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グーグル社の量子チップがエラー率の指数関数的な低減を達成

グーグル社の量子計算研究施設に設置された、量子チップを冷却するためのクライオスタット(低温恒温装置)。 Credit: Google Quantum AI

グーグル社(米国カリフォルニア州マウンテンビュー)が、新しく開発した量子チップ(量子計算プロセッサー)により、1個の量子ビットを多数の量子ビットで構成することで量子メモリーのエラー率を指数関数的に下げることに初めて成功した。これは、実用になる精度の高い量子コンピューターを作るために必須と考えられている技術、「量子誤り訂正」の効果が実際に確かめられたことを意味し、実用的な量子コンピューターの開発に向けて重要な段階が達成された。

この研究は、2024年12月9日にNatureに報告された1。現在の量子コンピューターは、商業的応用や科学的応用にはまだ規模が小さ過ぎ、エラーも起こりやすい。しかし、個々の量子ビットのエラー率が十分に低く、あるしきい値未満になれば、1個の量子ビットを多数の量子ビットで構成することで、構成した量子ビットのエラー率を指数関数的に下げることができることが理論的に分かっている(量子誤り訂正と呼ばれる)。今回、グーグル社が開発した量子チップのエラー率は、1個の量子ビットを構成する量子ビット数の増加に応じて実際に指数関数的に低減した。

グーグル社本社に所属する研究者であるMichael Newmanは、この成果を発表する記者会見で「これはこの30年間の目標でした」と話した。同社量子計算部門の最高経営執行者(COO)であるCharina Chouは、この達成は、考え得る最も強力な古典スーパーコンピューターでも不可能な科学的発見を今後10年以内に量子コンピューターが可能にするかもしれないことを意味する、と述べた。Newmanは「それが、私たちが量子コンピューターを作っているそもそもの理由です」と話した。

中国科学技術大学(上海)の量子物理学者Chao-Yang Luは「この研究は、本当に注目すべき技術的ブレークスルーです」と話す。

量子状態はデリケート

1個の論理量子ビットの模式図(データ用の物理量子ビットが7×7個の場合)。黄色がデータ用の物理量子ビット、青色の円形部分が測定用の物理量子ビット(文献1より改変)。

量子コンピューターは、従来のコンピューターのビットと同様、0あるいは1を示す状態に情報を符号化するが、0と1の任意の重ね合わせを扱うことができる。しかし、グーグル社の量子ハードウエア部門を率いる物理学者Julian Kellyによると、この量子情報を担う状態は壊れやすいという。彼は、「(量子コンピューターで有用な計算を行うためには)まず量子情報が必要ですが、それを環境から守る必要があります。さらに私たちが量子情報を操作するときには私たち自身からも守らなければなりません」と話す。

量子情報の保護なしには、量子計算は役に立つものになる見込みはない。理論研究者は、量子情報を保護するため、1個の量子ビットの情報を複数の量子ビットに広げる巧妙な方法を1995年に考案した。複数の物理量子ビットを使ってそれを1個の「論理量子ビット」とすると、この論理量子ビットは雑音でエラーが起こっても元に戻すことができる。

しかし、物理量子ビットのエラー率が高いと、物理量子ビットを増やすことによってエラーが増える効果が、複数の物理量子ビットを使って論理量子ビットを作ることで量子情報を守る効果を上回ってしまう。しかし、物理量子ビットのエラー率をしきい値未満に低く抑えることができれば、論理量子ビットのエラー率は、それを構成する物理量子ビットの数の増加に応じて指数関数的に減少するはずだ。

グーグル社は2023年2月、超伝導回路を量子ビットとする、量子ビット49個のシカモア(Sycamore)プロセッサーを使い、論理量子ビットを実際に作ってみせ、論理量子ビットを構成する物理量子ビットを一段階増やすとエラー率がわずかに改善することを示した2。IBM社やアマゾン・ウェブ・サービス社(AWS)など、企業や学術界の研究グループもこの数年間、量子誤り訂正で精度を多少改善できることを示した3–5

グーグル社の新しい量子チップはウィロー(Willow)と呼ばれ、シカモアよりも大きく、105個の超伝導回路量子ビットを持つ。ウィローは、グーグル社が2021年にカリフォルニア州サンタバーバラの量子計算キャンパスに作った、製造技術研究所で開発された。

グーグル社の量子計算部門を率いるHartmut Nevenによると、ウィローの能力のデモンストレーションとして、世界最大のスーパーコンピューターが約1025年かかるとみられるタスクをウィローは約5分間で成し遂げることが示されたという。これは、量子コンピューターが古典コンピューターに対して優越性を持つことを示す研究競争の最新の結果でもある。

そして、グーグル社の研究チームは、ウィローの中に論理量子ビットを作り、量子メモリーの1個の論理量子ビットを構成する物理量子ビットの数を段階的に増やす(正方形の格子状に並んだデータ用物理量子ビットの縦と横の数を3個から5個へ、さらに7個へ、と2個ずつ増やす)ことにより、1段階の増加で、論理量子ビットの量子誤り訂正1サイクル当たりのエラー率が約半分に減ることを示した。これは、論理量子ビットを構成する物理量子ビットのエラー率がしきい値を下回っていることを示している。

デルフト工科大学(オランダ)の量子誤り訂正の専門家Barbara Terhalは「この成果は、エラー率を確実にしきい値未満に抑えていて、非常に見事な実証研究です」と話す。ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の物理学者Mikhail Lukinは、「今回の研究は、(論理量子ビットの規模拡大でエラー率を下げることができるという)アイデアがうまくいくことを明瞭に示しています」と話す。

量子計算の最終段階

Kellyは、物理量子ビットの増加によるエラー率の改善率が、さらに量子ビットを増やしても持続することも今回の研究結果は示しており、将来の量子チップは1000万ステップに1回のエラー率に達することができるだろうと話す。研究者たちは一般に、精度がこのレベルに達することが、量子コンピューターが商業的に有用になるために不可欠だと考えている。Kellyは「量子誤り訂正は量子計算技術の開発の最終段階です。それが成し遂げられれば、誰もが想像していた量子コンピューターになるのです」と話す。

それほど低いエラー率を達成するためには、個々の論理量子ビットを約1000個の物理量子ビットで構成することが必要になるとグーグル社は見積もっている。Newmanは、誤り訂正技術の改良でこのオーバーヘッドは減り、必要な物理量子ビットを200個にまで減らすことができるかもしれないと言う。IBM社などの研究者たちも、必要な物理量子ビット数がより少ない方法の開発で大きな進歩を達成してきた3。Lukinは、「これは量子計算という研究分野がとても重要な時期に達しつつあることを示しています。現在は本当にエキサイティングな時期です」と話す。

しかし、難問は残っているとTerhalは話す。強固な論理量子ビットを作ることに加え、多くの論理量子ビットをつなげてネットワークにし、それらが量子状態を共有し、交換できるようにする必要がある。

量子誤り訂正理論を構築した研究者らの1人である、カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)の理論物理学者John Preskillは、量子誤り訂正が量子ビットの中の情報を守るために役立つことを示すことは重要な一歩だったが、演算エラーの訂正はさらにもっと重要だと話す。AWSの量子計算研究に協力しているPreskillは、「私たちは、保護された量子メモリーだけではなく、保護された量子ビット演算を行いたいのです」と話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2025.250307

原文

‘A truly remarkable breakthrough’: Google’s new quantum chip achieves accuracy milestone
  • Nature (2024-12-09) | DOI: 10.1038/d41586-024-04028-3
  • Davide Castelvecchi

参考文献

  1. Google Quantum AI and Collaborators. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-024-08449-y (2024).

  2. Google Quantum AI. Nature 614, 676–681 (2023).
  3. Bravyi, S. et al. Nature 627, 778–782 (2024).
  4. Putterman, H. et al. https://arxiv.org/abs/2409.13025 (2024).

  5. Sivak, V. V. et al. Nature 616, 50–55 (2023).