Editorial

COVIDワクチンの公平な配分を成功させなければならない理由

低所得国にはCOVAXによるワクチン配分が不可欠だ。 Credit: Ismael Rosas/ Eyepix Group/Barcroft Media via Getty Images

2020年6月4日に世界各国の政府、各種基金、企業、団体、国際保健機関などの代表者による会議が開催され、新型コロナウイルス(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2;SARS-CoV-2)に対して最も脆弱な全世界の20%の人々(医療従事者、高齢者など)へのワクチン接種に十分な量のCOVID-19ワクチンを購入する、という野心的な事業に資金を拠出することに合意した。これは、SARS-CoV-2との闘いにおける重要な瞬間だった。この先駆的なプロジェクトはCOVAXと呼ばれ、高・中所得国が拠出した資金でワクチンを購入してそれを参加国に配分するのだが、低所得国には無料で提供される。ところが、このプロジェクトの所期の目標の達成が難航している。

高所得国が、ワクチンとその購入権をワクチンメーカーから直接大量に買い漁り、中所得国もまた、独自の供給交渉を行っているために、COVAXが購入できるワクチンは当初考えられていたよりも少なくなっているのだ。COVAXが目標を達成するためには、2021年末までに20億回分のワクチンを引き渡す必要がある。研究者によれば、COVAXによる10億7000万回分のワクチン購入が確約され、少なくとも9億回分以上の購入権が確保されたという。

ところが、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は2021年1月8日の記者発表会で、COVAXがこうしたワクチン獲得競争に巻き込まれていることを切々と訴えた。最も所得の低い国々では、早くても2022年にならないとワクチン接種を受けられない国民が出る可能性があるらしい。

2020年8月には、スウェーデンのロフヴェン首相が「わずかな勝者しかいない獲得競争にしてはならない」と発言した。しかし、こうした各国間の獲得競争は、単純な競争ではなく、最も不平等な競争になっている。世界で最も脆弱な人々を助けるためにも、また、SARS-CoV-2の大流行を制御する手段としても、COVAXプロジェクトを軌道に乗せることを世界各国の政府の最優先事項とする必要がある。

各国政府は、メーカーと直接交渉することが、自国民の利益を最大化させる行動だと考えているに違いない。しかし、このように獲得競争を繰り広げる各国政府によりパニックの原因が生み出され、COVAXの支柱となっている相互主義の原則が損なわれているのである。各国政府は、既にCOVAXの支援に同意したのであり、研究者もCOVAXがSARS-CoV-2の大流行を早く収束させる上で役立つと考えているのだ。

COVAXは、2009年にA型インフルエンザ(H1N1)が世界的に流行したときに富裕国がメーカーと個別に取引してワクチンを独占してしまったことを教訓とし、そのようなことが再び起こらないように構想された。SARS-CoV-2の大流行が始まったとき、COVAXの創設者たちは、特に世界で最も脆弱な人々のために、より公平にワクチンを入手するためのより良いシステムを構築できると確信していたのだ。

COVAXは、一面では好調なスタートを切ったといえる。COVAXには190カ国が加盟しており、2021年までに68億ドル(約7480億円)の資金を調達するという目標に対し、これまでに40億ドル強(約4400億円強)を調達した。COVAXによれば、2021年末までに低所得国に13億回分のワクチンを無料で提供するという目標を達成するために十分な量のワクチンが確保されている。このような目標に向けた活動は今回が初めてだと、Seth Berkleyは話す。Berkleyは、低所得国へのワクチン提供に資金を拠出する組織であるGaviの最高経営責任者だ。Gaviは、ワクチン開発に携わる資金助成団体、企業、政府、研究者のコンソーシアムであるCoalition for Epidemic Preparedness Innovations(CEPI;感染症流行対策イノベーション連合)とWHOと共に、COVAXの創設に助力してきた。

しかし、COVAXが予定表に掲げた目標を達成できない理由の1つは、COVAXファシリティと呼ばれる資金調達の仕組みにある。この仕組みの下では、世界の多くの国々が行ってきたように、COVAXに資金を拠出してワクチンを購入する一方で、それぞれ独自にワクチンを購入することができる。また、圧力団体(利益団体とも呼ばれ、政治に対する主張を行う団体)が懸念しているように、価格設定に透明性がない。つまりCOVAXを通じてワクチンを購入する国は、支払い金額がどの程度になるかを正確に把握せずに発注しているのだ。

デューク大学(米国ノースカロライナ州ダーラム)の研究者で、世界中のCOVIDワクチンの製造能力を研究しているAndrea Taylorによると、現在のところ、2021年中にCOVAXから約5億7000万回分のワクチンが引き渡される可能性が高いとされる。これは、同年の総量目標の4分の1〜3分の1にとどまる。一方COVAXは、この予測には同意できないとし、メーカーとの間で多数の取引が交渉段階にあると述べている。

COVAXは事態を収拾するため、各国が余ったワクチンを寄付する制度を2020年12月中旬に始動させた。COVAXによれば、こうした寄付の一部が間もなく行われる予定だが、ワクチン接種プログラムが始まったばかりであるため、各国がどの時点で余剰分を手放すことになるかは明らかでない。WHOは各国に対し、余剰在庫を直ちに放出するよう促している。

SARS-CoV-2大流行の真っ最中に、各国が国内向けにワクチンを確保することよりも集団的供給制度を優先させると期待するのは、あまりにも無理なことだったのかもしれない。欧州連合(EU)の集団的なワクチン調達制度でさえ、加盟国が個々に契約を結んでワクチンを入手しようとする動きを阻止することに苦心している。

COVAXは成功させなければならない。スケールメリットによる購買力を持たない最も所得の低い国々にとって、COVAXは不可欠なのだ。SARS-CoV-2の大流行は世界規模で管理されなければならない。ウイルスが全ての地域で制御されるまで、世界各国は新たな大流行のリスクにさらされ続ける。そして、COVAXが相応の支援を得られるまで、人類の5分の1に当たる最も脆弱な人々へのワクチン接種はほとんど望めない。それが死者の増加につながることは明白であり、そのようなワクチン接種が実施されない限り、SARS-CoV-2の大流行はさらに長く続くことになるだろう。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210449

原文

Why a pioneering plan to distribute COVID vaccines equitably must succeed
  • Nature (2021-01-13) | DOI: 10.1038/d41586-021-00044-9