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新型コロナウイルスは動物からヒトへと2度ジャンプした?

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211106

原文:Nature (2021-09-16) | doi: 10.1038/d41586-021-02519-1 | Did the coronavirus jump from animals to people twice?

Smriti Mallapaty

初期のSARS-CoV-2ゲノムに関する未検証の分析結果から、今回のパンデミックの起源は2系統のウイルスに由来し、動物からヒトへの感染が複数回起こった可能性が高いとしている。

中国・武漢の多くの市場で、SARS-CoV-2への感受性があるタヌキが販売されていた。 | 拡大する

GREG BAKER/AFP VIA GETTY

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARS-CoV-2は、動物からヒトへと複数回スピルオーバー(異種間伝播)した可能性があるという。パンデミックの初期に中国などで感染した人々から採取した検体中のウイルスゲノムを分析した、予備的な研究により明らかになった。

今後の分析でこの発見が裏付けられれば、今回のパンデミックが中国・武漢の複数の市場から始まったという仮説の信憑性が増し、SARS-CoV-2が研究所から流出したという仮説の信憑性は低くなるだろうと、一部の研究者は述べている。しかし、このデータには検証が必要であり、分析結果はまだ査読を受けていない。

2019年末〜2020年初頭に感染した人から採取された最も初期のウイルスの塩基配列は、AとBという2つの系統に大きく分かれており、その遺伝子には重要な違いがある。

世界的に優勢となったB系統のウイルスは、野生動物も販売していた武漢の華南海鮮市場を訪れた人々の検体などから見つかっている。また、中国国内で広がったA系統は、武漢市内の他の市場と関係のある人々の検体などから見つかっている。

問題は、この2系統のウイルスがどのように関連しているかである。A系統からB系統が、あるいはB系統からA系統が派生したのであれば、ウイルスの祖先は動物からヒトへと1回だけジャンプしたことになる。しかし、2系統が別々の起源を持っているなら、複数回のスピルオーバーがあった可能性がある。

とどめの一撃

2つの系統をつなぐゲノムの存在に疑問を投げ掛ける分析結果が、2021年9月3日にvirological.orgのディスカッションフォーラムに投稿された。この最新の分析結果は、第2の可能性が優勢であることを示唆している(go.nature.com/399fege)。

チュレーン大学(米国ルイジアナ州ニューオーリンズ)のウイルス学者Robert Garryは、今回の発見は、「SARS-CoV-2は野生動物の売買から発生したものではなく、研究所から流出したものである」という仮説にとどめを刺すことになるかもしれないと考えている。こうした見方に対しては、パンデミックの初期に得られたゲノムデータは少ないので、さらなる研究が必要だという声もある。

「非常に重要な研究です」とGarryは説明する。「AとBが独立の系統であり、スピルオーバーが2回あったことが示されれば、これらが研究室から流出したという仮説はほぼ否定されるからです」。

グラスゴー大学(英国)のウイルス学者David Robertsonは、「今回の発見は、SARS-CoV-2がヒト集団に少なくとも2回移入したという仮説と整合性があります」と言う。

A系統とB系統は、2つの重要なヌクレオチドの違いによって定義されている。しかし、初期のゲノムの中には、どちらか1つしか違っていないものもある。研究者たちはこれまで、こうしたゲノムは2つの系統をつなぐ「進化の中間段階のウイルス」のものではないかと考えていた。

しかし、今回の分析でゲノムを詳細に調べた研究チームは、その結果から、いくつかの問題点に気付いた。

丹念に調べる

研究チームは、広く利用されているオンラインゲノムリポジトリGISAIDに2020年2月28日までに登録された1716個のSARS-CoV-2ゲノムを分析し、こうした「中間的」なゲノムを38個特定した。

しかし、配列をもっと詳しく見てみると、これらのゲノムの多くは他の領域にも変異があることが分かった。彼らによると、これらの変異はA系統かB系統のいずれか一方と明確に関連しているという。もしそれが本当なら、これらのウイルスゲノムが2つの系統の中間の進化段階のものであるという仮説は否定されることになる。

研究チームは、これらの「中間的」なウイルスゲノムは塩基配列決定の際に、2つの変異のどちらかの配列に実験上またはコンピューター上の誤りが発生したのではないかとしている。論文共著者であるアリゾナ大学(米国トゥーソン)の進化生物学者Michael Worobeyは、「調べれば調べるほど、『過渡的』なゲノムはどれも信用できないかもしれない、と思うようになりました」と語る。

研究者らは、配列決定の誤りは珍しくないと言う。バーゼル大学(スイス)の計算生物学者Richard Neherは、ソフトウエアは時に生データのギャップを不正確な配列で埋めるし、ウイルス検体は汚染されることがあると説明する。「こうした事故が起こるのは意外ではありません。パンデミックの初期は特にそうです。当時はプロトコルが十分確立されておらず、人々はできるだけ速くデータを生成しようとしていましたから」。

今回の研究で使われた検体の塩基配列を決定した複数の研究者は、Nature に対して、自分たちが決定した塩基配列の重要な2つのヌクレオチドが間違っている可能性は低いと述べている。しかし、今回の論文の著者たちは、ゲノムの一部の塩基配列が正しく決定されていたとしても、同じゲノムの他の部分や、それぞれの検体が採取された場所は、やはりこれらがどちらか1つの系統だけに属していることを明確に示していると、反論している。

論文共著者であるカリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の分子疫学者Joel Wertheimは、「中間的」なゲノムが実際に移行期のゲノムである可能性は「非常に低い」と見ている。

西安交通リバプール大学(中国・蘇州)の進化生物学者Xiaowei Jiangは、今回の研究を行ったチームは、「できるだけ多くのゲノムについて、リポジトリに登録された配列の基になった生の配列データ」を入手し、研究結果の正しさを証明しなければならないとしている。

多くの市場

ウイルスが動物とヒトの間を何度もジャンプしていたとすれば、A系統とB系統が武漢の別々の市場を訪れた人々と結び付いているという事実は、SARS-CoV-2の祖先ウイルスを持つ1種または複数種の動物が複数体、武漢市内を運ばれ、少なくとも2つの場所で人々に感染した可能性を示唆している。

2021年6月に発表された研究では、タヌキやミンクなど、SARS-CoV-2への感受性のある生きた動物が、武漢の多くの市場で売られていたことが判明している(X. Xiao et al. Sci. Rep. 11, 11898; 2021)。重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因となるSARS-CoVに関する過去の研究は、このウイルスも動物からヒトへと複数回ジャンプしたと思われると結論付けている(L. F. Wang and B. T. Eaton Curr. Top. Microbiol. Immunol. 315, 325-344; 2007)。

今回の研究が正しいことが証明されれば、流出説を支持する人々は、研究所の科学者が誤って感染し、そのウイルスを一般市民に広めるという事象が2回発生したと主張することになると、Garryは言う。パンデミックの起源は野生動物の取引にあった可能性の方がはるかに高いというのが彼の考えだ。

今回の分析を行った研究チームは、さらなる証拠を集めるためにコンピューターシミュレーションを行い、複数回のスピルオーバーが既知のSARS-CoV-2のゲノムの多様性とどの程度一致するかを検証する予定である。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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