小地震も大地震も始まりは似ている
図1 2011年東北地方太平洋沖地震による被害
2011年3月11日、日本の近代地震観測史上最も強い地震が発生して津波を引き起こし、壊滅的な被害を与えた。井出は、大きな地震の始まりは、小さな地震の始まりとほぼ同一である場合があることを見いだした1。これは、地震の最終的な大きさの予測に関わる知見だ(写真は2011年3月21日、自宅の片付けをする男性。宮城県気仙沼市で)。 Credit: CHRIS MCGRATH/GETTY
ある地震がどれだけ大きくなるのかが分かるのはどの時点だろうか? 1つの地震のマグニチュードは、その成長の始まりの状況とダイナミクスに左右されるのだろうか? もし左右されるのであれば、初期の地震波の観測により、あるいは地震が起こるだろう地域の観測によっても、地震動の早期警報が可能になるかもしれない。一方、左右されないなら、そうした短期予測の可能性は低い。東京大学大学院理学系研究科の井出哲はこのほど、日本周辺で起こった数千回の大きな地震と、それらに近い震源を持つ小さな地震について、互いの始まりの地震波の波形を比較し、Nature 2019年9月5日号112ページに報告した1。井出は、今回分析した地震波の周波数範囲では、大きな地震の約20%の始まりの地震波は、それらと震源が近い小さな地震の始まりの地震波と区別がつかないことを見いだした。
地震は、小さな振幅の波だけの短い段階で始まり、その後、最終的な大きさの地震に成長することが多い2,3。この観測を説明する1つのメカニズムはカスケード破壊であり、断層の1つのパッチ(断層面の一領域)がランダムに破壊され、破壊による応力変化が、ドミノ倒しのように他のパッチを破壊するというものだ。この場合、ある地震のマグニチュードは、地震が成長する際の動的な条件に左右され、地震が減速するか止まる前に予測することは不可能だ。
もう1つの可能性は、スロースリップ(ゆっくり滑り)という現象に関係する。スロースリップは断層の両側の岩石の相対的な運動だ。このスリップは地震計では検出されず、断層の限定された領域の中で徐々に加速し、その後、臨界速度に到達し、領域外に拡大して最終的な地震の大きさに達する。これが正しければ、地震のマグニチュードは、先行して起こるスロースリップ領域の大きさ、あるいは初期の波の特徴によって決定されるかもしれない。さらに、もしもこうした特性を観測し、解釈できるなら、短期的な予測が可能かもしれない。
地震計記録の研究には、地震のマグニチュードは、地震の最初の数十ミリ秒には依存しないことを見いだしたものや4、さらに長い時間にも依存しないことを見いだしたものもある3。しかし、これらの研究の分析対象は数回の地震に限定されていた。一方、最終的な地震の大きさは、地震の始まりに依存することを示唆した研究もある5,6。しかし、これらの分析は、データの間接的なパラメーター化を含み、地震波が地球を進むときのエネルギー損失を正確に考慮していない可能性がある7。
今回、井出は、震源が互いに近い、さまざまなマグニチュードの地震の始まりを比較し、地震の始まりが最終的な地震の大きさの手掛かりを与えるかどうかを決定した。彼は、2002年6月〜2018年4月の期間に日本海溝の長さ約1100キロメートルにわたる領域に起こった、十分詳細に記録された大きな地震のすべての包括的な分析を行った。日本海溝は沈み込み帯であり、そこでは、太平洋の下にある太平洋プレートが、日本の下にあるオホーツクプレートの下に潜り込んでオホーツクプレートに押されている。彼は、繰り返し地震と呼ばれる現象を同定するために使われてきた手順に従った8。繰り返し地震は同じような大きさの地震で、その地震計の記録はとてもよく似ているので、断層の同じパッチの繰り返す同様の運動に関係していると考えられる8。
井出は、同じような大きさの地震を探す代わりに、1654回の大きな地震(マグニチュードが4.5よりも大きな地震)を、その震源から約100メートル以内と十分に近くに震源があって位置が区別できない、すべての既知の小さな地震(マグニチュードが4よりも小さな地震)と比較した。彼は、これらの地震の地震計記録の最初の0.2秒の類似性を計算した。
その結果、200の大きな地震の始まりが、ほぼ同じ位置の小さな地震の始まりととてもよく似ていることが分かり、とてもよく似た始まりを持つ、大きな地震と小さな地震の対が390対発見された。彼はこの発見を、大きな地震の始まりは小さな地震の始まりと同一である場合があり、つまり、地震の初めの状況とダイナミクスはそのマグニチュードを決定しないことを示している、と解釈した。
井出は、2011年東北地方太平洋沖地震(図1)などの沈み込み型とその他のタイプに地震を分け、沈み込み型地震はその他のタイプよりも対になる地震がある可能性が高いことを発見した。また、沈み込み型地震の対は10年を超えて離れていることがあるが、他のタイプの地震の対は、大きな地震に時間的に近い小さな地震に限定されることも見いだした。
井出は、これらの結果を1つのモデルを使って解釈した。このモデルでは、1つの地震断層は複数のパッチからなり、パッチはさまざまな大きさと比較的一定の破壊特性を持つ。そうしたパッチの1つの滑りは、さらに大きな周辺のパッチの滑りを引き起こし、以下同様に続くのかもしれない。この描像は、繰り返し地震を説明するために提案された数値モデルと調和する9。長期にわたる始まりの類似性は、長期的な特徴的構造が存在して、大きな地震と小さな地震を繰り返し起こすことができることを意味する。
震源が同じ位置なら、小さな地震と大きな地震の地震波は、両方とも同じ経路を通って測定地点に至る。井出は、震源が同じ場所に位置する地震を考慮することにより、地球の中のさまざまな経路を進む波からのバイアスを除去した3,4。地震の始まりは地震の最終的な大きさを左右しないという彼の結論は、米国カリフォルニア州パークフィールドのサンアンドレアス断層で詳細に記録された観測と一致する10。またこの結論は、世界的な大地震の統計的収集とも調和する5,7,11。この収集では、すべての地震はおおよそ同じペースで成長し、破壊が減速の徴候を示す時点に達した後、違いが現れ始めることが分かった。
日本周辺の地震の大半は、沖合いあるいは地下深くで起こり、地震計に近くはなく、記録の空間的カバーと周波数範囲が制限される。井出は、高周波数波(1ヘルツ以上)を分析した。従って、井出の分析は、より低い周波数での始まりの違いを捉えていない。大きな地震は、エネルギーの大半をより低い周波数で放出する。井出の分析はまた、実験室実験と数値モデルで観察されたような、地震に先行するスロースリップも捉えられないだろう12。実際の地震の前に起こるスロースリップの、信頼できる矛盾のない観測は困難なままだ。
もう1つの問題は、井出は大きな地震と小さな地震を比較しようとしているが、390対の地震の約60%はマグニチュードの差が1.5よりも小さく、これは一連の繰り返し地震で見られる変動に近い8。390対のうち、マグニチュード差が2を超えるのは約8分の1だけだ。
地震多発地域の住民は今のところ、地震早期警報システムに頼らなければならない。地震早期警報システムは、アジアでは以前から導入されていて、カリフォルニア州では数年前に導入された。地震警報システムは、震源に近い地震計を使ってマグニチュードを見積もり、この情報を、被害を与える速度の遅い地震波より先に住民に送る13。今回の井出の結果は、地震の始まりをより深く理解するための重要な一歩だ。その知見は、地震早期警報システムの速度と精度の改善につながる。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 12
DOI: 10.1038/ndigest.2019.191236
原文
Small and large earthquakes can have similar starts- Nature (2019-09-05) | DOI: 10.1038/d41586-019-02613-5
- Rachel E. Abercrombie
- Rachel E. Abercrombieは、ボストン大学(米国マサチューセッツ州)に所属。
参考文献
- Ide, S. Nature 573, 112–116 (2019).
- Ellsworth, W. L. & Beroza, G. C. Science 268, 851–855 (1995).
- Abercrombie, R. & Mori, J. Bull. Seism. Soc. Am. 84, 725–734 (1994).
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- Olson, E. L. & Allen, R. M. Nature 438, 212–215 (2005).
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- Uchida, N. & Bürgmann, R. Annu. Rev. Earth Planet. Sci. 47, 305–332 (2019).
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- Uchide, T. & Ide, S. J. Geophys. Res. Solid Earth 115, B11302 (2010).
- Noda, S. & Ellsworth, W. L. Geophys. Res. Lett. 43, 9053–9060 (2016).
- Kaneko, Y. et al. J. Geophys. Res. Solid Earth 121, 6071–6091 (2016).
- Allen, R. M. & Melgar, D. Annu. Rev. Earth Planet. Sci. 47, 361–388 (2019).
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