Nature Medicine News

幹細胞治療の優先承認審査制度が日本で導入へ

原文:Nature Medicine|doi:10.1038/nm0513-510|Japan to offer fast-track approval path for stem cell therapies

David Cyranoski

現在、日本の国会では、医薬品承認制度の改革法案が審議されているが、この法案は、再生医療のために特に設計された承認制度の導入を目的としている。これが法制化されれば、世界で最速の承認審査制度が誕生する。細胞治療のために「独自の新制度を設けようとしているのは日本だけ」と再生医療の専門家 Chris Mason(ロンドン大学ユニバーシティカレッジ)は言う。Mason は最近、日本の政策立案者との間で、この法案を議論している。

近年、日本政府は「ドラッグラグ」の解消に努力している。ドラッグラグとは、承認審査がなかなか進まないため、他国での承認から相当な時間を経て国内で使用できるようになる医薬品を生み出している状況をいう。これに対して、日本では、再生医療の臨床応用をスピードアップさせるための体制を始動させようとしている。

これは、日本で開発され、京都大学の山中伸弥(やまなか・しんや)教授がノーベル医学生理学賞を受賞するに至った人工多能性幹(iPS)細胞技術がもたらした可能性に対応した動きだ。日本政府は、2013年初めに発表された補正予算で、この分野に対して200億円以上を投入しており、さらに、今後10年間に900億円の予算計上が見込まれている。

現行の薬事法では、再生療法が独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認を得るためには、低分子医薬品の場合と同じように、3段階からなる高コストで面倒な治験を行わなければならない。

幹細胞技術の実用化を後押しする国
日本では、再生医療の上市を加速させる道が開かれようとしている。

Credit: Matt Hansen

今回の薬事法の改正案では、再生医療のために独自の承認審査制度が新設される。つまり、承認を申請する企業は、3段階の治験を実施するのではなく、予備研究を積み重ねて、新しい治療法の有効性を実証することが求められる。従来の治療法を大きく変えるような治療法であれば、1回の研究に10人の患者しか参加しない規模のものでも許容され、それよりも小規模な改良であれば、数百人の患者が参加した研究を行う必要がある。そして、治療法の有効性が「推定」されれば、製造販売承認が与えられる、と厚生労働省医薬局審査管理課の宮田俊男課長補佐は話す。この段階で、治療法の商業的利用が認められ、こうした高額な費用のかかる治療法にとって非常に重要な意味を持つ国民健康保険の適用も認められるようになるのだ。

3段階の治験がなくなる

限られた量の安全性・有効性データだけが必要とされ、大規模に行われる第3相治験が基本的に不必要となったことで、再生医療に対するハードルが大きく下がり、通常は6年以上もかかる幹細胞療法の上市が最短3年で可能になる、と改正法案の立案者は話している。また、改正法では、日本国内の再生医療メーカーが韓国の幹細胞療法メーカーよりも有利になると考えられる。韓国では、優先的な制度が実施されており、これによって世界一迅速な幹細胞療法の上市が可能となっていた(Nat. Med. 18, 329, 2012 参照)からだ。「これは大胆な法改正です」。こう話すのは、改正法案を推進してきた経済産業省製造産業局生物化学産業課の江崎禎英(えざき・よしひで)課長だ。

承認を受けた治療法については、市販後5~7年間にわたって調査が行われ、その後、安全性と有効性に関する評価が再び行われる。この調査期間中は、すべての患者の登録が義務付けられる、と宮田課長補佐は話す。もし治療法の有効性や安全性に問題のあることが判明すれば、承認が失効することになっている。

理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)で幹細胞に関連した規制問題を研究する Doug Sipp は、市販後調査によって関連性のあるデータが得られるかどうか懸念している。また Sipp は、この期間中に幹細胞治療を受ける人々が、国民健康保険制度の下で、通常、医療費の3割を自己負担する点を挙げ、こうした自己負担は「医学的実験の被験者となる特権を金で買うことを患者に求めることに等しい」と指摘している。それに、患者が費用負担をしているため、ランダム化臨床試験や盲検臨床試験を実施できない。費用負担している患者には、プラセボ効果が生じる可能性が高くなる点も Sipp は警告している。

「患者には機会費用も生じ」、別の場所でより良い治療を受けられる可能性が生じる、と Mason は付言する。「このままでは、幹細胞治療を規制する手段が失われます。幹細胞治療を必ず安全で有効なものとするための施策が必要です」。

こうした懸念にもかかわらず、薬事法の改正法案の可決は、ほぼ確実になっている。6月で終わる現在の国会の会期中にこの法案が可決される可能性は50%、と江崎課長は話す。今国会会期中に法案が成立すれば、改正法は2014年4月に施行される。そうでない場合、施行は2014年11月となるが、場合によっては、2015年4月にずれ込む恐れもある。

(翻訳:菊川要)

「Journal home」へ戻る

プライバシーマーク制度