできるオンラインリポジトリである「欧州オープンサイエンスクラウド」が、欧州の研究機関とデータサービス機関の協力で現在開発されている。

こうしたルールは、一部の懸念を招いている。クロアチア最大の公立研究所であり、学際的な研究を行っているルジェル・ボスコビッチ研究所(ザグレブ)の所長David Smithは、「貧しい国の科学者や研究機関にとっては、データ管理の要求を満たすことは技術的に難しいかもしれません」と話す。

「私たちは、オープンアクセス出版の準備はできています。しかし、オープンデータの準備ができているとはいえません。率直に言って、この点ではあらゆる分野の研究で遅れています」と彼は話す。

平等性

EUの政治家らと欧州委員会は、ホライズンヨーロッパの研究資金の3%以上(約30億ユーロ)を、少ない助成金しか勝ち取れないことが多い加盟国の参加を拡大するために使うことに合意した。

ホライズンヨーロッパは、既に十分実績のある施策を今後も行うだろう。つまり、指導的な研究所と実績のない研究所をチームにしたり、最近になってEUに加わった国のトップ研究者に特別な助成金を与えたり、助成金応募や研究プロジェクト管理の研修を研究者たちに行ったり、といった施策だ。

しかし、ホライズンヨーロッパの売り物のミッションが、経済発展が遅れた国の科学者に正当な研究費を割り当てるかどうかは不透明だ。Smithは「ミッションは、富める国の定評のある研究者たちだけに合わせたものにならないことを期待します。クロアチアのような小さな国も、与えることができるものはたくさん持っています。新しい取り組みは、賢明に実行されれば東西の格差を縮める可能性を持っています」と話す。

ホライズンヨーロッパに参加する組織は、男女の平等を改善する計画も提出しなければならない。これは、ホライズン2020と異なるもう1つの変化だ。ホライズンヨーロッパから研究資金を得る全ての研究機関は2022年以降、研究スタッフの男女数の均等の実現に努力し、採用方針とハラスメント防止方針を策定し、男女平等に関する研修の機会を用意することが期待される。

(翻訳:新庄直樹)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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