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COVIDの集団免疫が達成できないかもしれない理由

全力を挙げてワクチン接種を進めたとしても、COVID-19の制圧を可能にする理論上の閾値には手が届かないようだ。

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KOBI WOLF/BLOOMBERG/GETTY

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210519

原文:Nature (2021-03-25) | doi: 10.1038/d41586-021-00728-2 | Five reasons why COVID herd immunity is probably impossible

Christie Aschwanden

世界中で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの接種が軌道に乗ってきた今、「このパンデミック(世界的大流行)はいつまで続くのだろうか?」という疑問が湧いてくるのも当然だろう。これは簡単には見通せない問題だ。ただ、十分な割合の人々が重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する免疫を獲得してしまえば感染の伝播はほぼ抑え込めるという、一時期よく言われていた「集団免疫」の達成については、実現する可能性が低いと考えられ始めている。

集団免疫はワクチン接種率が十分に高くならないと達成できない。ワクチンの集団接種が始まりさえすれば、集団免疫によって社会は平常に戻るだろうと多くの科学者が考えていた。大方の予測では、ワクチンの接種やウイルス感染によって人口の60~70%が免疫を獲得すれば、集団免疫を達成できると考えられた。しかし、パンデミックが2年目に入った現在、そのような考え方は変わり始めている。2021年2月、フリーランスのデータサイエンティストであるYouyang Guは、自身が開発した評判の高いCOVID-19予測モデルの名前を「Path to Herd Immunity(集団免疫への道)」から「Path to Normality(平常への道)」に変更した。ワクチン忌避、新しい変異株の出現、子どもへのワクチン接種の遅れなどの要因から、集団免疫は達成できそうもないと彼は述べている。

Guはデータサイエンティストだが、疫学者の多くも意見は一致している。テキサス大学オースティン校(米国テキサス州オースティン)のCOVID-19モデリングコンソーシアムで責任者を務める疫学者のLauren Ancel Meyersは、「集団免疫が達成されればパンデミックは永久に根絶できる、という考え方は改められつつあります」と言う。この考え方の変化はパンデミックの複雑さと対応の難しさを反映したものであり、ワクチン接種が有益だという事実を否定しているわけではない。「ワクチンでウイルスは自然に消滅し始めるでしょう」とMeyersは言う。しかし、新しい変異株が出現したり、いったん獲得した免疫が減衰したりする可能性もあるため、「数カ月後、あるいは1年後になってもまだ、感染症の脅威と戦い、感染爆発を防ぐ対策を講じなければならない状況は続いているかもしれません」。

パンデミックの長期的な展望として、COVID-19がインフルエンザと同じような風土病(エンデミック)として局地的に発生し続ける可能性が考えられる。しかし、短期的には、集団免疫とは無関係に新しい平常状態が訪れると科学者たちは予想している。ここでは、そのような見解の背景にあるいくつかの根拠と、それが今後1年間のパンデミックでどのような意味を持つかについて紹介する。

ワクチンでウイルスの伝播を防げるかどうかは分からない

集団免疫とは要するに、たとえ感染者が出たとしても、周囲に感染しやすい宿主が少なければウイルスの伝播がそこで断ち切られるということだ。従って、ワクチン接種済みの人や感染歴のある人がウイルスに感染したり、ウイルスを伝播したりすることはない、というのが前提となっている。しかし、例えばモデルナ社やファイザー社/ビオンテック社が開発したCOVID-19ワクチンは、発症の予防には非常に有効だが、感染を防げるかどうか、あるいはウイルスを他の人に伝えるのを阻止できるかどうかは、まだはっきりしていない。この点が集団免疫の達成において問題となる。

「集団免疫という考え方が意味を持つのは、ウイルスの伝播を防げるワクチンが手に入る場合に限ります。そのようなワクチンがないのであれば、集団免疫を達成する唯一の方法は、全員にワクチンを接種することです」と、ジョージタウン大学(米国ワシントンD.C.)の数理生物学者Shweta Bansalは話す。彼女によれば、集団免疫に意味を持たせるためには、ワクチンのウイルス伝播を防ぐ効果が「とても高い」必要があるが、現時点では確定的なデータはない。「モデルナ社やファイザー社のデータはとても有望なように思います」とBansalは言うが、ワクチンでウイルスの伝播をどれだけ阻止できるかに関する正確な数字が、重要な意味を持ってくるだろう。

ワクチンがウイルスの伝播を阻止する効果は100%である必要は必ずしもない。ノースイースタン大学(米国マサチューセッツ州ボストン)で感染症を研究しているネットワーク科学者Samuel Scarpinoは、70%の効果でも「大したもの」だと言う。しかし、それでもまだ相当量のウイルスが伝播する可能性があり、感染の連鎖を断ち切るのはかなり難しくなるだろう。

ワクチン接種の進行状況には差がある

ペンシルベニア州立大学感染症ダイナミクスセンター(米国ユニバーシティーパーク)の疫学者Matt Ferrariは、さまざまな理由からワクチン展開のスピードと配分が重要だと話す。完璧に協調した世界規模のキャンペーンを実施できれば、少なくとも理論的には、COVID-19を根絶することは可能だろうと彼は言う(2021年4月号「COVIDワクチンの公平な配分を成功させなければならない理由」参照)。「理論的には可能ですが、現実的には世界規模でそれを達成できる可能性は極めて低いでしょう」。ワクチン接種の進行状況は国によって大きな差があり、同じ国内でさえもさまざまだ(「ワクチン接種の格差」参照)。

ワクチン接種の格差
ここに示したように、COVID-19ワクチン接種の進行状況は国によって大きな差がある。一部の国では集団免疫達成の理論上の閾値に迫りつつあるが、それでも感染拡大を食い止めるのは難しいかもしれない。 | 拡大する

SOURCE: OUR WORLD IN DATA

イスラエルは2020年12月に国民へのワクチン接種を開始し、現在、接種の展開では世界をリードしている。データの共有と引き換えにワクチンの優先的な提供を受けるという契約をファイザー社/ビオンテック社と結んでいたのだ。テクニオン・イスラエル工科大学(ハイファ)の生物医学データサイエンティストであるDvir Aranによれば、計画の初期には連日、イスラエルの人口の1%以上がワクチン接種を受けていたという。2021年3月中旬の時点では、国民の約50%が所定の2回のワクチン接種を済ませている。「ここに来て問題となっているのは、若者が接種を受けたがらないことです」とAranは言う。そのため、地方自治体は無料のピザやビールなどを用意して若者の気を引こうとしている。イスラエルとは対照的に、近隣国のレバノン、シリア、ヨルダン、エジプトでは、ワクチンの接種を済ませた国民は人口の1%にも満たない。

米国では州によってワクチンの接種率に差がある。ジョージア州やユタ州のように接種率が人口の10%に満たない州もある一方で、アラスカ州やニューメキシコ州では16%以上の人がワクチンの接種を済ませている。

ほとんどの国では年齢層によってワクチン接種の優先順位が決められており、COVID-19による死亡リスクの最も高い高齢者が優先されている。しかし、子ども用のワクチンはいつ承認されるのか、そもそも承認されるかどうかもまだ分からない。現在、ファイザー社/ビオンテック社とモデルナ社は、自社のワクチンの臨床試験に10代の若者を登録しており、オックスフォード大学/アストラゼネカ社とシノバック・バイオテック社のワクチンは、3歳以上の子どもを対象とした試験が行われている。しかし、結果が出るのはまだ数カ月先のことだ。もし、子どもにはワクチンを接種できないということになれば、集団免疫を達成するためには、より多くの大人に免疫を獲得させる必要が出てくるだろうとBansalは指摘する(ファイザー社/ビオンテック社のワクチンは16歳以上であれば接種できるが、その他のワクチンは18歳以上にしか承認されていない)。例えば米国では18歳未満が人口の24%を占めている(2010年国勢調査のデータによる)。もし18歳未満がワクチン接種を受けられないということになれば、人口の76%という集団免疫を達成するために、18歳以上の人の100%がワクチン接種を受けなければならない計算になる。

Bansalによれば、もう1つ重要なのは集団免疫の地理的分布だ。「どんな地域社会も孤島ではなく、本当に重要なのは社会を取り囲む免疫の状況なのです」と彼女は言う。人々の行動や地域での施策の違いから、米国ではCOVID-19が局地的に集団発生している。過去のワクチン接種の取り組みでの経験から考えて、ワクチンの接種率にも地域差が生じる傾向があるとBansalは付け加える。例えば、麻疹(はしか)の予防接種では、接種を忌避する人が多い地域があったために局地的な再燃が見られた。「接種率に地域差があると集団免疫への道が一直線とは言えなくなり、局地的に再燃したCOVIDを相手にモグラ叩きをすることになるでしょう」。イスラエルのようにワクチン接種率が高い国であっても、周辺の国々がそうではなくて人の往来があれば、新たに集団感染が発生する可能性は残る。

新しい変異株が集団免疫の方程式を変える

ワクチンの接種計画が供給や配分の問題に直面している中で、感染力が強く、ワクチンに対する耐性を持っている可能性のある新しいSARS-CoV-2変異株が出現し始めている。ロスアラモス国立研究所(米国ニューメキシコ州)の数理・計算疫学者であるSara Del Valleは、「私たちは新しい変異株との競争の真っただ中にいます」と話す。ウイルスの伝播を食い止めるのが遅くなればなるほど、変異株が出現して広まる時間ができることになると彼女は言う。

ブラジルで起きていることは、我々に教訓を与えてくれる。Scienceに掲載された研究によれば、マナウス市で2020年の5月から10月にかけてCOVID-19の感染拡大が鈍化したのは、集団免疫の効果によるものだと考えられるという(L. F. Buss et al. Science 371, 288–292; 2021)。この地域は深刻な感染拡大に見舞われており、サンパウロ大学(ブラジル)の免疫学者Ester Sabinoらは、2020年6月までに人口の60%以上が感染したと推定している。いくつかの予測によれば、それは集団免疫の達成に十分な割合のはずだった。しかし、そのマナウスでは2021年1月に大規模な再感染が見られた。この再燃はP.1と呼ばれる新しい変異株の出現後に起きたもので、過去の感染では変異ウイルスに対する十分な防御能が得られなかったことを示唆している。「1月のマナウスでの感染者は、100%がP.1によるものでした」とSabinoは言う。一方、Scarpinoは60%という数字自体が過大評価ではないかと疑っているが、それでも「免疫を獲得した人が多くても、再燃は起こり得るのです」と話す。

ブラジルではシノバック・バイオテック社が開発したCoronaVacワクチンの大規模な接種が2021年1月に始まった。 | 拡大する

RODRIGO PAIVA/GETTY

集団の中で免疫を獲得した人が多くなると、また別の問題が発生するとFerrariは指摘する。免疫を獲得した人の割合が高くなると選択圧が生じ、免疫を獲得した人に感染できる変異株が有利になる。速やかになるべく多くの人にワクチンを接種することで、新しい変異株が足場を固めるのを防ぐことができる。しかし、ここでもワクチン接種の進行状況に差があることが問題になるとFerrariは言う。「ワクチンは、多くの人に免疫をつけると同時に、多くの新しい患者を作り出しかねない諸刃の剣なのです」。ワクチンが新たな選択圧を生んで変異株の出現につながることはまず避けられないため、それを監視するためのインフラや工程を整備しておくことは当然だと彼は付け加える。

免疫は長くは続かないかもしれない

集団免疫の計算では、ワクチンと自然感染という2つの免疫原を考慮する。SARS-CoV-2に感染した人はウイルスに対する何らかの免疫を獲得するようだが、それがいつまで続くかは分からないとBansalは言う。他のコロナウイルスについて分かっていることや、SARS-CoV-2に関する予備的な研究の結果を参考にすると、感染によって獲得した免疫は時間の経過とともに減衰すると考えられるため、それを考慮して計算する必要がある。「免疫の減衰に関する決定的なデータはまだありませんが、それが0でもなく100でもないことは分かっています」とBansalは話す。

ある集団が集団免疫の達成までどれだけ近づいたかを計算する際、感染歴のある全ての人を数え上げることはできない。また、ワクチンの有効性が100%ではないということも考慮しなければならない。感染によって獲得した免疫が例えば数カ月しか持続しないとすると、ワクチンを接種すべき時期も前倒しになる。ワクチンによる免疫がどのくらい持続するのか、接種後にもブースター接種が必要なのかどうかをはっきりさせることも重要になってくるだろう。これらの理由から、COVID-19は毎年の予防接種が必要なインフルエンザのような存在になるかもしれない。

ワクチンが人間の行動を変えるかもしれない

現在のワクチン接種率を考えると、イスラエルは集団免疫達成の理論上の閾値に迫りつつあるとAranは言う。問題は、ワクチン接種済みの人が増えるにつれ、人々の交流が活発になり、集団免疫の方程式を変えてしまうことだ。この方程式は、ウイルスにさらされている人の数にも依存するからだ。「ワクチンだって完全無敵ではないのです」と彼は言う。仮にワクチンの有効性が90%だったとしよう。「以前はせいぜい1人にしか会わなかったのに、ワクチンを打ったからと安心して10人に会うようになってしまっては元のもくあみです」。

COVID-19のモデル化で最も難しいのは、社会学的な要素を組み入れることだとMeyersは言う。「これまで蓄積されてきた人間の行動についての知見は、全く使えなくなってしまいました。私たちは前例のない時代に生き、前例のないやり方で行動しているからです」。Meyersらは、マスクの着用やソーシャルディスタンスの確保といった行動がワクチンで変容してしまうのを考慮に入れて、臨機応変にモデルを調整しようと試みている。

感染者の数を抑制し続けるためには、ワクチン以外の手段が今後も重要な役割を果たすだろうとDel Valleは予測する。最も重要なのは感染経路を断ち切ることだと彼女は言う。社会的接触を制限し、マスク着用などの予防行動を継続することは、ワクチンが普及するまでの間、新しい変異株の感染拡大を抑えるのに役立つ。

しかし、人々がパンデミック以前の行動に戻っていくのを引き止めるのは容易ではないだろう。テキサス州をはじめとする米国のいくつかの州政府は、人口のかなりの割合がワクチン未接種であるにもかかわらず、早くもマスク着用義務を解除しつつある。人々がこうした予防行動を今の時点でやめてしまうのを見ていると、もどかしく思うとScarpinoは語る。というのも、屋内での集会制限などの効果が出ていると思われる対策を継続することは、パンデミックの収束に大きく貢献する可能性があるからだ。集団免疫の達成は「『安全』を意味しているのではなく、『今よりは安全』を意味しているのです」とScarpinoは言う。仮に集団免疫が達成されたとしても、局地的な集団感染は発生し得るのだ。

行動と免疫の効果が相加的であることを理解するために、今冬のインフルエンザシーズンが例年になく穏やかだったことを考えてみよう。「インフルエンザの感染力がCOVID-19よりも低いことはおそらくないでしょう」とScarpinoは言う。「今年インフルエンザが流行しなかった理由は、ほぼ間違いなく、人口の約30%が過去の感染による免疫を持っていて、さらに約30%がワクチンの接種で免疫をつけたからだと思います。つまり、60%ほどの人は免疫を獲得していたわけです」。そこにマスク着用とソーシャルディスタンスの確保が加わると、「インフルエンザはもうお手上げです」とScarpinoは話す。この大ざっぱな計算でも、行動がどのように方程式を変え得るのか、そしてソーシャルディスタンスの確保のような予防行動を人々が取らなくなると、集団免疫を達成するためには、より多くの人がワクチンの接種を受けなければならなくなることが分かる。

ウイルスの伝播を食い止めることは、平常に戻るための1つの手段だ。一方、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(英国)のワクチン疫学者であるStefan Flascheは、もう1つの手段は重症化や死亡を防ぐことだと話す。COVID-19についてこれまでに分かってきたことを考えると、「ワクチンだけで集団免疫を達成するのは、かなり難しいでしょう」と彼は言う。もっと現実的な期待をすべき時が来たのだ。ワクチンは「間違いなく驚くべき進歩」だが、感染拡大を完全に食い止めることはできないだろう。だから我々はウイルスと共に生きていく方法を考えなければならない、とFlascheは指摘する。そう考えるとゾッとするかもしれないが、それほどのことではない。集団免疫が達成できていなくても、感染リスクの高い人々にワクチンを接種することで、COVID-19による入院や死亡は減っているようだ。この病気はすぐには根絶できないかもしれないが、その存在感は次第に薄れていくと思われる。

(翻訳:藤山与一)

Christie Aschwandenは、米国コロラド州シーダーエッジ在住の科学ジャーナリスト。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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