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科学研究で先を越されても、名声は手に入ることが明らかに

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200219

原文:Nature (2019-11-28) | doi: 10.1038/d41586-019-03648-4 | Scooped in science? Relax, credit will come your way

Ewen Callaway

「研究レース」について、タンパク質の構造決定に関する論文を分析調査したところ、2番手の研究チームも評価されていることが分かった。

チャールズ・ダーウィン(左)は、アルフレッド・ラッセル・ウォレス(右)から自分と同様の考えを詳しく述べた原稿を受け取った後、『種の起源』を急いで出版した。 | 拡大する

L: BETTMANN/GETTY; R: LONDON STEREOSCOPIC COMPANY/GETTY

ある発見で誰かに先を越されることは、科学者とって最大の悪夢である。しかし、2番手に甘んじた不利益は、人々が思うほど過酷なものではない。

タンパク質などの生物分子の詳細な立体構造を決める1600以上の「研究レース」の分析結果から、同じ発見について最初に発表した論文に比べて、先を越された論文の引用数は少なくなるものの、その差はわずか4分の1程度であることが分かった。

「1番目になることで、重要なメリットを得ることができますが、先を越されても、人々が恐れているほど破滅的なことにはならないかもしれません」と、マサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)の経済学者Carolyn Steinは述べる。彼女はMITの同僚Ryan Hillと共同でこの研究を行った。彼らの結果はMITウェブサイトに投稿された研究報告書で説明されている(go.nature.com/2xmcuyv参照)。

社会科学者たちは、この研究は新境地を開くものだと言う。この研究では、1度も発表されなかったものも含めて先を越されてしまった研究を特定して、追跡することができるからだ。「これは、私の知る限りにおいて、未発表の論文を観察することを可能にした初めての研究です」と、INSEADビジネススクールフランス校(フォンテーヌブロー)のイノベーション研究者Michaël Bikardは言う。「これは重要な研究です」。

科学の歴史は競争に満ちあふれている。チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)は、自分と同様の考えを詳しく述べた原稿をアルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)から受け取った後、『種の起源』を急いで出版した。アイザック・ニュートン(Isaac Newton)とゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz)、そして彼らの支持者は、誰が微積分学を発明したかについて論争した。

このような競争が目立つにもかかわらず、科学の学者たちは、発見競争において、評判がどのように分配されるかに関してほとんど知らない。例えば、特許レースを分析する理論モデルでは、全ての利益は勝者のものになると憶断することが多い。しかし、現実には、科学的発見の名誉に関しては、勝者が全てを受け取ることにはならない可能性が高いと研究者らは言う。

タンパク質を調べる

先を越されたプロジェクトに関する研究における問題の1つは、科学者の中には他の誰かに出し抜かれた後に研究努力を中止してしまう人がいることだとHillは言う。あるいはまた、プロジェクトを変更して、研究結果を自分の先を越した論文と比較できないようにする研究者もいる。博士課程の学生であるHillがこの研究を行った動機の一部は、彼自身が「研究で先を越されてしまった」経験をしたことだった。

競合するプロジェクトの「比較できる対象同士」の比較をすべく、HillとSteinは、タンパク質などの生物分子15万種以上の構造を集めたタンパク質データバンク(Protein Data Bank:PDB)を利用することにした。こうした構造は、タンパク質がどのように働くか、そして、それらの機能が薬剤によってどのように変化し得るかを理解するカギとなる。今回の研究にとって好都合なことに、科学者たちは、研究について説明する論文が学術雑誌に発表される何カ月も前に、構造を公表禁止の下にPDBに登録する傾向がある(論文が発表されると公表禁止は解かれる)。このアプローチによって、1999~2017年にかけて、全く同じ、あるいは非常に似ている分子構造をPDBに登録した競合チーム間の1630の「レース」を追跡することができた。

先を越されることの損害はそれほど大きくはなかった。構造を2番目に明らかにした論文が発表される可能性はわずか2.5%低いだけであった。ただし、最初に発表されたものよりも、知名度の低い学術誌(インパクトファクターで評価)に掲載される傾向が高かった。HillとSteinは、総引用数を100とすると、引用の割合は最初の論文が58、2番目の論文が42になると見積もっている。

しかし、HillとSteinが915人の構造生物学者を対象に調査したところ、「先を越されることの影響」に対する彼らの答えは、データが示すよりもはるかに悲観的なものだった。科学者たちは、発見レースに敗れることの不利益を過大に見積もっていて、先を越された論文は、総引用数を100とした場合、たった29の引用しか得られないと予測した。

しかし、全ての科学者が2番になることによって等しく損害を被るわけではないことが今回の研究で明らかになった。有名な大学や学部(大学ランキングで評価)の研究チームの発表が、知名度の低い研究所のチームより遅かった場合は、2番目のチームの論文の引用数の方がわずかに多かった。反対に、トップランクの研究所が競争に勝った場合、引用数の割合はより大きくなった。

「この結果にはひどく驚かされました」と、Bikardは言う。

評価を得るためのレース

ジョージア州立大学(米国アトランタ)の経済学者Paula Stephanは、この研究は自分が知る限りでは、先を越されることの不利益を実際に測定した初めての研究だと述べる。「私たちは昔から、科学は勝者が全てを手に入れる『ゲーム』でないことを知っていました。この研究でそれが確認されたのです」とStephanは言う。しかし、彼女は、この研究結果を他の分野に拡大することはできないかもしれないと警告する。

さらに、この研究は、先を越されることの心理的影響を捉えていないと、MRC分子生物学研究所(英国ケンブリッジ)の構造生物学者、Venki Ramakrishnanは言う。彼の研究チームは、1990年代後半から2000年代前半に、タンパク質を作る細胞装置であるリボソームの構造を決定するレースでいくつかのチームと競い合った。2000年9月に、ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホボト)のAda Yonathが率いるチームが、あるリボソームサブユニットの構造をCell で発表した1。この構造についてはRamakrishnanのチームも特徴を明らかにしていて、その研究は数週後にNature で発表された2

「その月、私と研究室のメンバーはかなり惨めな気分でした」と彼は言う。彼らは、自分たちの研究が適切な評価を受けられないのではないかと心配した。しかし、そうはならなかった。RamakrishnanとYonathのチームはどちらも、そのリボソームサブユニットの構造を解明したことが評価され、2人は、2009年のノーベル化学賞を共同受賞したのだ。Ramakrishnanの論文の引用数は、先を越した論文の引用数のおよそ2倍である。「長い目で見れば、どちらが先かは重要でなかった」と、Ramakrishnanは振り返る。

2009年のノーベル化学賞は、Venkatraman Ramakrishnan(左)、Thomas Steitz(中)、Ada Yonath(右)の共同受賞となった。 | 拡大する

OLIVIER MORIN/AFP via Getty Images

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Schluenzen, F. et al. Cell 102, 615–623 (2000).
  2. Wimberly, B. T. et al. Nature 407, 327–339 (2000).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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