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マウス尾から卵を作る培養系確立

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170110

原文:Nature (2016-10-20) | doi: 10.1038/nature.2016.20817 | Mouse eggs made from skin cells in a dish

David Cyranoski

この画期的な技術を用いれば、人工的にヒトの卵を作製できる可能性があり、今後を見据えた議論が必要である。

これらの11カ月齢のマウスは、完全に体外で作り出された卵から生まれた。 | 拡大する

K.Hayashi, Kyushu Univ.

マウス尾の繊維芽細胞由来のiPS細胞から培養皿上で卵を作製し、その卵を用いて繁殖能力のある仔を誕生させたことを、九州大学(福岡県)の生殖生物学者、林克彦が率いる研究チームがNature 2016年11月10日号に発表した1。これは生殖生物学の素晴らしい成果であり、マウスの卵子をiPS細胞から完全に体外で作製した初めての報告である。この過程がヒトでも実行可能なら、卵母細胞を卵巣に移植しなくとも、受精可能な卵を人工的に作製できるかもしれない。

林と、京都大学に所属する幹細胞生物学者の斎藤通紀は2012年に、繊維芽細胞から卵を作製する技術を開発した2Nature ダイジェスト 2013年11月号「繊維芽細胞から卵を作り出した科学者たち」参照)。この手法では、繊維芽細胞をまず胚に似た状態の幹細胞(iPS細胞)に再プログラム化し、それを始原生殖細胞(PGC)様の細胞に分化させる。PGCは通常、胚発生の過程で出現し、後に配偶子である精子あるいは卵になるため、この手法でPGCから卵を得るためには、PGCを生きたマウスの卵巣に移植しなければならなかった。

2016年7月には、東京農業大学の尾畑やよいが率いる研究チームが、生きた哺乳類の組織に移植せずに、マウスの胎仔由来のPGCから卵母細胞(卵子)を作製したことを報告した3。今回、林らは、尾畑とともに、培養皿上で繊維芽細胞からiPS細胞を経て機能的な卵を作製することに成功し、雌性生殖系列サイクルをin vitroで完全に再構築した。さらに体外受精(IVF)技術を用いて、26匹の健康な仔マウスを得ることができた(これには胚性幹細胞由来の仔マウスと再プログラム化された繊維芽細胞由来の仔マウスが含まれている)。林は、これらのマウスからさらに次の世代のマウスが誕生していると話す。

「この成果には本当に驚きました。培養皿上で、何度も繰り返し安定して機能的なマウス卵母細胞を作り出すことができること、つまり、どの段階も宿主動物内で行う必要がなく、『ブラックボックス』なしで全過程を見られることが最も素晴らしいです」と、ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホヴォト)の幹細胞生物学者Jacob Hannaは言う。

また、ニューヨーク幹細胞財団研究所の幹細胞生物学者Dieter Egliは「この研究の一部は、2012年時点ですでに達成されていました。そして今回は、完全に体外で行うことができるようになったのです。このように仔マウスが得られたのは印象深いです」と言う。

林によれば、培養皿上での卵の作製は、技術的な難度は高いが手順は安定しており、研究室内の別のグループでも再現できたという。今回発表したプロトコルでは、PGCを生きたマウスに移植する必要はないが、実際には、卵を成長させるためには卵巣に似た環境でサポートすることが必要で、培養系には他のマウス胎仔の卵巣から採取した細胞を加えなければならなかった。林は現在、これらの細胞の代わりになる人工的な試薬を作り出すことに取り組んでいる。

2016年2月には中国の研究チームが、培養皿上でマウスの精細胞の作製に成功したことを報告した4。培養皿上での卵作製はそれに続くものである。精細胞は、精子とは形態が異なり運動能がないが、著者たちはその細胞を使って子孫マウスを作り出したと述べている。

マウスからヒトまで

胚性幹細胞から作り出されたマウスの人工卵母細胞。iPS細胞でも成功している。 | 拡大する

K.Hayashi, Kyushu Univ.

林は、「この研究により、卵を体外で作り出せるようになりました。卵の発生過程の解明に役立つでしょう」と言う。彼は研究室で機能的なヒト卵を作り出すつもりはない。日本の指針では、研究目的であっても、操作されたヒト生殖細胞の受精は禁止されている。しかし彼は、他の人が試みるだろうと考えている。一方Hannaは、ヒト卵子を作り出そうと考えている。「培養皿上でヒトの卵を作り出すことが、マウスの卵作製に比べてはるかに複雑だと証明されるとは思いません」と彼は言う。

Hannaは、林たちがマウスで人工PGC作製を報告したちょうど2年後の2014年に、ヒトの人工PGC作製を最初に報告している5。Hannaは、倫理上の理由から、このヒトPGCをヒトに移植して精子や卵に成熟させることはしなかった。しかし、培養皿上でヒトPGCを成熟させられる可能性は魅力的である。Hannaの研究室では、今回の林の論文で報告されたのと同様の実験をすでに行っているという。課題の1つは、PGCの分化に必要な、発生過程の胚の卵巣(あるいは精子の場合は精巣)細胞の代用品を得ることだと考えられる。しかしHannaは、ブタかサル由来の同様の細胞で代替できるかもしれないと期待している。

「林のこのプロトコルがヒト細胞でも使えるなら、原理的には、男性の皮膚などの繊維芽細胞から卵が作り出される可能性があります」とHannaは言う。そして彼は、LGBTの権利を促進する活動家として、この選択肢を「適切な時が来れば、検討することは合法的です」と付け加える。しかし、林はまだ、雄マウスの繊維芽細胞を使って卵を作製してはいない。

林は、10年以内に「卵母細胞様」のヒト卵が作り出される可能性があると考えているが、不妊治療に十分な品質を備えているかどうかは分からないと考えている。また、今回の研究で、この人工マウス卵は低品質の場合が多いことも示されたので、林は「まだ予備実験の入り口の段階です。臨床で人工卵母細胞を使用することはできません」と注意を促している。彼は、品質の良くない卵から遺伝学的に異常な胚が作り出され、さらに異常な子孫が生まれることを心配している。今回の研究では、人工卵から作製された初期胚から仔になったのはわずか3.5%であった。それに対し、マウスの体内で成熟させた卵ではその割合は60%であった。

「このような技術の倫理に関する議論は今すぐ始めるべきです」と、この分野の先駆者であるケンブリッジ大学(英国)のAzim Suraniは言う。「ヒトで可能になるときに備え、より多くの人に議論に参加してもらう必要があります。ヒトでの実現はまだ先のことであっても、林らの成果は議論を始めるにはよい機会です」。

(翻訳:三谷祐貴子)

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参考文献

  1. Hikabe, O. et al. Nature 539, 299–303 (2016).
  2. Hayashi, K. et al. Science 338, 971–975 (2012).
  3. Morohaku, K. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 113, 9021–9026 (2016).
  4. Zhou, Q. et al. Cell Stem Cell 18, 330–340 (2016).
  5. Irie, N. et al. Cell 160, 253–268 (2015).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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