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出芽酵母の16本の染色体をつなげて1本に

Brewer’s yeast is a single-celled organism that usually has 16 chromosomes. Credit: Thomas Deerinck, NCMIR/Getty

ビール酵母やパン酵母など、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)は、数百万年にわたって、DNAを16本の染色体に分けて維持してきた。このほど、ニューヨーク大学(米国)の遺伝学者Jef Boekeらの研究チーム1と中国科学院上海生命科学研究院の分子生物学者Zhongjun Qinらのチーム2がそれぞれ、CRISPRによる遺伝子編集法を用いて、酵母の全遺伝物質を、少数の必須ではないDNA断片を除いて2本あるいは1本の染色体に再編成した酵母を作製し、Nature 2018年8月16日号で報告した。これは、複雑なゲノムをこれまでで最も劇的に再編成した成果であり、生物がDNAを特定の数の染色体に分割して維持している理由を解明するのに役立つかもしれない。研究者らを何より驚かせたのは、染色体数をこのように減らしても、出芽酵母の機能の大部分には影響がほとんど見られなかったことである。

「この結果は本当に衝撃的でした。酵母は、染色体を融合させても平気なのです。染色体の数が減ったことに気付いてないようです」と、酵母ゲノムを2本の染色体に再編成したBoekeは言う。一方、Qinらのチームは、異なる手順で1本の「スーパー染色体」のみの酵母を作製した2

遺伝学の基礎

酵母は、系統樹の中で真核生物という枝に属しており、この枝には他にヒト、植物、動物が含まれる。真核細胞では、遺伝物質が膜で囲まれた核の中に格納されているが、真核細胞の染色体の数は種によってさまざまで、染色体数と保有する遺伝情報の量との間には相関がないと考えられている。ヒトでは、遺伝物質が46本の染色体に分割されているのに対し、トビキバハリアリ(Myrmecia pilosula)の雄では、全ての遺伝情報が1本の染色体に収められている。単細胞生物である出芽酵母のゲノムは全長1200万塩基対(ヒトのゲノム長の数百分の一)で、16本の染色体に分割されている。

「真核生物の染色体数がなぜこのように異なっているかは分かっていません。私は、おそらく無作為だろうと考えていました」と、1本の長い染色体しか持たない酵母株を作製したQinは言う。

Qinらは、生物の染色体数が、基本的な自然法則ではなく偶然に支配されているのならば、酵母細胞の16本の染色体が1本にまとまっても生存できない理由はないはずだと考えた。これまでの研究では、2本の酵母染色体3、さらには4本4の酵母染色体を1本に融合できること、あるいは16本の染色体を33本に分割できることが分かっている。この全ての場合で酵母細胞は生存できた5。そこでQinらは、数年前から極端な遺伝的手術を始めたのだが、そうした試みは、それまで誰もやったことがなかった。

Qinらの実験は、最初からうまくいったわけではない。成果が上がり始めたのは、特異的なDNA配列をうまく除去できるCRISPR–Cas9というゲノム編集ツールを用いるようになってからだ。彼らはCRISPRを用いて、染色体末端を分解から保護しているテロメアと呼ばれる配列や、DNA複製に重要な染色体中央部のセントロメアと呼ばれる配列なども除去した。

こうした配列の除去により、染色体を上手に収納する道が開かれた。その努力を、片付けコンサルタントの近藤麻理恵も称賛することだろう。Qinらは、まず2本の染色体を融合し、この融合産物に別の1本の染色体を連結することを繰り返し、最終的に1本の長い染色体を持つ酵母株を作製することに成功した(「最小染色体数の酵母」参照)。

最小染色体数の酵母
出芽酵母は単細胞生物であり、通常は16本の染色体を持つ。
a. 2本の染色体 米国の研究チームは、CRISPRを用いて、テロメアと呼ばれる染色体末端の配列とセントロメアと呼ばれる染色体中央部の配列を除去し、酵母にもともと備わる相同組換えというDNA修復機構を利用して、2本の染色体を持つ酵母株を作製した。
b. 1本の染色体 中国の研究チームは、CRISPRを用いて、15のセントロメアと30のテロメア、さらに19の長鎖反復配列を除去した上で1本ずつ融合させていき、最終的に1本の染色体を持つ酵母株を作製した。

Boekeの研究チームも、必須の遺伝情報をコードしていないテロメアやセントロメアをCRISPRを用いて除去した後、染色体を融合することで、酵母の染色体数を徐々に減らしていった。最終的に2本の非常に長い染色体を持つ酵母株が作製されたが、Boekeらは、この2本を1本に融合することはできなかった。なお、Boekeは、酵母の人工ゲノムを一から全合成するための国際的な取り組み「Sc 2.0」を率いている(2014年6月号「酵母の染色体1本を人工合成することに成功」、2018年8月号「酵母のゲノムシャッフリングがもたらす多様な未来」参照)。

Boekeの研究チームが染色体を1本にできなかった要因は、長鎖反復配列を除去しなかったことにあるのかもしれない。Qinらは、テロメアやセントロメアの他に19の長鎖反復配列を除去していた。Qinは、「これらの反復配列が、細胞が2本の染色体を1本につなげるのに用いる機構を妨げている可能性があります」と話す。一方Boekeは、「1本につなげられたのは偶然かもしれません。16本の染色体を1本に融合するには、約1019通りの方法があります。今回はQinらのチームが、うまくいく組み合わせを引き当てただけなのかもしれません」と言う。

産みの苦しみ

「最小染色体数」のこれらの酵母株はいずれも、顕微鏡下で観察しても異常は見当たらず、染色体数の変化は遺伝子活性にほとんど影響を与えていないようであった。ただし、Boekeらの酵母株は正常な無性生殖を行って16本の染色体を持つ株と同程度の効率で増殖したのに対し、Qinらの染色体1本しか持たない酵母株の分裂速度はやや遅かった。

そして、両者の株に共通して見られた重要な異常が1つだけあった。有性生殖だ。有性生殖の際、接合によって2倍体となった酵母細胞は、減数分裂を行い1倍体の「胞子」を作り出す。Qinのチームの染色体1本の酵母株は、接合によって2倍体になると、正常酵母と比べて増殖が一層遅くなり、産生する胞子数も少なかった。

一方のBoekeらは、染色体数の異なる酵母株間で有性生殖により胞子を産生させようとしたところ、染色体数の差が大きいほど産生する胞子数が少ないことに気付いた。「この遺伝的不和合性は、環境に放出された人工酵母が、野生型株と交配するのを防ぐのに用いることができると思います」とBoekeは言う。彼は、染色体2本の酵母株は正常酵母とは異なる種として位置付けられるのかもしれない、とも言う。これらはほぼ同一のDNAを持つにもかかわらず、接合が見られないからだ。

「研究者たちは、新種が生まれる際に変化したDNA塩基配列の役割に注目する傾向がありますが、今回の研究は、自然に起こる染色体融合もそうした役割の一部を担っている可能性を示しています」と、コートダジュール大学(フランス・ニース)の遺伝学者Gianni Litiは言う。彼はこの2つの論文の査読者であり、これらの論文に関する解説記事(News & Views)を執筆した6

ワシントン大学(米国シアトル)の計算生物学者William Nobleは、このような酵母株を研究することは、ほぼ全ての真核生物がDNAを複数の染色体に分割している理由を解明するのに役立つかもしれないと言う。「どうしてそんな面倒なことをするでしょうか。必要な染色体が1本だけなら、それ以外のものは切り捨てられていることでしょう」。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181002

原文

Entire yeast genome squeezed into one lone chromosome
  • Nature (2018-08-01) | DOI: 10.1038/d41586-018-05857-9
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Luo, J., Sun, X., Cormack, B. P. & Boeke, J. D. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-018-0374-x (2018).
  2. Shao, Y. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-018-0382-x (2018).
  3. Neurohr, G. et al. Science 332, 465–468 (2011).
  4. Titos, I., Ivanova, T. & Mendoza, M. J. Cell Biol. 206, 719–733 (2014).
  5. Ueda, Y. et al. J. Biosci. Bioeng. 113, 675–682 (2012).
  6. Liti, G. Nature https://doi.org/10.1038/d41586-018-05309-4 (2018).