Editorial

幹細胞治療の規制に取り組み始めた日本

原文:Nature 494, 5(号)|doi:10.1038/494005a|Unknown territory

実験的な幹細胞治療の規制に、日本が遅まきながら取り組んでいる。明確に定められた法的枠組みによる患者の保護が必要だ。

日本には毎年、数百万人の外国人観光客が詰めかけ、豊かな文化遺産や歴史遺産を満喫している。ところが、そうした通常の観光コースを外れた、別目的の訪問客がいる。それが実験的な幹細胞治療を受ける人々だ。2012年12月22日付の毎日新聞は「韓国ソウルに本社を置くバイオテクノロジー企業RNLバイオと提携する福岡市博多区のクリニックで、毎月約500人の韓国人が幹細胞治療を受けている」と報じた。また、2013年1月29日付の朝日新聞の記事によれば、有効性の証明されていない幹細胞治療を宣伝するクリニックが日本国内で20か所以上見つかったという。

幹細胞ツーリズムが流行し始めた国々には、中国、コスタリカ、ウクライナなど、法規制が整備されていない国が含まれている。しかし、ここに日本も入っているのはなぜなのか。

そもそも、日本の幹細胞治療に対する規則は、整備が遅れているどころか、存在していない。しかも、日本は清潔さと信頼性で定評があるため、実証されていない治療法を正当化する場所として、まさに好都合なのだ。毎日新聞の見出しは、日本は「途上治療の楽天地」だった。これまで反応が鈍かった厚生労働省も、ついにこの問題に取り組み始めた。

1月30日には、厚生労働省の専門委員会が、幹細胞の臨床利用を監督するための新法に関する指針案の一部をインターネット上で公表した。2月には法案の最終案が作成され、今期の国会に提出されることになっている。その詳細は、現在のところ明確になっていないが、法案には、幹細胞治療法の承認が臨床試験を経た後に行われること、臨床試験は登録承認施設のみで実施されること、医療提供者は、治療中の事故によって被害を受けた患者に対する補償制度を創設することなど、重要な提案が含まれている。

このように明確に定められた規則の導入は、日本で通例となっている柔軟な指針とは対照的で、前向きな対応として歓迎される。この規則に定める指導指針は、幹細胞ツーリズムに困惑している福岡のような地方自治体の担当者にとって、特に役立つはずだ。

ただ問題なのは、この強力な規則が適用されるのが、3種類の幹細胞治療のうち、最もリスクの高いとされる分野、つまり胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いた治療法に限られる可能性が非常に高い点だ。しかも、これら幹細胞のリスク自体が明らかになっていない。

「幹細胞治療ビジネスでは、クリニックによる自己監視に問題がある」

残り2種類の幹細胞治療については、指針において十分に記述されていないが、一般的に受け入れられ、安全と考えられている治療法、そして、ある程度予見可能なリスクを伴う治療法が含まれる可能性が高い。ある政府高官によれば、これら2種類の幹細胞治療を行うクリニックは、地元の治験審査委員会の承認を受け、後は、幹細胞治療のために開設することを関係官庁に届け出るだけでよいのだ。その後は、政府当局による積極的な監視は行われない。RNLバイオが提供する幹細胞治療法は、患者の脂肪組織から抽出した幹細胞を実験室内で増殖させるもので、規制の緩い種類のいずれかに分類されると考えられる。そうなると、RNLバイオやその他の企業が、日本の規制の緩さにつけ込んで患者に被害を及ぼす可能性をどう防止すればよいのか。

幹細胞治療ビジネスでは、クリニックによる自己監視に問題のあることが、すでに明らかになっている。米国には、厳しい規制制度があるが、幹細胞治療を監督する手本とは到底言えない。最近、テキサス州が、地域レベルの審査委員会による検査に合格した企業が幹細胞治療に参入できることを定めた規則を施行した。ところが、審査委員会の承認を受けた州内で最も知名度の高い幹細胞企業の義務違反が発覚し、最終的には、米国食品医薬品局による厳しい取り締まりが行われたのだ。

この問題は、全世界の規制当局が抱える難しい課題といえる。必死になっている患者は、可能性のある治療法なら何でも試したいと考えており、規制の強化はその権利を奪うものと感じている。また、一部の企業は、過剰な負担が有望な治療法の開発を断念させていると主張し、それにはある程度の正当性もある。日本は、米国やその他の国々の状況から学ぶべきで、実績のない治療法を市場に 放置し、患者を危険にさらすような現行法の抜け穴には要注意だ。

(翻訳:菊川要)

この記事は、Nature ダイジェスト 2013年5月号に掲載されています。

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