酵母のゲノムシャッフリングがもたらす多様な未来
国際イニシアチブ「酵母ゲノム合成プロジェクト」では、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の人工ゲノムの合成が進められており1、完成すれば、動物・植物や菌類を含む「真核生物」として最初の人工ゲノムとなる(2014年6月号 「酵母の染色体1本を人工合成することに成功」参照)。大規模に再設計されたこの出芽酵母の「バージョン2.0」ゲノム(Sc2.0)には、SCRaMbLE(Synthetic Chromosome Rearrangement and Modification by Lox-P mediated Evolution;LoxPを介した進化による合成染色体の再配列と操作)という系を構成するDNA塩基配列が組み込まれている。SCRaMbLE系を使えば、大規模なゲノム再配列をオンデマンドで引き起こすことができ、遺伝的な構成や特徴がさまざまに異なるSc2.0バリアントを得ることができる。そのためSc2.0は、望ましい特性を持つ酵母を作出するに当たり、酵母を容易に改変・進化させることのできる汎用的な基盤となる2。そしてこのほど、Sc2.0が酵母を操作・理解する上で計り知れない可能性を持つことを示した計7編の論文が、Nature Communications に掲載された3–9。
SCRaMbLE系の機能は、人工ゲノムSc2.0中の全ての非必須遺伝子の後ろに挿入された回文構造のDNA塩基配列「loxPsym」部位に支えられている。loxPsymは、その配列の中央部を切断するCreリコンビナーゼ酵素の存在下で互いに組換えを起こす。loxPsym切断端は、他のどのloxPsymの切断端ともつながることができるためだ。この過程によって、遺伝子に無作為な欠失、逆位、転座、重複が生じる。
最初に設計されたSCRaMbLE系10では、Creリコンビナーゼは、酵母の一生の間に1回しか作られない上に、エストラジオール分子に結合するタンパク質ドメインと融合されていた。Creリコンビナーゼは、酵母の増殖培地にエストラジオールを添加することで活性化され、これがゲノム再配列のオン・オフのスイッチとなっていた(図1)。しかし、エストラジオールを添加しない場合にも、Creリコンビナーゼによる「バックグラウンド」のゲノム再配列が起こることがあった。実際、そのバージョンのSCRaMbLE系も機能はしていたが11,12、今回の7編のうち4編は、この系の改良について示している。
Shenら3は、Creリコンビナーゼを、一生に1回だけではなく複数回産生させて再配列事象の回数を増やしつつ、バックグラウンドのCreリコンビナーゼ活性を低下させた。Jiaら4は、再配列の活性化にエストラジオール分子だけでなくガラクトース分子も必要とするSCRaMbLE改変系を開発し、この系でもバックグラウンドの再配列を低下させることができた。Hochreinら5は、Creリコンビナーゼを赤色光で活性化されるよう改変することで、SCRaMbLE系の新たな制御法を生み出した。そしてLuoら6は、人工酵母株にレポーターDNA塩基配列を導入し、SCRaMbLEでゲノム再配列が誘導された細胞だけを容易に識別可能にした。この4つの改良はいずれも、効果的で効率的なSCRaMbLE系の実行に役立つものだ。
SCRaMbLE系の重要な応用の1つは、工業的に価値のある特徴を持つ株の供給源となり得る、遺伝的に多様な変異酵母群を生み出すことだ。例えば酵母は、遺伝子を操作することで有用な化合物を生産できるようになる。Blountら7は、完全合成染色体を持つ酵母に抗生物質(ビオラセインやペニシリン)の生合成経路を付加し、これにSCRaMbLE系を適用することで、収量が倍増した株を得たことを明らかにしている。Blountらはまた、同様の酵母にキシロースという糖を炭素源として用いるための経路を付加し、SCRaMbLE系を適用することで、キシロースを効果的に使って増殖する酵母株も作製した。天然の酵母はキシロースをほとんど使わないが、キシロースはバイオマスに大量に含まれているため、工業用途で酵母に通常与える糖の代替物として魅力的である。そしてLuoらは、独自のSCRaMbLE改変系を用いて、エタノールや熱、酢酸など種々のストレス因子に強い酵母株をより早く分離できることを示した。
一方、Jiaらは、ゲノムを1コピーしか持たない半数体ではなく、2コピー持つ二倍体の酵母にSCRaMbLE系を適用することで、βカロテン分子の産生量を大幅に増加させられることを明らかにしている。同様にShenらも、二倍体酵母にSCRaMbLE系を適用し、雑種酵母(S. cerevisiae同士、あるいはS. cerevisiaeとS. paradoxusによる接合で作られた酵母)の耐熱性やカフェイン耐性を向上させた。どちらのグループでも、ゲノム再配列が観察された二倍体酵母では、必須遺伝子が1コピー欠失していた。改良された二倍体株にそうした再配列が存在するということは、SCRaMbLE系による有害な欠失に対して半数体よりも二倍体の方が強いことを示している。これによって、さらに多くの有益な再配列が可能になる。SCRaMbLE系が酵母を操作するための汎用的なツールと言うには時期尚早だが、今回得られたさまざまな知見3-7は、SCRaMbLE系により、広範な用途の酵母の作出が大きく進む可能性があることをはっきりと示している。
Wuら8は、SCRaMbLE系を細胞外へ取り出し、精製されたCreリコンビナーゼをin vitroで作用させることで、遺伝子配列の異なるβカロテン生合成経路を得た。これにより、元の経路と比較してβカロテン生成量を増加させる配列が複数見いだされた。対照的に、Liuら9は、複数のリコンビナーゼ酵素をin vitroで経路の最適化を行うのに用い、その後にSCRaMbLE系により酵母に導入する「SCRaMbLE-in」法を開発した。Liuらはまず、βカロテンとビオラセインを生成する複数経路を迅速に構築し、生産性の高い経路を突き止めた。次に、生産性に最も優れたいくつかの経路のDNA塩基配列の横にloxPsymをつなぎ、SCRaMbLE系を用いて、その経路を人工酵母ゲノムのloxPsym部位に無作為に組み込んだ。SCRaMbLE系は、これら複数経路のゲノムの再配列を同時に行うため、求める化合物の生成量が最適化された酵母が得られる。WuらとLiuらの2編の論文は、SCRaMbLE系の概念の汎用性、そしてその革新的な応用方法について示している。
では、Sc2.0が向かう先はどこなのだろうか。今のところ、Sc2.0の人工染色体は6本が完成しており13、コンソーシアムの科学者たちは残り10本の合成に注力している。今回の7編の論文では研究者たちが、新たに利用可能になった人工染色体を使った研究に熱心に取り組み、有用な酵母バリアントを作製する上でSCRaMbLE系が役立つことや、酵母の基本的な細胞過程および特性の理解を深められることが示された。組み立てが完了したSc2.0ゲノムにはloxPsym部位が数千個存在することになる。そのため、SCRaMbLE系で作製することのできるゲノム構造の数は無数である。つまり、どのような特性の組み合わせであれ、それを備えた酵母バリアントを作製できるようになるはずだ。
それでもなお、SCRaMbLE系はまだ実用には程遠い。さらなる改良が必要であるとともに、SCRaMbLE系に基づく技術の潜在能力を最大化させるツールが必要だ。例えば、SCRaMbLE系で改変した酵母のスクリーニングは、概して増殖速度や色(βカロテンとビオラセインはいずれも酵母細胞を着色する色素である)などの視覚的な手掛かりに頼ってきた。Luoらのレポーターは新たなスクリーニングツールとして有用だが、無色の化合物を大量に産生する酵母株を識別することのできるハイスループットな方法も必要である。遺伝子再配列がどのように起こっているかを評価する際には、全ゲノム塩基配列解読に大きく依存していることも重要な点だ。塩基配列解読技術の効率化と低コスト化が進めば、現在よりも多くの株の塩基配列を解読でき、ゲノムの変化を突き止めて調べることが可能になるだろう。Sc2.0コンソーシアムから得られた初期の成果は有望である上、コンソーシアムの研究者間に相乗効果も見られることから、SCRaMbLEが「酵母を操作するための主要なツール」として確立されることを強く期待している。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180831
原文
Synthetic yeast genome reveals its versatility- Nature (2018-05-31) | DOI: 10.1038/d41586-018-05164-3
- Jee Loon Foo & Matthew Wook Chang
- Jee Loon Foo & Matthew Wook Changは、シンガポール国立大学に所属。
参考文献
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