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量子ゆらぎによる熱伝達を観測

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200337

原文:Nature (2019-12-12) | doi: 10.1038/d41586-019-03729-4 | Heat transferred in a previously unknown way

Karthik Sasihithlu

真空の隙間で隔てられた2つの物体間で、量子ゆらぎによる熱輸送が可能であることが実験で示された。この効果は、ナノスケールの素子での熱伝達やその制御に利用されるかもしれない。

音波と電磁波は、それぞれのエネルギーの運び手であるフォノンと光子により、物体間で熱を輸送できる。物体の間に物質媒質がある場合の熱伝達は、室温あるいは室温の近くでは、光子による場合よりもフォノンによる場合の方がずっと高い率で起こる。しかし、一般的には、真空の隙間(空間)で隔てられた物体間での熱輸送には、フォノンは効果がないと考えられている。フォノンの場合、エネルギーの運び手は原子格子の振動であり、伝わるには物質媒質が必要であるはずだからだ。カリフォルニア大学バークレー校ナノスケール科学・工学センター(米国)のKing Yan Fongらは今回、フォノンは、量子ゆらぎの効果のため、真空の隙間を越えて伝わり、真空で隔てられた物体間で熱伝達を引き起こすことができるという実験的証拠をNature 2019年12月12日号243ページで報告した1

簡単に言えば、量子ゆらぎは、電荷や電流などの、内部や外部の電磁波源から真空が遮蔽されているときでも、完璧な感度を持つ検出器はこの真空中で検出するはずの電磁信号源と理解することができる2。このゆらぎは、物理量のある対は、同時に無制限の精度で決定することはできないと述べる「ハイゼンベルクの不確定性原理」と呼ばれる量子力学の法則の結果だ3。量子ゆらぎの存在は、周囲の物質に微妙に影響し、いくつかの観測可能な効果を引き起こす。

こうした効果の1つで、Fongらの研究に関連するのが、真空の空間で隔てられた2つの中性原子が互いに及ぼし合う力、カシミール(カシミア)力だ4。カシミール力は、量子ゆらぎが、これらの原子で電荷密度のゆらぎを引き起こして生じる。この電荷密度が、その電場によって相互作用する。ヤモリの足を壁にくっつけている力は、カシミール力の巨視的な現れの一例だ。この力は、2つの物体の全ての原子的構成要素のゆらぐ電荷密度の間の複合した相互作用から起こる。

カシミール力が、真空で隔てられた物体の間でどのようにしてフォノン伝達を引き起こすことができるかを理解するため、熱源に接触して特定の温度に保たれている物体を考えよう(図1)。物体の原子は、弾性のあるばねで相互に接続されていると考えることができ、原子の熱運動がフォノンを引き起こす。フォノンが存在すると、物体の表面は時間とともに波打つ。第二の物体を第一の物体の近くに置くと、第一の物体の表面の波打ちとの相互作用のため、第二の物体は時間変化するカシミール力にさらされる。第二の物体の表面は引っ張られ、それが第二の物体の内部にフォノンを引き起こす。こうしてフォノンは、第一の物体から第二の物体へ伝えられる。

図1 真空を越えるフォノン伝達
Fongらは、真空の隙間(空間)によって隔てられた物体の間でフォノン(原子格子の振動)が輸送され得ることを示した1。このプロセスがどのようにして起こるかを理解するため、温度T1が一定の物体を考えよう。物体の原子の熱運動は、音波として伝播するフォノンを作り、物体の表面に時間変化する波打ちを起こす(図の波打ちの振幅は、分かりやすくするために誇張されている)。一定温度T2T2T1)の第二の物体が、第一の物体の近くに置かれ、物体間には真空の隙間がある。第一の物体の表面の波打ちが、時間変化するカシミール力(量子ゆらぎによって引き起こされる)を第二の物体の表面に及ぼし、それが第二の物体にフォノンを引き起こす。フォノンは熱の運び手なので、熱は第一の物体から第二の物体に伝達される。 | 拡大する

フォノンは熱の運び手なので、カシミール力の結果としてフォノンが真空の隙間を越えて1つの物体からもう1つの物体へ輸送されるとき、第二の物体の温度が第一の物体の温度よりも低く維持されていたら、熱伝達を引き起こす。カシミール力によって促進されるこの熱輸送現象は、理論モデルを使ってすでに予言されていた5-7。Fongらは今回、そうした熱伝達モードを実験的に測定した。

Fongらは、光干渉法と呼ばれる技術を使い、膜の表面での原子の熱運動(ブラウン運動)を観察した。この膜は、一定温度に保たれた熱源と接触している。熱運動の測定は、膜の表面での原子の温度に関連付けることができ、原子の温度の計器として使うことができる。すぐそばに置かれたもう1つの膜とのカシミール相互作用がある場合とない場合のこの温度の違いは、相互作用する2つの膜の間の熱伝達に比例する。Fongらはこうした工夫により、膜の間の真空の隙間の大きさがさまざまな場合について、膜の間を伝わる熱の量を見積もった。彼らは、測定結果が、こうした熱輸送の理論的見積もりに正確に一致することを見いだした。

Fongらの研究は、カシミール力が熱伝達を引き起こすことができるという決定的な証拠になった。しかし、2つの物体間で熱を運ぶ方法としてこの方法が使えるのは限られた場合だけだ。カシミール力は、物体間の距離が大きくなると急速に弱まるからだ。カシミール力は、2つの物体間の隔たりが数ナノメートルのオーダーのときにのみ、この熱伝達モードにとって十分に強くなり、光子トンネリングなどの競合するモードに対して優位になる8

Fongらは、カシミールモードの熱伝達を増幅し、膜の間の隔たりが数百ナノメートルの範囲においても、この熱伝達モードが優位であるようにする方法を発見した。膜の大きさと維持される温度は、膜が可能な最大の変位で(言い換えれば、その自然な振動数で)振動することができるように注意深く設計された。だから、この熱伝達モードを熱の散逸に利用する応用(ハードディスクドライブなど。ハードディスクドライブでは書き込みヘッドと記憶ディスクの間の距離は数ナノメートル)では、このモードが確実に増幅されるようにするため、同様の注意深い設計が必要だ。これを達成することが今後の課題だろう。

(翻訳:新庄直樹)

Karthik Sasihithluは、インド工科大学ボンベイ校に所属。

参考文献

  1. Fong, K. Y. et al. Nature 576, 243–247 (2019).
  2. Simpson, W. M. R. & Leonhardt, U. in Forces of the Quantum Vacuum: An Introduction to Casimir Physics
  3. Heisenberg, W. Z. Phys. 43, 172–198 (1927).
  4. Casimir, H. B. G. Proc. K. Ned. Akad. Wet. B 51, 793–795 (1948).
  5. Budaev, B. V. & Bogy, D. B. Appl. Phys. Lett. 99, 053109 (2011).
  6. Ezzahri, Y. & Joulain, K. Phys. Rev. B 90, 115433 (2014).
  7. Pendry, J. B., Sasihithlu, K. & Craster, R. V. Phys. Rev. B 94, 075414 (2016).
  8. Kim, K. et al. Nature 528, 387–391 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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