新型コロナウイルス迅速検査、どう活用すればいい?
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の感染者数が急増していた英国で、2021年1月10日、このウイルスとの戦いの流れを大きく変え得る「ある戦略」が政府によって発表された。安価な迅速検査を英国全土で大規模に実施し、無症状者もその対象とするというものだ。こうした検査は、米国内のアウトブレイク(集団発生)の制圧に向けたジョー・バイデン大統領の計画においても重要な役割を担っている。
迅速検査には、鼻腔や咽喉のぬぐい液を紙片に染み込ませて試薬と混合すると30分以内に結果が出るというものが多い。この検査は「感染」そのものではなく「感染力」の有無を調べるものと考えられている。迅速検査ではウイルス量が一定以上でなければ検出できないため、それに満たなかった感染者を大勢「陰性」にしてしまう。それでも、感染力の高い人々を迅速に特定することはできるので、こうした人々が知らず知らずのうちにウイルスを広めてしまうのを阻止することによりパンデミック(世界的流行)の抑制に役立つことが期待されている。
しかし、英国政府がこの計画を発表すると、激しい論争が巻き起こった。この計画を危惧する科学者の1人、検査法の評価を専門とするバーミンガム大学(英国)のJon Deeksは、検査結果が陰性となった人々の多くが誤った安心感を持ち、感染対策を怠るようになるかもしれないと指摘する。彼はまた、訓練を受けた専門家ではなく一般市民が自分で検査を行えば、取りこぼしはさらに増えるだろうと言う。彼や、同じくバーミンガム大学のJac Dinnesなどの科学者は、迅速検査を広く利用し始める前に、こうした検査法に関するデータがもっと必要だと主張している。
それに対し、すぐに反論に出た研究者もいた。彼らは、この検査が害を及ぼす可能性があるという主張は、有害で間違っていて「無責任」だと文書で示した(go. nature.com/3bcyzfm参照)。ハーバードT.H.チャン公衆衛生大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の疫学者Michael Minaもその1人だ。彼は、このような議論はパンデミックを終わらせるのに必要な解決策を遅らせるだけだと主張する。「十分なデータがまだないのは本当ですが、私たちは戦争の真っただ中にいます。患者数という点では、今以上に悪くなりようがありません」。
科学者たちの意見が一致しているのは、迅速検査が何のために行われ、陰性の結果が何を意味するかについて、明確に伝える必要があるという点だけだ。Minaは、「正しい使い方を知らない人に道具だけ渡して、後は知らん振りというのはいけません」と言う。
迅速検査を比較する
迅速検査に関する信頼性の高い情報を得るのは難しい。少なくとも欧州では、迅速検査キットは第三者による評価を経ずに、製造会社のデータのみに基づいて販売することができるからだ。性能を測定するための標準的なプロトコルもないため、分析結果の比較が難しく、各国が独自に検証せざるを得ない状況になっている。
これまでに数十種類のSARS-CoV-2検査を再評価・比較してきた非営利組織FIND(Foundation for Innovative New Diagnostics;スイス・ジュネーブ)の最高責任者であるCatharina Boehmeは、「新型コロナウイルス検査は現在、開拓時代の無法地帯のようです」と語る。
2020年2月、FINDは、標準化した試験によって数百種類のSARS-CoV-2迅速検査を評価するという野心的な取り組みを始めた。FINDは世界保健機関(WHO)や世界中の研究機関と協力して数百点の検体を検査し、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いた高感度の核酸検査の結果と比較することで、その性能を評価している。核酸検査では、人々の鼻腔や咽喉から採取した検体(時に唾液)に含まれる、ウイルスに特異的な遺伝子配列を探す。PCR検査では、遺伝物質を何サイクルも増幅してコピーを大量に作るため、最初のウイルス量がごくわずかでも検出できる。ただし、PCR検査には時間がかかり、訓練されたスタッフと高価な検査装置が必要だ(「新型コロナウイルス検査の仕組み」参照)。
一方、安価な迅速検査は、ウイルス粒子の表面にある特定のタンパク質(抗原)を検出するものが多い。これらの「迅速抗原検査」では検体に含まれる物質の増幅は行わないため、体内のウイルス量が多い(検体1ml当たり数十万〜数百万個)場合にしか検出できない。通常、ウイルス量がこのレベルに達するのは患者が発症した頃で、この時期の感染力が最も強い(「新型コロナウイルスを捉える」参照)。
Dinnesによると、検査の感度に関する製造会社のデータのほとんどが、ウイルス量が多い傾向にある有症状者を対象とする、実験室での試験によって得られたものであるという。こうした試験では、迅速検査の多くが極めて高い感度を示す(特異度も非常に高く、偽陽性の結果が出ることはほとんどない)。しかし現場での評価では、ウイルス量が少ない人については明らかに感度が異なると指摘されている。
検体中のウイルス量は、通常、PCR法でウイルスが検出可能になるまでに必要な増幅回数(Cycle threshold;Ct値)を基準にして定量される。一般的には、Ct値が25以下の場合、生存ウイルス量が多く、感染力があると考えられている。ただし、感染力の有無の判断基準となる患者のウイルス量というものがあるのかどうかは明らかではない。
英国政府はポートンダウン・サイエンスパークとオックスフォード大学(共に英国)で行われた予備的研究の結果を2020年11月に発表した(この研究は2021年1月15日にプレプリントサーバーmedRxivに投稿された1)。これによると、迅速抗原検査(ラテラルフローやイムノクロマトと呼ばれる方式)の多くは「大規模検査で使用するための要件を満たしていない」という評価となったが、4つのブランドは実験室での試験において、Ct値が25以下の検体について91~100%の感度を達成した。FINDの再評価でも、この程度のウイルス量の場合は多くの検査キットが基本的に90%以上の感度であることが確認されている。
ウイルス量が低くなると(つまりCt値が大きくなると)、迅速検査キットは感染を見落とし始める。ポートンダウンの研究者が特に注目したのは、この4つのブランドのうちの1つ、イノーバ・メディカル社(Innova Medical;米国カリフォルニア州パサデナ)の検査キットだった。英国政府は既にこの検査キットを8億ポンド(約1200億円)分以上発注しており、SARS-CoV-2の拡散スピードを低下させるための戦略の柱としている。しかし、Ct値25~28ではこの検査の感度は88%に下がり、Ct値28~31では76%まで低下した(「迅速検査は高ウイルス量の患者を検出できる」参照)。
この結果は、アボット・ラボラトリーズ社(Abbott Laboratories;米国イリノイ州アボットパーク)のBinaxNOWという迅速検査キットの評価結果に比べて劣っていた。BinaxNOWは、2020年12月に米国カリフォルニア州サンフランシスコで3300人以上を対象に実施した検査において、Ct値30未満の検体での感度が(感染者に症状が出ていなくても)100%であった2。
しかし、検査機関のPCRシステムの較正の仕方が異なっていれば、Ct値を比較するのは容易ではないし、試料が共通でも示されるウイルス量は常に同程度とはいかない。イノーバ社は、上述の英国と米国の研究では異なるPCRシステムを使用しているため、同じシステムで直接比較しなければ無意味だとしている。また、2020年12月にポートンダウンの科学者によって作成された英国政府の報告書では、同社の検査キットとアボット社のPanbio検査キット(BinaxNOWと同等品)が直接比較されていると説明する。そこでは、Ct値が27未満の27点の検体について、どちらも93%にあたる25点を陽性と判定していた(go.nature.com/3at82vm参照)。
Ct値の較正に関するこの微差が非常に重要であることを示している事例がある。英国リバプールで数千人を対象にイノーバ社の検査キットを試したところ、Ct値が25未満の感染者では3分の2しか検出できなかった(go.nature.com/3tajhkw参照)。この結果は、イノーバ社の検査が、おそらく感染力のある症例の3分の1を見落としていることを示唆している。しかし、この試験を主導したリバプール大学の公衆衛生・保健情報学研究者のIain Buchanによると、検体を処理した検査機関での「Ct値25」というウイルス量は、他の検査機関ではもっと低いウイルス量(Ct値で言えば30以上)に相当すると、今では考えられているという。
詳細はどうあれ、2020年12月にバーミンガム大学で行われた試験は、迅速検査がどのように感染者を見落とし得るかを示す一例であるとDeeksは言う。この試験では、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の症状のない同大学の学生7000人以上がイノーバ社のキットによる検査を受けた。陽性と判定されたのはわずか2人だったが、同大学の研究者たちが陰性とされた検体の10%をPCR法を用いて再検査したところ、さらに6人の感染者が見つかった。この割合を全ての検体に当てはめると、全体では60人の感染者を見落としていたことになる3。
Minaは、見落とされた学生のウイルス量は少ないので、いずれにしても人に感染させる可能性は低いと言う。しかしDeeksは、ウイルス量が少ない人は、感染の後期段階にあり感染力が弱まっている可能性もあるが、感染の初期段階で感染力が強まっていく途中であることも考えられると指摘する。見落としの要因としてもう1つ考えられるのは、検体用のぬぐい液をうまく採取できず、試料中のウイルス粒子の数が少ない学生がいた可能性だ。Deeksは、1回の検査で陰性だった人々が「自分は安全だ」と誤解してしまうことを心配している。実際には、迅速検査は、その時点で感染していない可能性が高いことを示すスナップショットにすぎない。彼は、検査を実施すれば職場が完全に安全になるというような説明は、一般の人々に検査の有効性を知らせる正しいやり方ではないと批判する。「人々が誤った安心感を得てしまうと、ウイルスをまき散らすことになりかねません」。
これに対してMinaらは、リバプール大学での迅速検査の試験的実施の際に人々がそのような行動をとらないことが示されているし、参加者には感染させる可能性がまだあることを伝えていると反論する。Minaは、迅速検査でパンデミックを抑え込むためには、週に2回など、検査を頻回に行うことが重要だと強調する。
迅速検査の結果をどのように解釈すべきかは、検査の精度だけでなく、その人が感染している可能性にも左右される。つまり、SARS-CoV-2感染率が高い地域に住む人が、典型的な症状を呈しているにもかかわらず迅速検査で陰性の結果が出たとしたら、それはおそらく偽陰性で、PCR検査で再確認する必要がある。
一般の人々が(家庭や学校や職場で)自身で試料を採取して検査を行うべきかどうかについても研究者の間で論争がある。各種の検査法の性能は、検査を行う人がどのようにぬぐい液を採取し、検体を取り扱うかによっても違ってくる。例えばイノーバ社の検査キットを使う場合、検査機関の科学者は全ての検体(ウイルス量が非常に少ないものを含む)について79%近い感度を達成したが、独習した一般市民では58%だった(「迅速検査は自宅でできるの?」参照)。Deeksはこの差を心配している1。
それにもかかわらず、英国の医薬品規制当局は2020年12月に、無症状者の感染を検出するために家庭でイノーバ社の検査キットを使用することを許可した。英国国民保健サービスが提供するこの検査は、英国保健社会福祉省(DHSC)が設計したとされているが、DHSCの広報担当者は、実際にはイノーバ社から購入したもので、製造したのは厦門宝太生物科技有限公司(中国)であることを認めている。同広報担当者は、「英国政府が使用するラテラルフロー検査は、英国を代表する科学者による厳格な評価を受けています。従って、この検査は正確で、信頼性が高く、無症状の感染者を見つけることができます」との声明を発表している。
ドイツで行われた研究からは、自分で行った検査でも、プロが行った検査と同等の効果が得られることが示唆されている4。この研究はまだ査読を受けていないが、一般市民が自分で鼻腔ぬぐい液を採取して、WHOが承認した迅速検査(名称は特定されていない)を行った場合、しばしば指示通りの方法で実施していなかったにもかかわらず、その感度は専門家が行った場合とほとんど変わらなかった。
米国では、食品医薬品局(FDA)が13種類の抗原検査を緊急用に承認しているが、無症状の人に使用できるのはエルーム社(Ellume;オーストラリア・ブリスベン)のCOVID19 Home Testのみである。エルーム社によると、この検査は、PCR検査で陽性になっている11人の無症状者のうち10人からSARS-CoV-2を検出することができたという。米国政府は2021年2月、同社の検査キットを850万個購入すると発表した。
迅速検査の導入
PCR検査を大量に実施するためのリソースを持たないインドなどの国では、単純に検査能力を補うために、何カ月も前から抗原検査を実施している。PCR検査を実施している国の中には、最近迅速検査を導入したものの精度への懸念があるとして、限定的な導入にとどめているところもある。しかし、大規模迅速検査を導入した国々の政府は、この戦略は成功だったと考えている。人口550万人のスロバキアは全ての成人を対象とする検査を試みた最初の国であり、広範囲に検査を行うことで感染率を60%近く低下させることができた5。しかし、この検査は、他国では実施されていない厳しい制限と併用されている上、検査で陽性となった人が自宅で療養できるように政府が財政支援を行っている。このようにして検査と規制を組み合わせると、規制だけを行うよりも早く感染率が低下するようだが、専門家は、このアプローチが他国でも通用するかは分からないと言う。国により迅速検査を希望する人が少なかったり、陽性でも自己隔離しなかったりするかもしれない。しかし、市販の迅速検査キットは5ドル(約550円)程度と非常に安価であるため、政府のパンデミック対策費のごく一部を割けば、市や州は数百万個の迅速検査キットを購入できるだろうとMinaは言う。
無症状感染者検出のための迅速検査が特に有用になるのは、刑務所やホームレスのためのシェルター、学校、大学などの人が密集しやすい場所である。こうした場所では、感染力のある人を見つけ出すことのできる検査が役に立つ。しかしDeeksは、人々の行動を変えさせたり、警戒を緩めさせたりするために検査が利用されることがあってはならないと警告する。例えば、「検査結果が陰性だったから、老人ホームにいる親戚に会いに行ける」などのように、人々が誤解することを懸念している。
米国ではこれまで、学校や刑務所、空港、大学などで大規模迅速検査プログラムを実施してきた。例えば、アリゾナ大学(トゥーソン)では、2020年5月からクイデル社(Quidel;米国カリフォルニア州サンディエゴ)のSofia検査キットを使用していて、スポーツ選手の検査を毎日行っている。2020年8月からは、少なくとも月1回のペースで学生の検査を実施している(一部の学生、特にクラスターが発生した寮に住む学生は、週1回の頻度で検査を受けている)。同大学ではこれまでに約15万件の検査を実施しているが、2020年末以来、感染者が急増したという報告はない。
アリゾナ州の大規模検査プログラムを担当する幹細胞研究者のDavid Harrisは、検査の種類によって用途が異なるので、迅速抗原検査は、集団におけるウイルスの保有率の評価に使用すべきではないとしている。「迅速抗原検査をPCR検査のように使ったら、ひどい感度になってしまいます。けれども私たちの目的は、感染の拡大を防ぐことです。この観点からは、抗原検査、特にこれを複数回実施することは、非常に効果的であるようです」と彼は言う。
世界中の多くの研究グループが、より早く、より安価な検査法を考案している(2020年10月号「プール方式で新型コロナ検査を迅速・安価に」参照)。PCR検査を改良して増幅プロセスを高速化しているところもあるが、こうした検査法の多くはまだ専門的な機器を必要とする。PCR法よりも速く、最小限の装置で足りるLAMP(Loop-mediated isothermal amplification:ループ介在等温増幅)法もあるが、PCR検査に比べて感度が低いのが難点だ。2020年、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)の研究者らは、独自の迅速検査法を開発した。鼻腔ぬぐい液の代わりに唾液を使用し、高価で時間のかかるステップを省いたPCR検査である。費用は10~14ドル(約1100〜1500円)で、24時間以内に結果が出るため、同大学は学内の全員を週に2回検査することができる。ただし、この方法でPCRを実施できるのは学内の検査機関だけである。2020年8月、同大学はこの頻回の検査プログラムのおかげで学内での感染者の急増を速やかに検知し、ほぼ制圧することができた。1週間以内に学内の新規感染者は65%も減少し、以後こうした急増は報告されていない(2020年11月号「再開の道を模索する大規模大学」参照)。
Boehmeは、全てのニーズを満たす検査法は1つもないが、感染力のある人々を特定できる検査は、世界の経済活動を維持する上で非常に重要であると考えている。彼女は、「簡便・低コストで結果がすぐに出る迅速検査は、空港、国境、職場、学校、臨床現場などで威力を発揮します」と言うが、大規模検査プログラムではできるだけ良い検査キットを使うべきだとしている。
欧州連合(EU)は現在、SARS-CoV-2用の検査キットを他の検査キットと同じプロセスで承認しているが、一部の検査キットの性能への懸念から、2020年4月に新しい指針を策定した。この指針は製造会社に対して、少なくとも最新のSARS-CoV-2検査と同等の性能を持つ検査キットを製造するよう求めている。しかし、実際に検査を行う際には製造会社の試験結果と同じ性能にはならない可能性があるため、EUの指針では、加盟国それぞれが検査キットの評価を行ってから導入することを推奨している。
各国が全ての検査キットを評価する必要がなくなることが理想だとBoehmeは言う。そのためには、世界中の検査機関や製造会社が、FINDが開発したような共通のプロトコルを用いるようになればよい。「必要なのは、検査の評価法を標準化することです。治療法やワクチンの評価と同じです」と彼女は言う。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 5
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210512
原文
Rapid coronavirus tests: a guide for the perplexed- Nature (2021-02-11) | DOI: 10.1038/d41586-021-00332-4
- Giorgia Guglielmi
- Giorgia Guglielmiは、スイス・バーゼル在住の科学ジャーナリスト。
参考文献
- Peto, T. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.01.13.21249563 (2021).
- Pilarowski, G. et al. Clin. Infect. Dis. https://doi.org/10.1093/cid/ciaa1890 (2020).
- Ferguson, J. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2020.12.01.20237784 (2020).
- Lindner, A. K. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.01.06.20249009 (2021).
- Pavelka, M. et al. Preprint at https://cmmid.github.io/topics/covid19/Slovakia.html (2020)