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新種のアモルファス氷が誕生!

普通の氷を低温で粉砕することによって、新たな種類のアモルファス氷が誕生した。 Credit: Alexander Rosu-Finsen, Christoph Salzmann

このたび、密度と構造が液体の水に極めて近い新種の氷が、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(UCL、英国)のAlexander Rosu-Finsenらによって作製された。これにより、水が持つ謎めいた特性の数々を研究する道が開かれるかもしれない。

「この氷は、液体の水がそのまま固まった状態かもしれません」と語るのは、ロンドン・サウスバンク大学(英国)の化学者Martin Chaplinだ。「とても重要なものである可能性があります」。彼は今回の研究には関わっていない。

「中密度アモルファス(非晶質)氷(MDA)」と名付けられたこの氷は、普通の氷を直径1 cmのステンレス鋼球8個と共に小型容器に入れ、これを約–200℃の低温で激しく振動させて粉砕することで得られた。この氷は、これまで知られていなかった新しい形態のものであり、見た目は白色の粉末で、金属球の表面に付着していた。今回の研究結果は、Science 2023年2月3日号で発表された1

無秩序な分子

通常、水は凍結する際に結晶化する。我々が一般に「氷」と呼ぶ固体は、それまで不規則に動き回っていた水分子が整列して六方晶系の構造をとったものである。普通の氷は水よりも密度が低いが、これは他の物質とは異なる特殊な性質だ。水はまた、圧力や凍結速度などの条件に応じてさまざまな配列で結晶化し、その構造は現在20種類が知られている。対照的に、アモルファス氷は結晶氷に見られるような規則性を持たない。

アモルファス氷は、これまでに大きく分けて「低密度」と「高密度」の2種類が発見されている。低密度アモルファス氷(LDA)は、水蒸気を–110℃未満の低温表面で凝華させることにより1935年に初めて作製された2。一方、高密度アモルファス氷(HDA)は、普通の氷を–196℃というさらに低温で高圧圧縮することによって1984年に作製された3。いずれのアモルファス氷も地球上ではほとんど見られないが、宇宙には多く存在する。「彗星などは、LDAの大きな塊です」と、今回の論文の共著者であるUCLの化学者Christoph Salzmannは言う。

研究チームは今回、氷の粉砕に「ボールミル」という装置を用いた。これは通常、無機材料の粉砕や混合に用いられるが、アモルファス材料を作製する確立された方法でもある。氷と金属球の入った容器は、あらかじめ冷却した装置に設置され、毎秒5回の振動数で7.5分間振動させた後に毎秒20回の振動数で5分間振動させる過程を1サイクルとして、最高80サイクルが繰り返された。金属球が氷に激しく衝突すると氷に「せん断力」が加わり、粉砕されて白色の粉末になるのだとSalzmannは説明する。

得られた粉末をX線回折法で解析したところ、この氷が明白な分子秩序構造を持たないことが分かった。これは、結晶性が「破壊された」ことを意味するとSalzmannは言う。「極めて無秩序な物質になったのです」。この氷は、密度が約1.06 g cm–3と液体の水に極めて近く、LDAの密度(約0.94 g cm–3)とHDAの密度(約1.17 g cm–3)の中間であることから、MDAと名付けられた。

これらの結果を「とても説得力があります」と評価するのは、ローレンス・リバモア国立研究所(米国カリフォルニア州)の物理学者Marius Millotだ。一連の実験結果は、ケンブリッジ大学(英国)のデータ科学者らが行った計算モデル研究によって裏付けられた。だが、MDAが高度にせん断された特殊な結晶氷である可能性も残されている。

大きな影響

今回発見されたMDAが、水の真のガラス状態であると証明されれば、これを用いて、これまで不可能だった研究の数々が可能になるだろう。例えば、MDAに対応する水の存在は「水は、LDAとHDAに対応する、低密度と高密度の2つの形態で存在する」という現在の解釈に疑問を投げ掛ける。「氷研究の新たな扉が開かれるでしょう」とSalzmann。

今回の結果はまた、地球とは別の世界の理解にも影響を及ぼす。太陽系では、木星の衛星エウロパや土星の衛星エンセラダスなど、雪線の外側にある衛星は分厚い氷で覆われている。そうした衛星の表面で、潮汐力の影響により隣接する氷領域がこすれると、ボールミル粉砕と同様のせん断過程によってMDAが生成し、氷の密度が増加する結果、表面に隙間ができて氷の一斉崩壊が起こる可能性がある。「氷の大規模崩壊は、氷衛星の物理に重大な影響を及ぼします」とSalzmannは言う。

とすれば、MDAの存在は、氷衛星の表面下に存在する液体水の海の居住可能性にも関係してくる。「生命は、液体の水と岩石の界面で生じるからです」とMillotは説明する。「こうした環境では、アモルファス氷が重要な役割を担っているのかもしれません」。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2023.230509

原文

Scientists made a new kind of ice that might exist on distant moons
  • Nature (2023-02-02) | DOI: 10.1038/d41586-023-00293-w
  • Jonathan O’Callaghan

参考文献

  1. Rosu-Finsen, A. et al. Science 379, 474–478 (2023).
  2. Burton, E. F. & Oliver, W. F. Proc. R. Soc. Lond. 153, 166–172 (1935).
  3. Mishima, O., Calvert, L. & Whalley, E. Nature 310, 393–395 (1984).