Editorial

飢餓と飢饉は人間の行動の産物だ

国際社会は、イエメンで起きたように、紛争において食料を武器化することをやめるべきだ。 Credit: Ahmad Al-Basha/AFP/Getty

世界で約2億人の食料保障が極めて不十分な状態になっている。その中には、アフガニスタン、ブルキナファソ、エチオピア、マリ、スーダン、シリアの人々が含まれている。これらの国々には、食料保障が不安定であるという他に、命掛けの紛争が発生しているという共通点がある。飢餓と紛争という2つの状況はつながっているのだ。

国連の食料に対する権利に関する特別報告者であるマイケル・ファクリ(Michael Fakhri)は、2023年3月に国連に提出した報告書の中で、世界的な飢餓の主な原因は暴力と紛争だと述べている(go.nature.com/3rddjyi参照)。2015年の国連サミットにおいて世界各国の首脳は、持続可能な開発目標(SDGs)の1つとして、飢餓に終止符を打ち、栄養状態の改善を達成することを約束したが、世界が目標実現に向かって進んでいない。その極めて重要な理由が暴力と紛争である。

紛争国に対する国際的な経済制裁のような強制措置も飢餓を助長する

ファクリの報告書での指摘は憂慮すべきであり、それには、いくつかの理由がある。ここで何もしなければ、深刻な飢餓に苦しむ数億人の人々を放置するのと同じことになると示唆されているのだ。それに、暴力が発生すると、飢餓をなくすための政策を研究して実施するための重要な取り組みが妨げられてしまう。

2023年9月に世界各国の首脳が米国ニューヨーク市での会議に出席して、対応策を検討することになっている。この会議は、世界の大国間に重大な緊張関係が生じているときに開催されるが、会議の出席者は、暴力を減らさない限り、あるいは少なくとも紛争当事者が食料の武器化をやめない限り、飢餓に終止符を打つというSDGは実現されないことを受け入れなければならない。

ファクリの報告書は、数十年にわたって蓄積された研究と、国連世界食糧計画(WFP)や国連食糧農業機関(FAO)などによる最新データを基に作成されている。この報告書には、性的暴力やジェンダーに基づく暴力などのさまざまな形態の暴力と極めて不十分な食料安全保障との関係が記述されている。紛争は、例えば農作物を台無しにしたり食料供給を途絶させたりすることによって食料安全保障を崩壊の危機にさらす。マリやミャンマーでの内戦でもこうしたことは起きており、現在も続いている。紛争国に対する国際的な経済制裁のような強制措置も飢餓を助長する。この報告書によれば、「狙い撃ち」制裁が食料システムをも混乱させるという証拠があるとされる。

また、ファクリの報告書は、国際経済事象がいかに飢餓と食料安全保障を悪化させているかを浮き彫りにしている。世界各地、特に低・中所得国(LMICs)で、食料価格が高騰している。2023年6月に発表された世界銀行のデータ(go.nature.com/3rhouho参照)によれば、経済協力開発機構(OECD)に加盟している高所得国では、4月の食品価格のインフレ率が平均12%程度まで低下したが、多くの低・中所得国では依然としてはるかに高いレベルで推移しており、レバノン81%、エジプト27%、ジンバブエ30.5%となっている。これは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックやロシアのウクライナ侵攻といった要因によるものだ。ロシアのウクライナ侵攻は、世界の主食用作物の供給に影響を与えた。侵攻前は、世界の小麦の3分の1がロシアとウクライナで生産されていたのである。世界的なエネルギー価格の高騰は、最貧困家庭で調理に使用できるガスやその他の燃料にも影響を及ぼしている。

その一方で、生産者、特に大企業が利益を上げるために価格を吊り上げていることも食料インフレの一因になっているという研究報告がある。買い手は、生活必需品(例えば、食料や燃料)であれば、値上がりしても買わざるを得ない。売り手は、このことが分かれば、価格を吊り上げることができる。この現象を「売り手インフレ」という。この「売り手インフレ」が、特に食料品に関してインフレが高止まりして、金利引き上げなどの介入策を講じてもインフレを抑えることができない理由の1つかもしれない。

これは、マサチューセッツ大学アマースト校(米国)の経済学者イザベラ・ウェーバー(Isabella Weber)らの2編のワーキングペーパーに示された結論である。2022年11月に発表されたモデル化研究の論文で、ウェーバーらは、食品とエネルギーの価格がインフレの2大要因であることを明らかにした(I. M. Weber et al. Economics Department Working Paper Series 340; 2022)。続く2023年2月に発表された研究で、ウェーバーらは、食品部門とエネルギー部門の米国企業グループをサンプル調査し、2022年のインフレ寄与度は、企業利益が賃金と同等かそれ以上であったことを明らかにした(I. M. Weber and E. Wasner Economics Department Working Paper Series 343; 2023)。

ウェーバーらの研究は、一部の国の政府で方針転換をもたらし、金融機関からも注目されている。2023年6月に国際通貨基金(IMF)は、2022年のユーロ圏のインフレに対する寄与の半分近くが企業利益であったことを明らかにした(N.-J. H. Hansen et al. IMF Working Paper No. 2023/131; 2023)。

より多くの研究者が、紛争が飢餓にどのような影響を与えるかを研究できるはずだ

ウェーバーは、生産者が設定する価格の一部について、政府が上限を定めるという政策を提唱している1人だ。しかし、学界の多くの経済学者とその助言を受ける政府は、そのような価格統制は市場をゆがめるとして、これに反対している。最貧困層の人々は、この論争の渦中に巻き込まれ、価格高騰と政策の遅れの両方によって被害を受けている。

何が飢餓を悪化させているのか、どうすれば飢餓をなくすことができるのか。研究者が、これらの点に関する証拠を発見する取り組みを続けることが重要だ。例えば、より多くの研究者が、紛争が飢餓にどのような影響を与えるかについて、さらにきめ細かな研究を行えるだろうし、欧州や米国だけでなく低・中所得国のインフレの構成要素を分析することもできるだろう。経済学者のアマルティア・セン(Amartya Sen)は、1981年に出版した『貧困と飢饉』(Poverty and Famines)の中で、飢餓と飢饉は必ずしも食料不足の結果ではなく、人間の行動や選択によって引き起こされることを示した。各国の首脳は、飢餓に終止符を打ち、栄養状態の改善を達成するというSDGの公約を果たすこともできるし、紛争において食料を狙い撃ちする手法を続けることもできる。ファクリの報告書に示されたように、いずれもが人間の選択であり、既に決まっている結果ではない。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2023.231005

原文

Hunger and famine are not accidents — they are created by the actions of people
  • Nature (2023-07-04) | DOI: 10.1038/d41586-023-02207-2