密猟がアフリカゾウの牙にもたらした遺伝的変化
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211206
原文:Nature (2021-10-21) | doi: 10.1038/d41586-021-02867-y | Ivory hunting drives evolution of tuskless elephants
モザンビークでは、牙を持たない雌のアフリカゾウが増加している。こうした傾向が、牙を持つ個体が選択的に狩られた結果であることが、その遺伝的基盤と共に示された。
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象牙目的の乱獲が深刻だった地域では、アフリカゾウ(Loxodonta africana)が「牙なし」へと進化しつつあることが、モザンビークで行われた遺伝学的研究で明らかになった。この研究は、Science 2021年10月22日号で発表された1。牙なしの形質は雌でしか見られず、研究チームはこれが、この形質をもたらす遺伝子が性染色体であるX染色体上に存在し、その変異が雌では顕性(優性)形質である一方、雄では致死性となるためと結論している。この研究結果は、同国でのゾウ個体群の回復に影響してくる可能性がある。
モザンビークで1977〜1992年に起きた内戦では、象牙取引が資金源であった。同国ゴロンゴーザ国立公園には、かつて2500頭を上回るアフリカゾウが生息していたが、内戦に伴う密猟によって個体数は90%以上減少し、2000年代前半には約200頭となった。
牙なしの形質を持つ個体は、成長しても牙が生えないため密猟の標的にはならない。研究チームによると、ゴロンゴーザ国立公園で確認された牙なしの雌の割合は、内戦前は18.5%だったが、内戦後に生まれた91頭の雌では33%に増えていたという。
今回、プリンストン大学(米国ニュージャージー州)の進化生物学者Shane Campbell-Statonらは、数理モデル化を行い、この変化が密猟による圧に起因することを確認した。つまり、牙のあるゾウが選択的に殺された結果、牙なしの形質を持つ仔ゾウの出生数が相対的に増えたのである。
急速な進化
以前から、狩猟は動物の形質に急激な変化を引き起こす行為として非難されてきた。例えば、カナダのアルバータ州では、20年以上にわたり続いたトロフィーハンティングの影響で、雄のオオツノヒツジ(Ovis canadensis)の角のサイズが約20%小さくなったことが示されている2,3。また、一部の魚種が小型化したのは、漁業の影響だと考えられている4。
しかし、そうした動物の個体群で、遺伝的に何が起きているかを正確に突き止めるのは困難で、狩猟による圧の重要性を気候変動などの他の環境要因と比較して分析するのも難しい。「そうした変化の根底にある遺伝子を探すのは容易ではありません」と話すのは、ビクトリア大学(カナダ)の保全科学者Chris Darimontだ。「そもそも、捕獲圧が問題になるかどうかについては議論があります。野生動物管理者の多くは、そうした話を聞こうとしないのです」。彼はまた、実際に狩猟が動物の小さな個体群に大きな遺伝的変化を引き起こすとすれば、元の形質を回復させるのはかなり難しいだろう、と指摘する。
Campbell-Statonらによれば、ゴロンゴーザ国立公園で牙なしの形質が確認されているアフリカゾウは雌だけだという。こうした性差と、牙ありの母親から生まれた雌はほとんどが牙ありで、牙なしの母親から生まれた雌は牙ありと牙なしがおよそ半々という遺伝パターン、そして、牙なしの母親から生まれた雄の数が雌よりはるかに少ないという性比の偏りから、この形質がX染色体上で生じた変異の結果であり、顕性であること、また雄では致死性であることが示唆された。これはつまり、牙なしの形質が現れるにはこの変異を1コピー持つだけで十分だが、この変異を持つ雄は生存できないことを意味する。
研究チームは、牙ありの雌と牙なしの雌のゲノムを解読してX染色体上に見られる差異を調べ、最近働いたと見られる選択の証拠を探した。その結果、候補遺伝子として、AMELXとMEP1aの2つが見いだされた。これら2つの遺伝子は哺乳類の歯の発生に役割を持つことが知られており、AMELXに関しては、ヒトで上顎側切歯(ゾウの牙に相当する歯)の形成不全などのX連鎖性遺伝性疾患と関連付けられている。
Darimontは今回の研究を、牙なしへの変化を引き起こしたのが狩猟であることを示す強力な証拠だと評価する。「このゲノムデータは非常に説得力があります。人類は地球上における進化の支配的な力である、という概念と向き合う意味で、今回の結果は警鐘となるでしょう」。
アフリカゾウで牙なしの雌が増えていることの影響は、別の面で「ドミノ効果」をもたらす可能性もある。例えば、糞に含まれるDNAの網羅的解析から、牙の有無によって食べる植物の種類が異なることが明らかになった。「ゾウはキーストーン種なので、その餌の変化は、景観全体の変化につながることにもなります」と、論文の共著者であるプリンストン大学の生物学者Robert Pringleは言う。また、牙なしの形質は雄では致死性であることから、牙なしの雌が増えると、生まれる仔の総数はそうでない場合に比べて減少すると予想される。ゴロンゴーザ国立公園では既に密猟が行われなくなっているものの、この傾向が続けば、個体群の回復に時間がかかる恐れがある。「牙なしの形質は内戦中には有利だったかもしれませんが、それには犠牲が伴っているのです」とPringleは語る。
(翻訳:小林盛方)
参考文献
- Campbell-Staton, S. C. et al. Science 374, 483–487 (2021).
- Coltman, D. W. et al. Nature 426, 655–658 (2003).
- Pigeon, G., Festa-Bianchet, M., Coltman, D.W. and Pelletier, F. Evol Appl 9, 521–530 (2016).
- Allendorf F. W. and Hard J. J. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 106 (Supplement 1), 9987–9994 (2009).