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リサーチ・アドミニストレーターという道

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211031

原文:Nature (2021-07-05) | doi: 10.1038/d41586-021-01829-8 | ‘We’re problem solvers’: research administrators offer guidance to working scientists

Sara Reardon

大学でテニュアを追い求めることに倦み疲れた研究者には、リサーチ・アドミニストレーターとして活躍する道もある。

リサーチ・アドミニストレーターは、研究者が研究助成金の申請や共同研究の提案を行う際に頼りになる存在だ。 | 拡大する

2011年の東日本大震災は、神経科学者の杉原忠のキャリアパスを大きく変えた。理化学研究所脳科学総合研究センター(BSI;埼玉県和光市)の研究員として主任研究員への夢を追っていた彼は、実験室が損傷するなどして思うように研究を進められなくなった時期に、自分の夢について改めて考えるようになった。

杉原の所属する研究室はトヨタ自動車と連携して、脳科学を自動車の安全システムに応用することを見据えた基礎研究を行っていた。共同研究では集中的な予算編成や報告書の作成が必要となるが、彼はこうした仕事が不得手ではないことに気付いた。「研究者の中には、内心では大企業との交渉が好きではない人もいると分かりました」と彼は言う。「私は、自分がこれまで意識したことのなかったスキルを持っていると自覚するようになり、とても役に立ったのです」。

2011年に文部科学省が「リサーチ・アドミニストレーター(university research administrator;URA)」を育成・確保するシステムの整備事業を立ち上げ、京都大学が実施機関の1つとして採択されると、杉原はこれに応募した。当初は夢を捨てることに不安を感じていたが、それは杞憂に終わったという。「これといって葛藤もなく、すんなりと転身できました」。

杉原は現在、沖縄科学技術大学院大学(OIST)で外部研究資金セクションマネジャーを務めていて、科学者の研究資金申請の支援や、配分された助成金の予算管理に従事している。研究と管理業務との関係は難しいものになることもあるが、杉原は自分の役割に満足している。「人から必要とされる、やりがいのある仕事です」と彼は言う。助成金を獲得した研究者は、リサーチ・アドミニストレーターに書類の作成などを支援してもらえることを歓迎しているのだ。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の杉原忠(左)と同僚。 | 拡大する

TADASHI SUGIHARA

リサーチ・アドミニストレーションは、学術界では長年、補助的な仕事と考えられてきたが、近年、独立した専門職として認知されるようになった。米国では少なくとも3つの機関が修士号を認定しているし、アドミニストレーターのキャリア開発やネットワークづくりを支援している職能団体は世界に数多くある。米国の場合、政府関係のこの分野の仕事の多くにリサーチ・アドミニストレーターの専門資格が必要とされ、Research Administrators Certification Council(RACC;コロラド州ウェストミンスター)という非営利組織が、資格取得のための教育と試験を行っている。英国でも、Awards for Training and Higher Education(ATHE)という組織が同様のサービスを提供している。米国では毎年9月25日は「リサーチ・アドミニストレーターの日」と定められている。

米国の大学や非営利組織などの機関では、科学者が行う研究助成金申請を支援したり、科学者に機関の指針や連邦法を順守させたり、海外の研究者との共同研究を調整するために、リサーチ・アドミニストレーターを雇っている。学術機関のリサーチ・アドミニストレーターの多くは科学者と密接に連携して研究資金を管理しているが、主に政府機関の担当者と連携することが多いリサーチ・アドミニストレーターもいる。

ケント大学(英国カンタベリー)の研究方針・支援担当ディレクターであるSimon Kerridgeは、1つの機関が雇うリサーチ・アドミニストレーターの人数や役割は、組織の種類や場所によって大きく異なると説明する。例えば、ケント大学のような大規模な研究機関には数百人のアドミニストレーターがいるかもしれないが、学部生の教育を主な使命とする小規模な機関には1人しかいないかもしれない。

国の規模によっては、研究とリサーチ・アドミニストレーションの両方を担っている科学者もいるだろう。アドミニストレーターがどのように見られるかは、その機関の文化によって決まるとKerridgeは言う。「ある文化では、学者が王様です。アドミニストレーターは従者であり、王様の言う通りにしなければなりません。けれども、着任したアドミニストレーターに専門知識が身に付いてくれば、教員たちも、自分が知らないことを知っている人間として信頼してくれるようになります」。研究助成金などを巡る規制やプロトコルは絶えず変化するので、多忙な科学者がそれらを常に把握しているのは困難だが、アドミニストレーターは、変更されたルールに大学の研究者が抵触しないように目を配っていてくれる。

リサーチ・アドミニストレーターの経歴は、その職務内容と同じくらい多岐にわたっている。杉原のように研究者から転身する人が多いが、企業の経営者だった人や大学で行政学を学んできた人もいる。2019年に、世界70カ国以上でリサーチ・マネジメントやアドミニストレーションに従事する4325人に対してアンケート調査が行われた(未出版)。それによれば、回答者の28%が博士号を持っていて、24%が修士号を持っていた。

調査では、回答者の約3分の1が、リサーチ・アドミニストレーターにとって科学の研究歴は重要であると答えていたのに対し、3分の1は重要ではないと答えていた。アラスカ大学フェアバンクス校(米国)の研究助成金・契約管理室エグゼクティブ・ディレクターであるRosemary Madnickは、科学や技術の分野からアドミニストレーターになった人は、機関の科学者と接する際に、そうでない人よりもいくらか有利になると指摘する。「研究者として申請書を作成した経験があれば、教員の置かれている状況をよりよく理解することができるからです」と彼女は言う。しかし、アンケート回答者のほぼ全員が、リサーチ・アドミニストレーターとして成功するために最も重要な属性は、研究者間の対立を解決する能力やマルチタスク能力などのソフトスキルであると回答している。

科学の研究歴のないリサーチ・アドミニストレーターもいる。Debra Schaller-Demersは美術学士号を持ち、米国ニューヨーク市の公立学校でコンフリクト・マネジャーとして10年間勤務し、保護者が暴力に訴えることなく問題を解決できるように支援してきた。2002年、46歳だった彼女は、一念発起してワイルコーネル医科大学(米国ニューヨーク)のコンプライアンス・オフィサーに応募し、採用された。彼女は自分が採用された理由を、コミュニケーションや交渉の経験が高く評価されたのだろうと考えている。Schaller-Demersを指導したリサーチ・アドミニストレーターは、「科学者たちはあなたより高い学位を持っているかもしれないが、あなたは科学者たちが仕事を続けていくために必要なスキルを持っている。あなたにはあなたの役割があり、この席に着く資格がある」と言ってくれたという。

Schaller-Demersは現在、スローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク)で研究アウトリーチ・コンプライアンス室を運営しており、科学者に研究倫理のトレーニングを行ったり、動物管理委員会、バイオセーフティー委員会、輸出管理委員会を監督したりしている。「私たちは、科学者ができないことをしています」と彼女は言う。「私たちは、研究者の仕事が円滑に進み、規制に違反することがないように目を配っています。リサーチ・アドミニストレーターがこうした部分を引き受けることで、科学者は世の中で良い仕事をすることができるのです」。

大学や研究機関のアドミニストレーターは、研究資金配分機関の担当者と仕事をすることが多い。彼らは配分機関の方針を明確にしたり、研究資金が予算通りに使われているかを確認したり、研究資金を受けた研究者との連絡窓口になったりする。国立衛生研究所(NIH;米国メリーランド州ベセスダ)の一部であるNIH国立関節炎・骨格筋・皮膚疾患研究所(NIAMS)の研究資金管理責任者であるErik Edgertonは、「私たちは、官僚的だと思われたり、乗り越えなければならない障害だと思われたりしています」と打ち明ける。「けれども実際には、研究者がぶつかっている問題を解決しているのです」。NIAMSでは約1700件の外部研究助成金を扱っており、ここのアドミニストレーターは、研究助成金の予算を複数年にわたってやりくりしたり、別々の機関の研究者の間で行われる複雑な国際共同研究を管理したりするための、うまいやり方を見つけなければならない。「パズル好きにはぴったりのキャリアパスだと思います」とEdgerton。

難しい問題は他にもある。例えば、デジタルプライバシー、データや出版物のオープンアクセス化、研究材料や情報の輸出など、政府による規制が絶えず変化している分野でも遅れずに対応していかなければならない。資金や規制について科学者と話す際には、アドミニストレーターの人間力も問われる。「基本的に、科学者は『ノー』と言われることを嫌います」と、Schaller-Demersは言う。「ある程度のスキルがないと、すぐに険悪になってしまいます」。

大学の研究活動と管理室との文化的な違いが人間関係を緊張させることもある。アドミニストレーターの中には、「大学での研究を辞めて管理の仕事に就いた科学者は負け犬だ」という固定観念と闘っている人もいる。ニューカッスル大学(英国)の教員研究プロジェクトオフィサーであるHilary Nooneは、「何の役にも立たない時代遅れの考え方ですし、少しずつ変わっていくでしょう」と期待する。

Nooneは、現状では大学の研究者とリサーチ・アドミニストレーターを含むサポートスタッフの間には、「『彼ら』対『我々』」の文化があると考えている。2021年3月に行われたアンケート調査では、281名のアドミニストレーターとラボテクニシャンの多くが「自分は過小評価されている」と感じており、「自分たちの意見は学者の意見ほど重視されない」と考えていることが明らかになった。また、回答者の44%が、直接的ないじめ、ハラスメント、差別を受けたと報告している。「これらの多くは意図的に行われたものではありません」とNooneは説明する。「無意識に出たものであり、長い時間をかけて形成されてきたものなのです」。

実際には、学者とアドミニストレーターが直面する問題の多くは同じものであり、お互いの強みや専門性を尊重することは、仲間意識を強めるのに大いに役立つはずだとNooneは言う。「私たちが協力すれば、異なるセクターの間で協力する可能性を開き、もっと風通しを良くすることができます」。例えば、いじめやハラスメントに関する経験を共有していけば、変化を促すことができる。

Nooneによると、特定の規制や手続きが存在する理由を教員に教えることも、関係改善につながるという。「管理に携わる人間は規制や事務処理が好きなのだろうと思われていますが、そんなことはありません」とNooneは言う。「学者は事務処理や手続きを煩わしく感じていますが、私たちも同じ煩わしさを感じていますし、そんなものは好きではないのです。いら立ちを共有することで絆が深まることもあるでしょう。そうなったら面白いでしょうね」。

Madnickらは、研究以外のキャリアを考えている若手研究者に、アドミニストレーターになることで自分の強みを生かせないか考えてみることを勧めている。自分が職業を巡る岐路に立っていると感じる若手研究者は、そもそもなぜ研究室で働いているのかを思い出してみるとよい。「それは科学を楽しんでいるからです」と彼女は言う。アドミニストレーターは、テニュアや次の助成金の獲得について思い悩むことなく、研究に関わり続けることができる。また、リサーチサイエンティストよりも柔軟な労働条件の下で働くことができるかもしれない。さらにMadnickは、「アドミニストレーターは、ここで起こることに大きな影響力を持っており、研究が始まってからその成果が世間に衝撃を与えるまでの全過程を見届けることができます」と付け加える。

杉原も同じ意見だ。「アドミニストレーターには多くのチャンスと可能性があります」と彼は言う。「若手研究者が研究の道とは違うキャリアを歩むことになったとしても、それは悪いことではありません。人生の別のステージで活躍するチャンスを手にするのですから」。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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