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物質と反物質の非対称性が見えてきた

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200742

原文:Nature (2020-04-16) | doi: 10.1038/d41586-020-01000-9 | Matter–antimatter symmetry violated

Silvia Pascoli & Jessica Turner

鏡の中の世界の反粒子は、こちらの世界の粒子と同じように振る舞うはずだと考えられていた。しかし、レプトン(ニュートリノや電子など)は、この予想に従わないかもしれないことが分かった。

スーパーカミオカンデの地下巨大水槽の内部。1万本を超える光センサーが取り付けられている。2006年4月撮影。 | 拡大する

The Asahi Shimbun via Getty Images

宇宙の目に見える全ての物質は、基本的な構成要素、素粒子でできている。そのうち、フェルミ粒子と呼ばれる粒子のグループは、2つのタイプからなる。陽子や中性子を構成するクォークと、電子、ミュー粒子、タウ粒子、ニュートリノからなるレプトンだ。各素粒子には、性質は同じで電荷は逆の反粒子がある。最もよく知られた例は、電子の反粒子、陽電子だ。反粒子は、鏡の中の反物質でできた世界で、こちらの世界の粒子と同じように振る舞うだろうと長い間考えられてきた。しかし、クォークと反クォークはこの粒子・反粒子鏡像対称性を破ることが1960年代に分かった1,2。今回、国際共同実験グループ「T2K(Tokai to Kamioka)コラボレーション」は、この対称性がレプトンでも破れている可能性があることを見いだし、Nature 2020年4月16日号339ページで報告した3

粒子・反粒子鏡像対称性は、荷電共役パリティ変換(CP)対称性とも呼ばれる。これは、粒子と反粒子を入れ替える荷電共役変換と、パリティ変換を同時に行う変換に対する対称性(鏡の中の反物質の世界でも物理法則は変わらないという性質)だ。なぜCP対称性は破れ、その結果、何が起こったのか? この疑問は、自然法則と宇宙の進化の理解の核心にある。

1967年に物理学者アンドレイ・サハロフが提案したように4、CP対称性の破れは、宇宙には反物質に対して物質の小さな超過がある理由を説明するために必要な要素の1つだ。この不均衡は、光子100億個当たり粒子数個のレベルであり5、地球、惑星、恒星、私たち自身が存在する原因だ。もしも、物質と反物質の量が等しかったら、両者は初期の宇宙で互いを壊し、光子に対消滅しただろう。物質は残らなかっただろう。

完全に対称だった最初の宇宙から、この小さな超過がどうして生じたのか? クォークで観測されたCP対称性の破れの量は、この超過の原因としては十分ではないので6、科学者たちは、レプトジェネシスと呼ばれるよく研究された機構でのレプトンのCP対称性の破れを調べてきた7。観測されたニュートリノ質量を説明するために導入されたモデルでは、ニュートリノの仮説上の重いパートナーが初期の宇宙にたくさん存在し、その後、崩壊した。こうした崩壊においてCP対称性の破れが存在すれば、観測されている物質・反物質非対称性をこの崩壊が作り出した可能性がある。

レプトンでのCP対称性がかなり大きく破れていることが発見されれば画期的なことだ。その観測は、レプトン数と呼ばれる量が破れている(つまり、保存しない)という証拠もそろえば、レプトジェネシスが物質・反物質の不均衡の起源だという強い状況証拠になるだろう8,9

レプトンのCP対称性の破れを見いだすことは難しいが、ニュートリノを使って探すことができる。ニュートリノは、通常の物質とほとんど相互作用しないため、検出はとても難しい。ニュートリノは、既知の粒子で最も分かっていない粒子だ。にもかかわらず、ニュートリノは至る所にある。平均的なコーヒーマグカップには、宇宙に行きわたっている「冷たい」ニュートリノが約10万個含まれ、さらにその何倍もの数の太陽で作られたニュートリノが含まれている。

ニュートリノには3種類(フレーバー)あり、フレーバーは、対になる荷電レプトンが電子かミュー粒子かタウ粒子かによって決まる。ニュートリノは質量を持たないと長く考えられていたが、1998年のスーパーカミオカンデ実験10と2002年のサドベリーニュートリノ観測所11(カナダ)によるニュートリノ振動の発見で、ニュートリノが実際には質量を持つことが証明された。

ニュートリノ振動は、ニュートリノが進むときに、1つのフレーバーから別のフレーバーに変化する現象だ12。ニュートリノ振動は、各ニュートリノフレーバーが質量の異なる3つの状態の混合(量子的な重ね合わせ)であるために起こる量子力学的効果だ。重要なことは、この重ね合わせ状態は、各成分の発展の仕方が異なるので時間とともに変化し得ることだ(図1)。例えば、純粋なミューフレーバーとして作られたニュートリノが、部分的に電子ニュートリノになり得る。

図1 鏡の国のニュートリノ
ニュートリノと呼ばれる素粒子は、時間とともに3つのフレーバー(νe、νµ、ντ)の間で変化する奇妙な能力を持っている。これは、各フレーバーのニュートリノを構成する3つの成分(質量状態)の発展の仕方が異なるからだ。波は、ニュートリノへの各質量状態(質量の固有状態)の寄与を単純化して示している。各ニュートリノには、それ自身の反ニュートリノ(バー付きのνで示す)がある。対称性の法則によれば反ニュートリノは、鏡の中の反物質でできた世界で、ニュートリノのように振る舞うはずだ。しかし、今回のT2K実験の結果は、この対称性が破れている可能性を示した3。この結果は、宇宙には反物質よりも多くの物質がある理由の手掛かりになるかもしれない。 | 拡大する

ニュートリノ振動は、その発見以来、いくつかの実験で分析されてきたが、ミューニュートリノから電子ニュートリノへの小さな振動が観測されたのはここ数年だ13,14。この振動の発生の確率は小さいが、レプトンでのCP対称性の破れのカギを握る。もしもCP対称性が保存されるなら、ミューニュートリノから電子ニュートリノへの変化の振動確率は、反ミューニュートリノから反電子ニュートリノへの変化の振動確率と同じはずだ。T2Kコラボレーションは、これらの振動をこれまでにない精度で調べることができ、レプトンのCP対称性の破れが起こっている可能性を示す証拠を観測した。

T2K実験では15、ニュートリノビームは、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設「J-PARC」で作られる。ここで、高エネルギーに加速された陽子は高密度のグラファイト標的にぶつかり、パイ中間子とK中間子と呼ばれる粒子を大量に作る。パイ中間子とK中間子は崩壊してニュートリノビーム(あるいは使用する条件によって反ニュートリノビーム)を作り、ビームは280m離れた2つの検出器でモニターされる。

ニュートリノはその後、遮られることなく地球を通過するが、その一部は、295km離れた池ノ山(岐阜県飛騨市)の地下深くにある東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設の地下検出器(スーパーカミオカンデ)で検出される。この検出器は5万tの超純水が入ったタンクを備え、タンクの内側に膨大な数の光センサーが取り付けられている。ニュートリノが水の中の中性子と相互作用し、そのフレーバーによってミュー粒子か電子を作ることがある。T2K実験は、ミュー粒子と電子を検出して、両者を見分け、それによって衝突したニュートリノのフレーバーを同定し、ミュー型から電子型へのニュートリノの変化の振動確率を測定する。

T2Kコラボレーションは、ニュートリノと反ニュートリノの両方のビームモードについて、2009〜2018年に集めたデータを分析した。これを、他のニュートリノ振動実験のデータと組み合わせることにより、研究者たちは、変化の確率のさまざまなパラメーターへの依存関係を見いだし、CP対称性の破れの証拠を得た。結果は、CP対称性の保存を95%の信頼水準で除外し(つまり、CP対称性の破れが起こったことを示す)、CP対称性の破れのパラメーターは大きそうだということを示した。この結果は、私たちの宇宙の物質・反物質非対称性の起源の初めての証拠かもしれない。

この測定は間違いなくエキサイティングだ。しかし、驚くべき主張をするためには並外れた証拠が必要だ。レプトンのCP対称性の破れが確かに起こったというには99.9999%を超える信頼水準が必要だ。これには、さらに強いビーム、さらに大きな検出器、よりよく理解された実験特性による、振動確率のより精密な測定が必要だ。

次世代の大規模・多目的ニュートリノ実験が、この課題のために準備している。日本のT2HK実験16は、T2Kと同じ技術を使っているが、ハイパーカミオカンデ検出器を使う。この検出器は10倍の質量の水を備え、より強いビームが使われる。ハイパーカミオカンデ計画は、2020年1月に正式に承認され、まもなく建設が始まる。大深度地下ニュートリノ実験17(DUNE)は、米国サウスダコタ州リードのサンフォード地下研究施設で行われるもので、その技術設計報告書は2020年2月に公表された18,19。DUNEは別の検出器技術を使う。DUNEの検出器は、それぞれ数千トンの液体アルゴンを満たした4つのモジュールからなり、1300km離れたフェルミ国立加速器研究所(イリノイ州バタビア)で作られる強いニュートリノビームを検出する。小型の原型検出器が、スイス・ジュネーブ近郊の欧州原子核共同研究機構(CERN)でテストされ、大規模なDUNE検出器の実現可能性を実証した。T2HKとDUNEは相補的な技術と測定になる。両実験はおそらく、今後15年間のCP対称性の破れの探索で決定的な答えをもたらしてくれるだろう。

(翻訳:新庄直樹)

Silvia Pascoliは、ダラム大学物理学科素粒子物理学現象論研究所 (英国)に所属。 Jessica Turnerは、フェルミ国立加速器研究所理論物理学部門 (米国イリノイ州バタビア)に所属

参考文献

  1. Christenson, J. H., Cronin, J. W., Fitch, V. L. & Turlay, R. Phys. Rev. Lett. 13, 138–140 (1964).
  2. Gershon, T. & Nir, Y. in Revew of Particle Physics Ch. 13, 238–250; http://pdg.lbl.gov/2019/reviews/rpp2019-rev-cp-violation.pdf (Particle Data Group; 2018).
  3. The T2K Collaboration. Nature 580, 339–344 (2020).
  4. Sakharov, A. D. Sov. Phys. Usp. 34, 392–393 (1991).
  5. Planck Collaboration. Preprint at https://arxiv.org/abs/1502.01589 (2015).
  6. Planck Collaboration. Preprint at https://arxiv.org/abs/1502.01589 (2015).
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  9. Hagedorn, C., Mohapatra, R. N., Molinaro, E., Nishi, C. C. & Petcov, S. T. Int. J. Mod. Phys. A 33, 1842006 (2018).
  10. Fukuda, Y. et al. Phys. Rev. Lett. 81, 1562–1567 (1998).
  11. Ahmad, Q. R. et al. Phys. Rev. Lett. 89, 011301 (2002).
  12. Pontecorvo, B. Sov. Phys. JETP 26, 984–988 (1968).
  13. Abe, K. et al. Phys. Rev. Lett. 112, 061802 (2014).
  14. Acero, M. A. et al. Phys. Rev. Lett. 123, 151803 (2019).
  15. Abe, K. et al. Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res. A 659, 106–135 (2011).
  16. Hyper-Kamiokande Proto-Collaboration. Preprint at https://arxiv.org/abs/1805.04163 (2018).
  17. Acciarri, R. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/1601.05471 (2016).
  18. Abi, B. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/2002.02967 (2020).
  19. Abi, B. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/2002.03005 (2020).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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