News

古代人類の混血第一世代を確認

ネアンデルタール人男性の頭蓋骨から復元された生前の顔。 デニーは、このようなネアンデルタール人の祖先から1組の染色体を受け継いでいた。 Credit: CHRISTOPHER RYNN/UNIV. DUNDEE

シベリアの洞窟で発見された約9万年前に死亡した人骨のゲノムが分析され、その個体は半分がネアンデルタール人でもう半分がデニソワ人であることが判明した。両親が別々の絶滅ヒト族に属する古代人類が確認されたのは、初めてのことである。この発見はNature 2018年9月6日号113ページで発表された1

フランシス・クリック研究所(英国ロンドン)の集団遺伝学者Pontus Skoglundは、「別々の古代人類の混血で生じた第一世代の発見は、本当に驚くべきことです。素晴らしい科学研究に少しの幸運が結び付いた結果です」と言う。マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプツィヒ)の古遺伝学者Viviane SlonとSvante Pääboが率いる研究チームはこのほど、ロシアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟で出土した1個の骨片についてゲノム分析を実施した。この洞窟で2008年に発見された指先の骨から抽出されたDNAの塩基配列がネアンデルタール人とも現生人類とも異なる別のヒト族のものであったことから、骨の持ち主は洞窟名にちなんで「デニソワ人」と名付けられた2(2010年4・5月合併号「 新種の人類発見か?」、2011年3月号「デニソワ人が語る人類祖先のクロニクル」参照)。アルタイ地方にはネアンデルタール人も進出していたことが分かっていて、中でもこの洞窟は、ネアンデルタール人も住んでいたことで知られていた(2016年10月号「忘れられた大陸」参照)。

また、古代人類と現生人類の遺伝的多様性のパターンから、デニソワ人とネアンデルタール人の間で混血が起こり、またホモ・サピエンスとも混血が起こっていたことは、科学者たちにはすでに知られていた(「もつれた系統樹」参照)。しかし、そうした混血で生じた第一世代はこれまで見つかっていなかったため、Pääboは同僚からデータを初めて見せられた時、疑問に感じたという。「何かの間違いだろうと思ったのです」とPääbo。この混血個体(彼らは親しみを込めて「デニー」と呼ぶ)が発見されるまで、三者の密接な関係を示す最良の証拠は、4~6世代以内にネアンデルタール人の祖先を持つホモ・サピエンスの標本のDNAだった3(2015年7月号「欧州最古の現生人類化石、4世代前にネアンデルタール人と混血か?」参照)。

もつれた系統樹
今から約9万年前にネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親の間に生まれた少女「デニー」のように、異なるグループの古代人類間の混血の例は多い。 Credit: SOURCE: M. KUHLWILM ET AL. NATURE 530, 429–433 (2016)/REF. 1

Pääboのチームがデニーの骨を見つけたのは数年前で、2000点以上の未分類の骨片の中からヒトのタンパク質の痕跡を探していた時のことだった。そして2016年の論文4で、骨から抽出したコラーゲンの放射性炭素年代測定法の結果、この標本が5万年以上前のヒト族の骨であることが分かったと発表した(5万年というのはこの手法で推定できる年代の上限である。Pääboによると、遺伝子流動の解析に基づく最新の結果から、この標本が約9万年前のものであることが判明した1という)。次にこの標本のミトコンドリアDNA(細胞のエネルギー変換器官の中にあるDNA)の塩基配列を決定し、他の古代人類の塩基配列と比較したところ、この標本のミトコンドリアDNAはネアンデルタール人に由来しているという結果が得られた。

しかしそれは全体像の半分にすぎない。ミトコンドリアDNAは母親からしか受け継がれないため、母系しかたどることができず、父親や、より広範な祖先については知ることができないからだ。

そこで研究チームは、標本の祖先をよりよく理解するために、ゲノムの塩基配列を決定し、DNAの多様性を他の3種のヒト族(デニソワ洞窟で見つかったネアンデルタール人とデニソワ人、およびアフリカ系の現代人)のDNAと比較した1。その結果、標本のDNA断片の約40%はネアンデルタール人のDNAと一致していて、もう40%はデニソワ人のDNAと一致することが分かった。研究者チームは性染色体の塩基配列も決定し、この骨片が女性のものであることも突き止めた。また、骨の厚みから、彼女が13歳以上であることが示唆された。

デニソワ人とネアンデルタール人のDNAを同じ量だけ持つことから、デニーは両ヒト族の親を1人ずつ持つように思われた。しかし、可能性はもう1つ残っていた。彼女の両親がデニソワ人とネアンデルタール人の混血集団に属していた可能性だ。

魅力的なゲノム

2つの可能性のうち、どちらがより真実に近いかを明らかにするため、研究者らはネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムの遺伝子に違いのある部位を調べた。それぞれの部位でデニーのDNA断片をネアンデルタール人およびデニソワ人のゲノムと比較したところ、40%以上の部位で、その一方がネアンデルタール人のものと、他方がデニソワ人のものと一致していた。これは、彼女が2本の染色体のうち1本をネアンデルタール人から、もう1本をデニソワ人から受け継いでいたことを示唆する。デニーが2つの別々のヒト族による混血の第一世代だったのは明らかだとPääboは言う。「混血の現場を押さえたようなものです」。

発掘現場であるデニソワ洞窟上空より見下ろした、アルタイ山脈の渓谷。 Credit: Bence Viola/Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology

今回ゲノムの塩基配列が 調べられた骨片。 Credit: THOMAS HIGHAM/UNIV. OXFORD

ワシントン大学(米国シアトル)の集団遺伝学者Kelley Harrisは、これらの分析結果は、この標本が本当に混血の第一世代であることを示す説得力ある証拠だと評価する。Skoglundも同じ意見だ。「実に明快な事例です。すぐに教科書に掲載されると思います」。

Harrisは、ネアンデルタール人とデニソワ人との性的な遭遇はごく一般的に起きていたのかもしれないと言う。「これまでに発見されている純粋なデニソワ人の骨は、片手で数えられる程度しかありません」と彼女は言う。それにもかかわらず混血個体が見つかったという事実は、デニーのような子孫が広く存在していた可能性を示唆する。ここからもう1つの興味深い問題が出てくる。ネアンデルタール人とデニソワ人の間で頻繁に混血が起こっていたとしたら、2つのヒト族集団はなぜ数十万年にわたって遺伝的に別々のまま存在していたのだろうか? Harrisは、ネアンデルタール人とデニソワ人の混血子孫は不妊などの理由で生物学的に問題があり、それが両者の融合を妨げていたのかもしれないと提案する。

ロンドン自然史博物館(英国)の古人類学者Chris Stringerは、ネアンデルタール人とデニソワ人の間の混血には、たとえコストがあったとしても、利点もあったかもしれないと言う。ネアンデルタール人もデニソワ人も現生人類ほど遺伝的多様性がなかったため、混血は、ゲノムに外部からの遺伝的多様性を「補充」するのに役立っていた可能性があると彼は言う。

ネアンデルタール人とデニソワ人が出会えば容易に混血が起こっただろうという点にはPääboも同意する。けれども彼は、そうした出会いは稀だったと考えている。ネアンデルタール人の化石のほとんどがユーラシア大陸西部で発見されているのに対し、デニソワ人の化石はこれまでのところ、その名の由来になったシベリアの洞窟でしか見つかっていないからだ。両ヒト族の縄張りはアルタイ山脈や恐らく他の地域でも重なっていたが、両者ともこうした地域にはまばらにしか生息していなかったようだ。

ネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親を持つこの標本は、なんと呼ぶべきなのだろう? Pääboは、「『hybrid(混血、異種交配)』という言葉を使うことには少々ためらいがあります」と言う。この言葉は、両ヒト族が別々の種の人類であることを含意しているが、今回の研究が示すように、実際にはその境界は曖昧であるからだ。自然界では、種は必ずしも明確に定義することはできず、生物の分類法を巡る長年にわたる論争が、ここに来てヒトにも当てはまるようになってきたのは興味深いとHarrisは言う。

科学者がデニーをなんと呼ぶことになるにせよ、Skoglundは、彼女に会ってみたかったと言う。「これまでにゲノム塩基配列が調べられたヒトの中で最も魅力的なのは、恐らく彼女でしょう」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181107

原文

Mum’s a Neanderthal, Dad’s a Denisovan: First discovery of an ancient-human hybrid
  • Nature (2018-08-22) | DOI: 10.1038/d41586-018-06004-0
  • Matthew Warren

参考文献

  1. Slon, V. et al. Nature 561, 113–116 (2018).
  2. Krause, J. et al. Nature 464, 894–897 (2010).
  3. Fu, Q. et al. Nature 524, 216–219 (2015).
  4. Brown, S. et al. Sci. Rep. 6, 23559 (2016).