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バイオベンチャー起業家を養成するブートキャンプ

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150620

原文:Nature (2015-03-26) | doi: 10.1038/519402a | Biotech Boot Camp

Heidi Ledford

米国の研究助成機関は、バイオベンチャーを起業するための助成金を受けた科学者を成功に導くために、シリコンバレーの起業家が主催するプログラムを受講させている。

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ILLUSTRATION BY SPENCER WILSON

バイオベンチャー企業ギガジェン社(GigaGen;米国カリフォルニア州サンフランシスコ)の最高経営責任者であるDavid Johnsonがプレゼンを始めてから1分ほどたったところで、最初の邪魔が入った。セミナーホールの後ろの方にいた眼鏡をかけた男が、「俺の知ったことじゃない!」と怒鳴ったのだ。

Johnsonは、驚きのあまり目をぱちぱちさせた。彼は、起業したばかりの科学者に9週間でビジネススキルをたたき込むI-Corpsというプログラムの受講生だ。プログラムの一環で、自分の会社を紹介する10分間のプレゼンを準備してきていたが、早々に脱線させられてしまった。

Johnsonは最初、何について「知ったことじゃない」と言われたのか、理解できなかった。免疫機能が低下した人々のために自分たちが開発しようとしている治療法のことだろうか?

「違う。あんただ。どうして俺があんたに興味を持たなきゃならないんだ?」と男は言った。

2014年10月に米国メリーランド州チェビーチェイスで開かれたI-Corpsのキックオフ・ミーティングで手荒に扱われたのは、Johnsonだけではない。痛みに対処する新しい治療法の必要性を説明することに時間を割き過ぎてしまったチームに対して、I-Corpsの創設者であるSteve Blankは、「これから10週間、痛みについてくどくど話すつもりなら、あんたが痛い目にあうぞ」と言い放った。

Blankはその後、もう一度怒鳴った。相手は、別の企業の社長だ。自分のチームのビジネス戦略を明確にしてこなかったことに対して、「お前のプレゼンが他のやつらと違っていることに気付いているか? いい方向に違っているんじゃないぞ」と毒づいたのだ。

このような荒っぽい扱いはI-Corpsの教育法の1つである。I-CorpsはITベンチャー企業のためのブートキャンプだが、現在は、米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)による実験の一環としてバイオベンチャー企業も受け入れている。Blankはインストラクターに、受講者を激しく揺さぶって変化を受け入れやすくするように、と指示している。「キックオフ・ミーティングで受講者を威圧するのは、彼らをいたずらに困らせたり、嫌な思いをさせたりするためではありません。彼らは皆、『自分がこう考えるのだから正しいはずだ』という思い込みを持ってここに来ているので、この思い込みを捨てさせる必要があるのです」と彼は言う。

政府から資金提供を受けている研究にBlankのアプローチを適用できるかどうか試すように働きかけたのは、Dan Lipinski下院議員(民主党、イリノイ州選出)だ。Lipinskiは、「彼らは優秀な研究者で、ビジネスとして成功しそうな素晴らしいアイディアを持っていると思っています。けれども、顧客になり得る人々と直接話をしてみないと、実際のところは分からないのです」と話す。創薬という特殊な分野に、I-Corpsのアプローチとその裏付けとなる理論を適用できるのか、答えが出るのは何年も先のことになるだろう。けれども、2014年12月に最初のクラスが終わった時点で、受講した19のチームの多くが予想外の収穫を得ていた。いくつかの企業は思い切って方向転換するように助言され、中には、科学としては有望そうでも需要がなさそうな商品は開発を断念し、もっと市場を意識したものを開発するよう助言された企業もあった。

科学だけでは足りない

61歳のBlankは、カリフォルニア州シリコンバレーの矛盾を体現するような人物だ。一見、からりとした陽気な人物のように見えるが、その下にある現実的な効率主義が時折顔をのぞかせる。彼はしばしば彼自身の失敗談をネタにした愉快な逸話を聞かせてくれるが、キックオフ・ミーティングのほとんど全てのセッションが予定の時間より早く終わる。

Blankは大学を中退した後、米国空軍の戦闘機を修理する仕事に数年間従事してから、1978年にシリコンバレーにたどり着いた。ハイテクブーム前夜のカリフォルニアは、ガジェット好きの彼にはおあつらえの場所だった。彼はそこで8つのハイテク企業に関わったが、全てが成功したわけではなく、2つは「惨憺たる結果に終わった」という。1999年になると、引退してカリフォルニア州ペスカデロで牧場暮らしを始めた。突然暇になった彼は、自分の成功と失敗について、じっくり検証する時間を持つことができた(彼は失敗と内省の重要性について、Nature 2011年9月8日号133ページで語っている)。

このときの内省がきっかけとなり、Blankはハイテク起業家の育成カリキュラムを考案した。受講生に教えるのは、技術以外の要素にも目を向けるということと、営利化の詳細についてより早い段階でより深く考えるということだ。具体的には、どんな人が顧客になり、何を必要とし、どれだけの対価を支払うつもりがあるかを考えられるように訓練する。フェイエットビル州立大学(米国ノースカロライナ州)で起業について研究しているSteven Phelanによると、Blankのアプローチはみるみるうちにハイテク業界に広まったという。

このアプローチは、ビジネスの展開の仕方に好ましい変化をもたらした。だが、欠点を指摘する人々もいる。顧客の声を聞き過ぎると、革命的な進歩が起こらず、漸進的なものにとどまってしまうのだ、とPhelanは言う。「人は、どんなものが欲しいか尋ねられても、自分になじみのあることしか答えられないからです」(これに対してBlankは、顧客調査をうまくデザインすることでこの問題を回避できると反論している)。

工学者出身で、米国下院科学宇宙技術委員会のメンバーであるLipinskiは、数年前、Blankがスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)で行っていた授業をたまたま見て、このプログラムの新しい利用法を思いついた。「研究者が起業の訓練を受けていないことに、このとき初めて気付いたのです。これだ!と思いました」と彼は当時を振り返る。

Lipinskiは以前から、米国中小企業技術改革研究プログラム(Small Business Innovation Research;SBIR)から助成金を受けている研究の質を問題視していた。この助成金は、基礎研究の成果を商品化へと発展させる取り組みを刺激することを目的としているが、実効性への疑問を投げ掛ける声が絶えない。Natureが2013年に行った分析でも、助成金の受取額が多い研究者が本気でビジネス化を目指しているケースはほとんどないことが明らかになっている(Nature 2013年7月11日号137〜138ページ参照)。「正直なところ、ビジネスを展開するためではなく研究を続けるためにSBIRが利用されているのではないか、と感じることもあります」とLipinskiは言う。

LipinskiはBlankの授業に、SBIRから助成金を受けている研究者を優れた起業家に育て上げる方法を見たと確信した。彼はNIHと米国立科学財団(NSF;バージニア州アーリントン)に、このプログラムを採用するよう働きかけた。NSFが先にこれを採用し、「Innovation Corps(イノベーション部隊)」を略した「I-Corps」と命名して、会社を立ち上げようとしている科学者に受講させた(Nature 2011年12月1日号15ページ参照)。2011年から今日までに約500チームがプログラムを受講した。個人的な気付きによって成功を図れるならば、プログラムは大成功を収めたと言ってよい。ほとんど全てのチームが当初のビジネス戦略を変更し、そのうちの半数以上が実際に起業することができたのだ。

NIHは2014年からI-Corpsを採用し、米国立がん研究所(NCI;メリーランド州ベセスダ)が実験台になった。Blankは当初、自分のアプローチはあらゆる産業に使えるが、例外が1つだけあると言っていた。「生命科学ではうまくいかないと思っていたのです。第Ⅰ相の臨床試験にこぎつけるまでに10年〜15年もかかるのですから、大切なのは科学の要素だけで、ビジネス戦略など関係ないと思っていたのです」。

けれども2013年に、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF;米国)の技術移転部長の話を聞いたBlankは、生命科学は本当に例外なのだろうかと考えるようになった。彼は、受講生に教えていることを自らやってみた。外に出て、生物医学産業界のリーダーたちの話を聞いてきたのだ。

そして彼は、創薬ビジネスに関する自分の理解が時代遅れのものだったことを知った。Blankがイメージしていたのは1990年代の創薬だった。当時は、大企業の社内の科学者が研究の大半を担っていて、大企業が中小企業と提携することはほとんどなかった。このモデルだと、中小バイオ企業はあと少しで商品を市場に出せるところまでこぎつけないと、顧客を獲得できないことになる。

けれどもその後、創薬産業は大きく様変わりした。大企業は社内での研究を減らして、早い段階から中小企業と提携するようになっている。つまり、中小製薬会社にとっての最初の顧客は大手製薬会社なのだ。Blankは、I-Corpsのアプローチが起業を考える生物医学研究者にも役立つ可能性があることに気付くと同時に、バイオベンチャーとITベンチャーには重要な違いがあることにも気付いた。

第1に、生物医学関連会社は、商品が市場に出る前から、はるかに厳格な規制の下で商品開発を行っている。第2に、ヘルスケア関連会社では知的財産権の重要性が高くなる。その会社がどのような特許を申請していて、どのような特許の使用を許可されているかが、ビジネスの方向性に非常に大きな影響を及ぼすのだ。第3の問題は、おそらく最も見落とされていることだが、支払いのシステムが複雑なのだ。米国では、サービスや治療に対する支払いが間接的で複雑である場合が多く、請求書コードや仲介者が入り乱れた迷宮のようなシステムになっている。こうした事項を理解すること、すなわち、処置や治療の費用がどのような手続きで請求され、保険会社が保険金の支払い請求をどのように処理するかを理解することは、魅力的な科学ではないが、極めて重要なのである。「おばあちゃんの人工股関節手術の費用を支払うのは、本人だけではないのです」とBlankは言う。「払い戻しの仕組みを理解していないバイオ起業家なんて、話になりません」。

面談

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ILLUSTRATION BY SPENCER WILSON

2014年10月に行われた3日間のキックオフ・ミーティングでは、インストラクターたちが受講者を徹底的にやり込めることで、Blankのこのメッセージを叩き込んだ。毎日午前中は、各チームによる10分間のプレゼン(と、そのやり直し)に費やされた。午後になると、受講者たちはそれぞれの関連分野の専門家との面談に出かけていき、ワークショップでその成果を報告した。夜は夜で、読書会、宿題、翌日のプレゼンと面談の準備など、やることが山ほどあった。

ここで最も重要になるのが面談だ(「ベンチャーの落とし穴」参照)。受講者は、科学者、製薬会社の代表、規制当局、医師、医療費請求の専門家など、自社の商品を患者に届け、対価を受け取るまでの過程に関与する全ての専門家の話を聞いてこなければならない。このプロセスには時間がかかるが、Blankは、面談相手との間に信頼関係を築き、相手の感情をより正確に測るためには、顔を合わせて話をしなければだめだと指導している。相手の都合で直接会うことができないなら、ビデオ会議をしなければならない。あるチームが「一部の面談は電話で行った」と口をすべらせると、Blankの顔は怒りのあまり真っ赤になった。彼は「インチキ野郎」と悪態をつき、プログラム参加をやめるように言った(このチームはやめずに残った)。

I-Corpsの戦略を喜んで受け入れたチームもあった。ある朝、アスクレピクス・セラピューティクス社(AsclepiX Therapeutics;米国メリーランド州ボルティモア)の研究員Eric Bresslerは、病院を訪問して管理スタッフの間を回り、治療費の請求と払い戻しの方法について聞いてきたと報告した。いろいろな人をつかまえて質問しているうちに、警備部門から許可を得た取材でないことに気付いた病院関係者が通報し、警備員がやってきて外に連れ出されてしまったという。チームの大胆さに感心したBlankは、「大成功を収めるか、逮捕歴が付くか、あるいはその両方だ」と評した(けれども彼の賞賛は長続きしなかった。数分後には、「プレゼンのほとんどを与太話でごまかしやがって!」とBresslerを叱責していた)。

面談のおかげで、それまで見えていなかった事実が見えたと言うチームもあった。BCNバイオサイエンシズ社(米国カリフォルニア州パサデナ)は、がん治療のために照射される放射線から正常な組織を保護するための薬物を10年近く前から開発している。このチームが面談で最初に学んだことの1つは、新しい技術により放射線照射の精度が向上したため、医師たちは健康な組織を保護する必要性をあまり感じなくなっているという事実だった。BCNの研究責任者であるAndrew Norrisにとって、目からウロコが落ちた瞬間だった。「誰も欲しがらないものを売ろうとするなど、愚の骨頂です」。

Blankがチェビーチェイスでの最初の数日間の学習により最も進歩したと感じた受講生は、偽造医薬品を見つけ出す方法を開発しているアブレオス・バイオサイエンシズ社(米国カリフォルニア州サンディエゴ)のチームだった。彼らが初日に行ったプレゼンの「治療用モノクローナル抗体の品質保証のためのラテラルフロー免疫測定法」というタイトルはインストラクターに嘲笑され、「これ以上に分かりにくい言葉にすることができますか?」と皮肉を言われた。

彼らの3日目のプレゼンでは、専門用語は市場に合わせた言葉に置き換えられていて、タイトルも「生物学的製剤の簡易臨床検査」に変わっていた。アブレオス社の共同設立者Bradley Messmerは、自社製品を「妊娠検査薬のように、あなたが飲んでいる薬が本物かどうか一目で分かる」と例えて、うまく説明できるようになっていた。

Blankは、このチームが投資家と話をするコツを身に付けたことを喜んだ。「営利化を目指すなら、自分の母親にも要点が分かるように説明できなければなりません。それだけで、5000万ドルの価値が付くかもしれないのです」。

転換点

キックオフ・ミーティングが終わると、各チームは地元に帰って課題に取り組む。これから9週間、最低100回は専門家と面談するのだ。一部のチームは、すでにビジネス戦略の大幅な転換を考え始めていた。

ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)のバイオ工学者によって設立されたアスクレピクス社は、短鎖アミノ酸からなる新薬と、この薬物をがん細胞に送達するためのナノ粒子という、2つの画期的なアプローチを融合させてがんを治療する手法を開発している。彼らはすでに頭部と頸部の腫瘍について非常に良い前臨床データを得ていて、この薬物の開発を進めたがっていた。

ところが、彼らが最初に話を聞きに行った相手は皆、「目標を変えた方がよい」と言った。頭部と頸部のがんは不均一過ぎるし、すでにいくつかの治療法があるので、膠芽腫の治療薬を目指すべきだというのである。膠芽腫は、悪性度が非常に高く、ほとんど治療法がない脳腫瘍だ。アスクレピクス社が開発している薬物は腫瘍に栄養を与える血管を標的としており、同様の作用を持つ薬物が膠芽腫に対し有効であることがこれまでに示されている。さらに、膠芽腫の治療薬には米国や欧州の迅速承認プログラムが適用される可能性があり、臨床試験は小規模で済む上、他の治療法との競争も少ないだろうと、一部の専門家は教えてくれた。アスクレピクス社のスタッフは早速、膠芽腫に関する最新情報を収集し始め、神経腫瘍医との面談を計画した。

そんな中、血流中の薬物を保護して薬物の正確な送達を可能にするナノ粒子についても、問題が浮上してきた。アスクレピクス社のチームは、I-Corpsでのミーティングの段階から、内情に通じた人々がナノテクノロジーに対して冷淡であることに気付かされた。ベンチャー資本家で、このプログラムのインストラクターであるKarl Handelsmanは、彼らのプレゼンの途中で野次を飛ばした。「ナノテクでいちばん小さいのは、市場だぞ!」。

アスクレピクス社のチームは面談をこなすうちに、ナノテクという言葉が顧客から嫌われることを知った。未知数の部分が大きすぎるのだ。同社の最高経営責任者Jordan Greenは、「論文のタイトルに『ナノ』という言葉を使えば、学者仲間の注目を集められます。けれどもビジネスの世界では、この言葉はプラスどころかマイナスに作用するのです」。

毒性への懸念や、米国食品医薬品局(FDA)がナノ粒子送達システムをどのように評価するかという問題もあった。製造の際のバッチごとの品質のばらつきを心配する声も多かった。

アスクレピクス社は若く柔軟性のある会社だ。フルタイムの社員はまだ3人しかいないし、今は、銀食器工場を改装して作った新しい実験室に必要な基本的な備品を注文しているところである。彼らは、面談で指摘された懸念に応えて、ナノ粒子を使わずにペプチド薬を投与する初期の動物実験の再評価を行った。主任科学者のAleksander Popelによると、有望そうな結果が出たという。またGreenは、バッチごとの品質のばらつきへの懸念を取り除くため、商品を連続的に製造する方法を開発しているという。

9週間にわたるI-Corpsのプログラムが終わる頃には、他のチームも戦略を変更していた。12月の最終ミーティングのために受講者たちが再び集まったとき、アフィニティー・セラピューティクス社(Affinity Therapeutics;米国オハイオ州クリーブランド)は、82回目の面談により、自社製品に致命的な欠陥があることが判明したと報告した。彼らが作っているのは、透析患者の血液の出入り口となる血管の閉塞を修復し、血流を保つための埋め込み型デバイスだ。既存の商品には、デバイス内に平滑筋細胞が成長してきて内径が徐々に小さくなって再び閉塞してしまうという欠点があるが、アフィニティー社のデバイスは、筋細胞がデバイス内に成長してこないように設計された薬物放出ポリマーでコーティングされている。ところが、82番目に話を聞きに行った医師から、「これはうまくいかないでしょう」と指摘されてしまった。筋細胞は、デバイスの吻合部の下流にある患者自身の血管内にも成長してくるからである。

その後、116番目に話を聞きに行ったアラバマ大学バーミングハム校(米国)のTimmy Leeから、コーティングの位置を変えて問題を解決する方法を教えてもらえた。規制や医療費の請求についても学んだ。I-Corpsに参加する前、アフィニティー社は2つの可能性を検討していた。コーティングしたデバイスを販売するか、他社が販売するデバイスに追加するコーティングを販売するかだ。情報収集の結果、前者の場合、FDAの2つの別々のセンターから承認を受ける必要があることが分かった。後者の場合は、1つのセンターから承認を受ければよいらしいが、病院用の請求書コードを新たに作る必要がある。このプロセスには何年もの時間が必要である上、数百万ドルもの費用が掛かる。こうした事情を勘案して、彼らはコーティングしたデバイスに集中することに決めた。

放射線照射によるダメージから正常な組織を保護するための薬物を開発しているBCN社は、この薬物の新しい用途のヒントを得ることができた。彼らが話を聞きに行った医師の多くが、この薬で肺の中に硬化組織が形成されるのを防ぐことができるなら、同じように肺を硬化させる特発性肺線維症という予後不良な疾患にも有効かもしれないと指摘したのだ。

チームは当初、筋違いのコメントとして取り合わなかったが、あまりにも頻繁に指摘されたので無視できなくなった。皮膚科医からは、加齢による皮膚の硬化を防ぐ効果もあるのではないかという指摘もあった。BCN社は今後、こうした領域にも目を向けていくことを考えているという。

最終ミーティングでは、面談の数をこなすことへのプレッシャーと大量の課題から解放されたチームの多くが、I-Corpsへの感謝を語った。心臓専門医で、ベンチャー企業をいくつも立ち上げた起業家でもあるMark Batesは、Blankに向かっておどけてみせた。「私はこれまで、技術的に魅力的でもビジネスにならないプロジェクトのために、数百万ドルもの金をドブに捨ててきました。もっと早くにあなたに会えていたらこんな損はしなかったのにと思うと、正直、腹が立ちます。20年前、あなたはどこにいたのですか?」。

Blankは、「その頃は、他のやつらを怒らせていたね。自分の会社をつぶして3500万ドル(当時レートで約37億円)をドブに捨てていたよ」と答えた。

NIHは、I-Corpsへの投資に見合う成果が出るか、受講者の今後に注目している。NCIのSBIRプログラムを率いるMichael Weingartenは、今後5年間、受講チームが大きな製薬会社や医療機器会社の何社と提携できるか、他の投資家から資金提供を受けられるかなどを追跡する予定だと言う。彼は2014年10月には、「プログラムを受講させる企業の数を増やす前に、このプログラムの有効性をNIHの幹部に示さなければなりません」と語っていた。I-Corpsがどの程度ためになったか確認するための調査がプログラムの前後に行われているが、受講者の82%が、他の研究者にもI-Corpsを勧めたいと思っているという結果が出ている。Weingartenは、NCIがこのプログラムを続けるかどうか、2カ月以内に決まるだろうと考えている。

その間にも、Blankのメソッドは広がり続けるだろう。2014年10月末には、米国エネルギー省がI-Corpsに似たプロジェクトの立ち上げを発表した。Lipinskiによると、米国防総省も似た仕組みを考えているという。Blankの元には複数の大学の技術移転部門から、学者による起業を支援するために彼のメソッドをどう用いるべきか、意見を求める問い合わせが来ているという。その1つであるロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)では、合成生物学のベンチャー企業のために同様のプログラムを採用している。

NIHのプログラムを受講したチームの多くが、I-Corpsの有用性を検証するためのデータは十分に持っていると言う。GigaGen社のJohnsonのチームは、256人の専門家から話を聞いているが、そのうちの93人にはI-Corpsが終わってから話を聞きに行った。2週間前からは、さらなる投資を求めてベンチャー資本家に自社の売り込みをしている。ベンチャー資本家は不機嫌になることもあるが、そういう態度をとられることへの覚悟はできていると彼は言う。「彼らは相手を質問攻めにして、答えられなくなるまで追い詰めるのです。けれども私は、今のところどんな質問をされても全て答えられています」。

ベンチャーの落とし穴

I-Corpsのインストラクターは、プログラムを受講する科学者がベンチャーによくある失敗をしないで済むように、起業家精神を叩き込む。

1. 入れ込みすぎない。

I-Corpsのモットーは「失敗するなら早めに」だ。1つのアイディアを後生大事に持ち続けずに、とりあえず試してみて、だめだったら次に行くのだ。

2. 実験室に閉じこもらない。

ビジネスの世界では、商品のライフサイクルの各段階で、意思決定を行うキーパーソンと面談する必要がある。I-Corpsは、市場と顧客を理解するため、最低100回はこうした人々の話を聞きに行くことを義務付けている。

3. 面談の際に売り込みをしない。

情報収集のための面談の際に自社のアイディアを売り込もうとすると裏目に出ることが多い。会話にバイアスがかかり、面談の価値が下がるからだ。

4. 誰が費用を負担するのか、常に意識する。

医療費の払い戻しの手続きは煩雑で、商品や疾患ごとに大きく異なる。バイオベンチャーの起業を考える者がこの重要性を見落とすと、大変なことになる。

5. 的外れなデータを追いかけない。

製薬会社と提携するために必要なデータは、論文を受理されるために必要なデータとは違う(企業はしばしば、別の研究室や別の基礎資料でも同じ結果になるかどうかを知りたがる)。

(翻訳:三枝小夜子)

Heidi Ledfordは、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ在住のライター。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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