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FBIとの関係を深める米国の大学

2020年1月30日、保釈され、米国マサチューセッツ州ボストンの裁判所を後にする、ハーバード大学教授の化学者Charles Lieber。 彼は、中国の人材募集プログラム「千人計画」への参加について虚偽の報告をした容疑で同月に逮捕された。 Credit: Jonathan Wiggs/The Boston Globe via Getty Images

米国政府は、中国が人材募集計画を使って米国の科学研究成果を横取りしているという姿勢を強めている。そうした状況に対応するため、米国の各大学は連邦捜査局(FBI)との関係を深めていることが、Nature がこのほど大学副学長らに電子メールで尋ねた調査で分かった。

米国政府は、中国が米国の科学研究の開放性につけ込み、人材募集プログラム「千人計画」などによる人材の引き抜きで経済的利益を得ている、と主張している。米国議会上院の小委員会は2019年11月、「中国は、米国の研究者を集めることにより、米国の研究資金を利用して軍事力と経済力を強化している」とする報告書を公表した(Nature ダイジェスト 2020年2月号「『中国の千人計画は脅威』米国議会の報告書が警告」参照)。

米国立衛生研究所(NIH)は、年間予算約400億ドル(約4.1兆円)の研究費助成機関だ。NIHの研究助成金を受ける研究者は以前から、他の研究資金提供源も開示するように求められている。米中間の緊張が高まる中、NIHは2018年8月、この規則を研究者に徹底させるよう、大学など1万以上の研究機関に文書で要請した。

またNIHは、研究者の外国との関係と外国からの資金提供を調べていることを認めた。NIHによると、現在、84の研究機関の約180人の科学者が規則に違反している可能性があり、調査しているという。調査によると、秘密にすべき、審査中の研究助成金応募の研究内容を国外の組織に送った審査者もいた。

一方、米国エネルギー省は2019年6月、同省の研究者が中国の人材募集計画に参加することを禁止した。全米科学財団(NSF)は2019年12月、著名科学者グループ「JASON」がまとめたこの問題に関する報告書を発表した。

Nature は今回、政府の姿勢に対し、米国の大学がどのような対応策を取っているかを、12校の公立大学の研究担当副学長らに電子メールで尋ね、10件の回答を得た。副学長らは、連邦政府から資金提供される1校当たり年間数億ドル規模の科学研究費を監督し、研究者に規則や大学の方針を守らせる立場にある。

FBI本部ビル(米国ワシントンD.C.)壁面のFBIの紋章。 Credit: Mark Reinstein/Corbis via Getty Images

ワシントン州立大学(プルマン)、オクラホマ州立大学(スティルウォーター)、ノーステキサス大学(テキサス州デントン)など、4校の副学長らは、FBIの地域の連絡担当官と定期的な会合を持っていることを明らかにした。その目的について彼らは、秘密主義のFBIに、大学の開放性と国際協力の必要性になじんでもらうためだと説明した。ノーステキサス大学の研究・イノベーション担当副学長Mark McLellanは、「そうした関係作りは、(FBIによる)突然のドアノックを避けるのに役立つのです」としている。

サウスアラバマ大学(アラバマ州モビール)は、さらに進んでいる。同大学は2019年9月、引退したFBI捜査官で、経済スパイ活動と対諜報活動を専門にするDavid Furmanを、情報技術とリスク管理・法令遵守の責任者として雇用した。Furmanは、「大学の教員たちとは1対1での話し合いを重ねてきました。教員らは今では私を、彼らの研究の生産性への脅威ではなく、援助してくれる人と見なしています」と書いている。

各大学は、教員らの旅行に関する指針も変えつつある。サウスアラバマ大学は、海外からの訪問研究者のための指針を改訂した。また、McLellanによると、ノーステキサス大学は、「技術が漏洩する可能性がある、特定の既知の外国組織への旅行」に制限を課すことを検討している。

バージニア大学(シャーロッツビル)の研究担当副学長を務めるMelur Ramasubramanianは、Nature の質問への回答の中で、大学側から研究者への支援について述べている。同大学のあるウェブページでは、連邦政府の資金で行われた研究に対する外国の影響について、大学の方針を解説している。例えば、大学が定める期間を超える外国組織での活動は禁じている。この中で大学は、外国の人材募集の例として中国の千人計画を挙げている。

もう1つのウェブページでは、研究の公正性に関する大学の方針を説明していて、匿名で情報を知らせるための電話番号と手続きが掲載されている。また、同大学は、外国との関係の開示や利益相反の可能性に関する問い合わせ用の電子メールアドレスを設けている。

Nature は、研究者に開示規則を守らせるためにどのような支援を大学が必要としているかを副学長らに尋ねた。複数の副学長が、さまざまな政府機関から要件の異なる報告を求められて調整に苦労していることを述べた。主要な助成機関の代表を含む、ホワイトハウス科学技術政策局 研究環境合同委員会が方針の統一を主導しているが、今のところ指針は示されていない。またRamasubramanianは、「匿名の情報を受け取ったときに、大学は何を利益相反と見なすべきか、さまざまな状況にどう対応すべきかという疑問が残る」と述べている。

政府の規制強化で持ち上がったもう1つの問題は、中国系研究者や一部の外国人研究者が不当に標的とされているのではないかということだ。副学長らは、性急な対策は米国で働いている外国人研究者たちに反感を持たせ、彼らを疎外する可能性があると述べた。カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究担当副学長Roger Wakimotoによると、同校は「大学は人種による選別を許容しない」ことを強調する文書を大学教員らに送ったという。

大学への圧力は徐々に高まっている。1つの例は、2020年1月、ハーバード大学(マサチューセッツ州ケンブリッジ)の教授で著名な化学者Charles Lieberが米司法省に逮捕されたことだ。彼の容疑は、千人計画への参加に関して米国政府に虚偽の報告をしたということだった。司法省によると、彼は計画に参加し、中国側から最大5万ドルの月給と年間約15万ドルの生活費を受け取る契約を結び、1500万ドル以上の研究費も受け取ったという。

2020年2月、中国が米国に及ぼしている脅威について議論する会議が開かれ、米国大学協会会長Mary Sue Colemanはそこで、Lieberの逮捕は、政府機関への報告の重要性を科学者と大学幹部に理解させるのに特に役立った、と話した。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200607

原文

Universities are forging ties with the FBI as US cracks down on foreign influence
  • Nature (2020-03-12) | DOI: 10.1038/d41586-020-00646-9
  • Nidhi Subbaraman