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顧みられない熱帯病の治療薬を開発した3氏に医学生理学賞

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151209

原文:Nature (2015-10-08) | doi: 10.1038/nature.2015.18507 | China celebrates first Nobel

Ewen Callaway & David Cyranoski

寄生虫感染症の治療薬を発見した業績で、3人が共同受賞した。中国人研究者の受賞は初。

2015年のノーベル医学生理学賞を共同受賞した大村智、Youyou Tu、William C. Campbell。 | 拡大する

L TO R: The Asahi Shimbun via Getty Images; Getty Images

2015年10月5日、ノーベル医学生理学賞の受賞者が発表された。中国国内で研究活動を行う中国人研究者が自然科学分野のノーベル賞を受賞するのは初めてのことだ。

受賞者である薬理学者Youyou Tu(屠呦呦)は、1960年代後半~1970年代に北京の研究チームを率いて、重要なマラリア治療薬アルテミシニンを発見した業績が評価された。また、ドリュー大学(米国ニュージャージー州マディソン)のWilliam C. Campbellと北里大学の大村智の2人の微生物学者も、寄生性の線虫による感染症の治療薬を同じく1970年代に開発した業績でTuと共同受賞となった。

「中国にとって、間違いなく素晴らしいニュースです。今後も受賞者が続くことを期待します」と、中国の主要な研究資金提供機関である国家自然科学基金委員会の主任Wei Yang(杨卫)は話す。清華大学(中国・北京)のイノベーション研究専門家Lan Xue(薛谰)は、この受賞に関するメッセージを山のように受け取ったという。「国民はお祝い気分でしょうが、冷静に見る目も持ってほしいですね。この受賞から得るべき教訓はたくさんあるからです」とXueは話す。

Xueによれば、現在の中国の若手科学者は、海外に行って優れた研究を行い、国際的に認知された学術雑誌に多数の論文を掲載するようにと言われているのだという。しかし、Tuは国外で研究をしたことが一度もなく、一流どころといわれる学術雑誌に論文が掲載されたこともない。「Tuは、現在のこうした海外志向からかけ離れたところにいましたが、研究の独創性が評価されて受賞しました。今回のノーベル賞受賞が中国の科学者にもたらした教訓として言えるのは、海外での研究がより良い選択肢だとは限らないということでしょう」とXue。

画期的なマラリア治療薬

受賞対象となったTuの研究は中国医学科学院(北京)で行われたもので、マラリアの新規治療法の発見に向け、国の主導で1967年に始まった。当時、マラリアの主な治療薬はクロロキンやそれ以前からあったキニーネだったが、耐性が生じて効かなくなってきていた。Tuのチームは、抗マラリア活性を持つ薬剤を探して、中国に古くから伝わる薬草の処方2000種類以上をスクリーニングした。その結果、ヨモギ属のクソニンジン(Artemisia annua)の抽出物が特に有効であることを突き止めた。さらにTuらは、1972年までに、化学的に純粋なアルテミシニンの単離に成功した。

「今回の受賞は本当に喜ばしいことです。彼女はこの賞にふさわしい人ですよ」と、アルテミシニン発見の経緯を調べている北京大学(中国)の神経科学者Yi Rao(饶毅)は話す。ただし、この発見の功績をめぐっては少々議論があり、そのためTuは本国で大きな賞を一度ももらったことがないのだとRaoは言う。Tuは、国の最高研究機関である中国科学院と中国工程院のどちらの院士にもまだ選ばれたことがないのだ。

アベルメクチン類の細菌(Streptomyces avermectinius)は、イベルメクチンを産生することが確認されている唯一の生物である。 | 拡大する

Nature Reviews Microbiology 2, 984-989 (2004)

「研究には確かに他の人々も関わっていましたが、Tuは間違いなく、誰もが認めるリーダーでした。しかし、彼女が国内で正当に認められることはありませんでした」とRao。

アルテミシニンは「おそらく何百万人もの命を救っている」が、Campbellと大村が開発した治療薬も何百万もの人々を感染症から守っているのだと、リバプール大学熱帯医学校(英国)のStephen Wardは話す。Campbellと大村は共に、アベルメクチンと呼ばれる一群の化合物が、オンコセルカ症(別名、河川盲目症)やリンパ系フィラリア症などの感染症を引き起こす寄生性線虫を殺すことを発見した。

大村は日本で、抗菌特性を持つことが知られるストレプトミセス属(Streptomyces)の土壌細菌群の株単離を行っていた。1974年に静岡県伊東市のゴルフ場近くの土壌から有望な細菌を見つけ、それを他の土壌細菌と一緒に、米国メルク社の研究所(ニュージャージー州ローウェイ)のCampbellのチームに送った(大村の所属していた北里研究所は1973年から同社と共同研究を行っ ていた)。

Campbellのチームは、培養したその細菌からアベルメクチン類を単離し、最も有望な化合物の1つの構造を微調整して薬剤に仕立て上げた。それがイベルメクチンである。1987年にメルク社は、オンコセルカ症治療のためにイベルメクチンを必要とする全ての人にこの薬を無償提供することを発表した。その10年後に同社は、リンパ系フィラリア症の治療用にもイベルメクチンの無償提供を始めた。米国メルク/MSD社は現在、メクチザン無償提供プログラム(Mectizan Donation Program;米国ジョージア州ジケーター)によって毎年この薬を約2億7000万人に無料配布している(メクチザンは同社によるイベルメクチンの商標)。

Wardによれば、今年のノーベル医学生理学賞は、寄生虫感染症や顧みられない熱帯病(NTD)の総体的な重要性が世界中で認識されていることの表れだという。「今回の受賞によって我々は、自然界に存在する膨大な種類の多様な生成物が創薬の重要な出発点になるという考え方に回帰することになるでしょう」とWardは話す。

(翻訳:船田晶子)

追加取材はAlison Abbottが担当。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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