2020年 注目の科学イベント
火星への進出
2020年には、複数の火星ミッションが予定されている。NASAの「マーズ2020」ミッションでは、ローバーから分離できるヘリコプター型ドローンが搭載される。 Credit: NASA/JPL-CALTECH
2020年には3機の着陸船を含む複数の火星探査機が打ち上げられ、火星への進出が本格化する。NASAはマーズ2020ローバーを打ち上げる。このローバーは火星で岩石サンプルを採取して火星表面に保管する(将来のサンプルリターンミッションに備えるため)他、小型のヘリコプター型ドローンを分離して飛ばす予定だ(2017年4月号「火星の石を持ち帰れ!」参照)。中国は最初の火星着陸船「火星1号(Huoxing-1)」と小型ローバーを送り込む。欧州宇宙機関(ESA)は、ローバーの着陸用パラシュートの問題を解決できれば、ロシアの宇宙船を使って火星に送り込む予定だ。アラブ首長国連邦も、アラブ諸国による最初の火星ミッションとして、火星周回軌道に人工衛星を投入する。
地球に近いところでは、中国が嫦娥5号(Changʼe-5)による月へのサンプルリターンミッションを計画している。他の太陽系内ミッションとしては、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから試料を地球に持ち帰る(2019年9月号「小惑星の内部を探った『はやぶさ2』」参照)。NASAの小惑星探査機「オシリス・レックス(OSIRIS-REx)」は、小惑星ベンヌで地球に持ち帰るための試料を採取する。
宇宙のビッグデータ
2019年にメシエ87(M87)銀河の中心にある超大質量ブラックホールを撮影して大きな話題になったイベント・ホライズン・テレスコープ(2019年7月号「ブラックホールを初めて撮影」参照)。この共同研究チームが、今度は銀河系の中心にある超大質量ブラックホール「いて座A*」に関する新たな成果を発表する予定である。発表には、いて座A*の周囲で渦を巻くガスの複数の映像と、もしかすると動画も含まれているかもしれない。
ESAのガイア計画が作成した銀河系の3D地図は、銀河系の構造と進化に関する科学者の理解を大きく変えてきた(2016年12月号「11億個の星の地図を公開」参照)。この地図が今年、アップデートされる。また、重力波天文学者は、2019年に観測した激しい衝突現象による時空のさざ波について発表を行う。ブラックホール同士の融合が多数観測された他、ブラックホールと恒星の衝突も初めて観測された。
夢のメガコライダー
欧州原子核共同研究機構(CERN;スイス・ジュネーブ近郊)は今年、将来のメガコライダーのための資金の確保を予定している。5月にブダペストで特別理事会を開催し、欧州素粒子物理学戦略のアップデートの一環として、委員会がこの計画に関する決定を行う。CERNの提案には、将来のコライダーに関する選択肢のメニューが含まれている。CERNの希望は、210億ユーロ(約2兆5000億円)を投じて全長100kmの加速器を建設し、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の6倍の衝突エネルギーを実現することだ。
米国ではフェルミ国立加速器研究所(イリノイ州バタビア)が、待望のミューオンg-2(Muon g-2)実験の結果を発表する。これは、磁場中でのミューオン(電子の仲間で、電子より重い素粒子)の振る舞いを高精度で測定する実験で、物理学者たちは、わずかな異常から未知の素粒子が見つかるのではないかと期待している。
気候問題の宿題の提出
地球温暖化の影響について研究が進められている。そうした中、熱帯低気圧の移動速度がこの70年で減速していることが報告された(2018年9月号「熱帯低気圧の動きが全球的に鈍化」参照)。熱帯低気圧の停滞により降水量が増えるため、被害の拡大が懸念される。 Credit: Stocktrek Images/GETTY
8月には国連環境計画(UNEP)が、気候工学(気候変動との戦いへの利用が期待されるアプローチ)の科学的・技術的側面に関する大規模な報告書を公表する。気候工学には、大気から二酸化炭素を除去する技術や、太陽光をブロックする技術などがある。また国際海底機構(ISA)は、長らく待ち望まれてきた海底採掘を可能にする規則を発布する予定である(2019年10月号「深海底鉱物資源開発のジレンマ」参照)。科学者たちは、海底資源開発が海洋生態系をどのように損傷するのか十分明らかになっておらず、すでにストレスにさらされている環境に破滅的な影響を及ぼす恐れがあると懸念している。
11月には気候関連の最大のイベントが開かれる。グラスゴー(英国)で開催される気候変動枠組条約締約国会議COP26は、パリ協定にとっての正念場だ(2016年3月号「地球温暖化の抑制へ歴史的合意」参照)。2015年の合意の下、各国は地球温暖化を2℃以内に収めるための自国の温室効果ガス排出量の新たな削減目標を出すことになっているが、ほとんどの国で約束の履行が遅れている。パリ協定自体の先行きも不透明で、米国は同じ月にパリ協定からの正式な離脱を予定している。
米国選挙のクライマックス
ドナルド・トランプ大統領。 Credit: Drew Angerer/Getty Images
米国では11月に大統領選挙と連邦議会選挙が実施され、その結果は、科学、特に気候科学に密接に関わってくる可能性がある。ドナルド・トランプ大統領が再選されれば、引き続き前任者の気候政策をつぶしていくことになり、選挙の翌日に米国がパリ協定から正式に離脱するのは確実になる。民主党が大統領選に勝利するか、連邦議会の両院で過半数を獲得できれば、この動きを阻止できるかもしれない。連邦議会選挙では下院の435議席の全てと上院の100議席のうち35議席が争われる。
ヒトと動物のハイブリッド
倫理的に不安のある技術の研究が進み、ヒトに移植するための臓器を他の動物の体内で育てるという夢が実現に近づく可能性がある。東京大学医科学研究所の幹細胞科学者、中内啓光は、マウスとラットの胚でヒト細胞からなる組織を育てることを計画している。中内はハイブリッド胚ができたら代理動物に移植する予定だ。ヒト細胞と動物胚が混ざった「動物性集合胚」の非ヒト動物への移植は、日本では2019年3月に指針が改正されるまでは禁止されていた。中内と共同研究者らは、ブタ胚を使った同様の実験についても申請済みだ。こうした研究の最終目標は、ヒトに移植可能な臓器を持つ動物を作り出すことである。しかし一部の研究者は、試験管内で作ることのできる、臓器に似た三次元構造体「オルガノイド」を使う方が安全で効果的だろうと考えている(2015年10月号「オルガノイドの興隆」参照)。
高温超伝導の新記録樹立
室温で電気抵抗なしに電流が流れるような材料を作り出すことは物理学者の長年の夢だが、現時点では、そうした超伝導材料には数百万キロパスカルという高圧をかける必要がある(2019年8月号「室温に近い超伝導」参照)。2018年に全ての高温超伝導記録を破ったいわゆる「超水素化(superhydride)」ランタンの成功に続き、研究者たちは最高53℃という高温で超伝導状態になる可能性がある超水素化イットリウムを合成したいと考えている。
蚊には蚊を
蚊に細菌を感染させてウイルスを伝播できなくする取り組みが進んでいる。 Credit: APU GOMES/AFP/GETTY
インドネシアの都市ジョクジャカルタで、デング熱の広がりを食い止められる可能性のある技術の大がかりな試験の結論が出る予定だ。デング熱、チクングニア熱、ジカ熱の原因ウイルスは蚊によって媒介されるが、蚊がボルバキア(Wolbachia)属の細菌に感染すると、これらのウイルスの複製は阻害される(2017年11月号「タヒチの蚊の掃討作戦」参照)。研究者らは、ボルバキアを感染させた蚊を放出し、野生集団の中で感染を広げることで、ウイルスのヒトへの伝播を減らそうとしている。インドネシア、ベトナム、ブラジルでの小規模な試験では、期待できそうな結果が出ている。
もう1つ有望そうなのが、マラリアワクチンだ(2013年10月号「弱体化マラリア原虫から作成したワクチンが効いた!?」参照)。赤道ギニアのビオコ島で試験が行われることになっている。世界保健機関(WHO)は、公衆衛生上の問題としての眠り病を2020年に根絶したいと考えている。この悪名高い疾患はアフリカトリパノソーマ症とも呼ばれ、ツェツェバエ(Glossina spp.)により媒介される。
新しい電池
ペロブスカイトは従来のソーラーパネルに用いられるシリコン結晶よりも安価で容易に製造できる有望な材料で、大小の企業がこれを使った太陽電池の発売を計画している(2019年9月号「ペロブスカイト太陽電池が直面する現実」参照)。ペロブスカイトをシリコンと組み合わせたタンデム型太陽電池の効率は、市販のソーラーパネルの中で最も高い。
エネルギーセクターは、7月の東京オリンピック期間中にもう1つの快挙を成し遂げる可能性がある。トヨタが全固体リチウムイオン電池(全固体電池)を搭載した自動車の最初のプロトタイプを発表することになっているのだ(2016年7月号「次世代電池を牽引する、全固体電池開発」参照)。従来の電池では正極と負極の間に電解液があるが、全固体電池では電解液の代わりに固体電解質を使うことで、蓄えられるエネルギー量を大きくしている。全固体電池は、より長時間持つが、充電はゆっくりになる傾向がある。
合成酵母
出芽酵母。 Credit: STEVE GSCHMEISSNER/SPL/Getty
2020年、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)を再編成するという合成生物学者の野心的な試みが完了する予定である。研究者たちはこれまでにも、酵母よりもっと単純な生物(例えばマイコプラズマ属の細菌Mycoplasma mycoidesなど)の遺伝暗号を完全に置換することに成功している(2016年6月号「遺伝子を限界まで削ぎ落とした人工生命」参照)。だが、酵母細胞は複雑であるため、同じことをするのははるかに難しい。「Synthetic Yeast 2.0(Sc2.0)」というこのプロジェクトは、4つの大陸の15の研究室が共同で進めている。研究チームは出芽酵母の16本の染色体上のDNAを少しずつ合成DNAと置換してきた(2018年10月号「出芽酵母の16本の染色体をつなげて1本に」参照)。また、酵母がどのように進化し、変異にどのように対応しているかを理解するため、ゲノムの再構成や編集の実験(あるいはゲノムから大きな部分を欠失させる実験)も行ってきた。研究者たちは、改変酵母細胞を利用して、バイオ燃料から医薬品まで多種多様な製品を、より効率的に、より柔軟に製造できるようになることを期待している。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200202
原文
The science events to watch for in 2020- Nature (2019-12-20) | DOI: 10.1038/d41586-019-03910-9
- Davide Castelvecchi
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