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遺伝子組換えユーカリの承認を検討するブラジル

ブラジルのサンパウロ近郊に広がるユーカリのプランテーション。

CASSIO VASCONCELLOS/SAMBAPHOTO/GETTY

ブラジルでは、木材となるユーカリのプランテーションが盛んである。上空から眺めると、プランテーションのユーカリは連隊の兵士のように整列していて、周囲のごちゃごちゃした原生林と鮮やかな対照をなしている。数十年にわたる品種改良の結果、ユーカリの成長速度は一層速くなり、その軍勢はブラジル全土に展開し、栽培面積は350万ヘクタールに上る。

2014年9月4日には、より強力な新兵である遺伝子組換えユーカリを軍勢に加えることに関して公聴会が開かれた。遺伝子組換えユーカリから採れる木材の量は野生のユーカリより約20%多く、野生のユーカリが木材に適した大きさに成長するのに7年かかるのに対して、こちらは5年半でよい。ブラジルの規制当局は現在、遺伝子組換えユーカリの販売承認申請に対する評価を行っており、早ければ12月にも結論を出す可能性がある。

研究者も企業も活動家も、事態の成り行きを注意深く見守っている。オーストラリアを原産地とするユーカリ属(Eucalyptus spp)の樹木は、熱帯および亜熱帯地方全域の約2000万ヘクタールで栽培されていることから、ブラジルで遺伝子組換えユーカリが承認されれば、他の地域でも承認される可能性がある。南アフリカ共和国のプレトリア大学で森林遺伝学を研究するZander Myburgは、「その影響は全世界に波及する恐れがあるため、万人の注目するところとなるでしょう」と言う。

現時点では、主要な市販樹種の遺伝子組換え樹木の大規模栽培はまだ行われていない。遺伝子組換え農産物の使用に反対する環境保護活動家たちが今回のブラジル規制当局の判断に特別な関心を寄せているのは、ユーカリが広い地域で栽培されているからだ。

国連食糧農業機関(FAO;イタリア・ローマ)の林業担当官Walter Kollertは、「特に非政府組織(NGO)や自然保護団体の間では、激しく感情的な論争が繰り広げられています」と説明する。

この計画に反対する活動家が作るコンソーシアムは、9月4日の会合後に公開状を発表して、ブラジル国家バイオセーフティー技術委員会に対し遺伝子組換えユーカリの販売承認申請を却下することを求めた。公開状は、遺伝子組換えユーカリが環境に危険を及ぼすことやプランテーションの拡大を助長することへの懸念を表明するもので、中南米の106の組織を含む259の組織が署名している。

問題の遺伝子組換えユーカリを開発したのは、1993年にエルサレム・ヘブライ大学(イスラエル)から独立したフツラ・ジーン社(FuturaGene;イスラエル・レホボート)というバイオテクノロジー企業である。フツラ・ジーン社は、ある種のタンパク質が植物の細胞壁の拡大を促進して成長を加速させることを発見し、実験植物として広く用いられているシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のこうしたタンパク質をコードする遺伝子のうちの1つをユーカリに導入した。2010年には、同社は世界有数のユーカリパルプ会社であるスザノ製紙(ブラジル・サンパウロ)に買収されて、その傘下に入った。

フツラ・ジーン社の最高経営責任者であるStanley Hirschは、自社の製品は環境に良い影響をもたらすと主張する。彼によると、成長が速い遺伝子組換えユーカリは野生のユーカリに比べて大気中の二酸化炭素の吸収量が約12%多く、温室効果ガス排出量の削減に向けた取り組みに役立つという。また、野生のユーカリよりも狭い面積で同じ量の木材を生産することができるため、天然林からプランテーションへの転換を減らし、森林破壊の抑制に貢献できるかもしれないという。

フツラ・ジーン社は農業バイオテクノロジー企業が過去に犯した広報戦略の過ちを繰り返さないよう気をつけている、とHirschは言う。彼は、環境保護活動家を締め出すことなく、ブラジル国内の試験農場ツアーに招待した。「『普通の木のように見えますね』と驚いていた活動家の方もいましたよ」とHirsch。

Hirschの主張を信じない人もいる。非営利組織Global Justice Ecology Project(GJEP;米国ニューヨーク州バッファロー)の常任理事であるAnne Petermannは、フツラ・ジーン社は自社製品が環境にやさしいように見せかけて批判をかわそうとしている、と見ている。彼女は、成長の速い樹木は、より多くの水を必要とし、土壌からより多くの栄養分を吸収するだけでなく、プランテーションの拡大に歯止めをかけるどころか、もっと増やそうという経済的なインセンティブを強めるだろうと指摘する。

オレゴン州立大学(米国コーバリス)の森林遺伝学者Steven Straussによると、遺伝子組換え樹木は、バイオセーフティーに関してトウモロコシやダイズのような農産物にはない問題を抱えているという。遺伝子組換え樹木は何年にもわたって環境にとどまるため、周囲の動植物や土壌に影響を及ぼす可能性が高くなるのだ。また、樹木の花粉は背丈の低い植物の花粉よりも遠くまで広がりやすいため、遺伝子拡散によりその土地に自生する近縁種に組換え体の遺伝子が取り込まれる懸念もある。こうした懸念に対してStraussは、ユーカリの近縁種はブラジルでは自生しておらず、同国のほとんどの地域でユーカリの侵略性は特に高くはない、と反論する。

フツラ・ジーン社によると、同社は8年にわたる農場試験により、腐葉土層への遺伝子拡散や、遺伝子組換えユーカリを訪れるミツバチが作る蜂蜜の成分など、ありとあらゆるデータを収集して環境への影響を調べてきたが、特段の問題はなかったという。フツラ・ジーン社と共同研究は行っていないが、同社の安全データに詳しいMyburgは、彼らの研究は適切に計画され、細かいところまでよく行き届いていると評価する。

フツラ・ジーン社がブラジルで様子をうかがっている一方で、米国ではある企業が凍結耐性を持つ遺伝子組換えユーカリの承認を求めて規制当局の決定を待っている。アーバージェン社(ArborGen;米国サウスカロライナ州リッジビル)が米国南東部でのこの樹木の発売について米国農務省に承認を申請したのは2008年のことである。米国の規制制度ではこのぐらい待たされることは珍しくない、と同社の規制関連部長Leslie Pearsonは言う。

遺伝子組換え樹木が承認されるかもしれないという見通しは、活動家を結集させるのに十分だった。「2種類の遺伝子組換え樹木の販売承認が申請されたという事実を受けて、多くの地域で反対運動が速やかに組織されました」と話すPetermannはこう続ける。「バイオテクノロジー企業がこうした商品を次々に売り出そうとすることが分かっているからです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141111

原文

Brazil considers transgenic trees
  • Nature (2014-08-28) | DOI: 10.1038/512357a
  • Heidi Ledford