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長波長の重力波の兆候が意味するもの

2つの超大質量ブラックホールの衝突が重力波を放出する様子のイメージ画像。 Credit: Aurore Simonnet for the NANOGrav Collaboration

今回見いだされた重力波は、既に物理学者たちが見つけていた重力波とどう違うのか?

地上の重力波検出器であるLIGOとVirgoは、個々の合体イベントの最後の段階の証拠、つまり、空の一方向から来る、波長がおおむね一定の波を観測した。一方、今回4つの研究グループが見いだしたのは、今のところ、「確率的背景重力波」だけだ。これは、多数の源から出た、さまざまな方向から来る波が組み合わさったランダムな波動であり、池の表面の水が、雨によってランダムに波打つのに似ている。

今回の重力波の源は何か?

ウェストバージニア大学(米国モーガンタウン)の天体物理学者Sarah Burke-Spolaorによると、パルサータイミングアレイ(PTA)が見いだした確率的背景重力波の最も可能性の高い説明は、遠方の銀河の中心で互いの周囲を回る超大質量ブラックホールの対によって作られたものだという。

多くの銀河は、太陽の数十万倍から数十億倍の質量を持つ、巨大なブラックホールを1個持っていると考えられている。そして天文学者によると、多くの銀河は宇宙の歴史の間に合体を経験している。このため一部の銀河は、ブラックホール連星と呼ばれる、2つの超大質量ブラックホールを持っているはずだ。

合体した銀河では、その密集した中心部分で、それぞれのブラックホールが周囲の星を高速で放り出すか、引きずり回すかして、その運動量の一部を周囲の星に移動させるはずだと研究者たちは推定している。エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の重力波天体物理学者Chiara Mingarelliによると、その結果、2つのブラックホールはやがては速度を落とし、1パーセク(3.26光年)程度の距離までは近づいて互いの周囲を回るようになるという。

しかし、ブラックホール対の接近とともに、対が出合う星は徐々に少なくなる。対が現実的な時間内にさらに接近する仕組みは分かっておらず、「最後の1パーセク問題」と呼ばれている。ブラックホール対が、検出可能な重力波を放出するためには、互いの距離が0.001パーセク程度以下である必要があるとMingarelliは指摘する。「もしもこの最後の1パーセク問題を解決できなかったら、背景重力波も見つからないことになってしまいます」と彼女は話す。

それは接近した超大質量ブラックホール対が実際に存在しているという発見になるでしょう

科学者たちは今後、PTA信号が本当に超大質量ブラックホール連星から来るのかを確かめようとするだろう。ミラノ大学ビコッカ校(イタリア)の天体物理学者Monica Colpiは、PTA信号の源が超大質量ブラックホール連星であるという結果が得られれば、宇宙に散らばる多数のブラックホール連星が、理由は不明だが最後の1パーセク問題を「解決」していることを示し、非常に重要だ、と話す。「それは、接近した超大質量ブラックホール対が実際に存在しているという発見になるでしょう」。

そうしたブラックホール連星は、欧州が計画している宇宙重力波望遠鏡にとっては何を意味するのか?

検出可能な重力波を放出するほど近づいた超大質量ブラックホール対は、数百年から数万年たてば衝突し、合体するだろう。重力波そのものがブラックホールからエネルギーを持ち去り、ブラックホール対はらせん形を描いて互いに近づいていくからだ。

Colpiは、この見通しは欧州宇宙機関(ESA)が2030年代半ばに打ち上げを計画している「レーザー干渉計宇宙アンテナ」(LISA)にとっては良い知らせだと話す。LISAは3機からなる宇宙重力波望遠鏡だ。

ブラックホール対がらせん形を描いて互いに近づくとき、重力波の周波数は増加し、一部の場合でLISAの感度があるスペクトルに入る。LISAは300万kmから30億kmまでの波長に感度がある。これはPTAが検出できる波長よりも短いが、地上の検出器が観測できる波長よりもずっと長い。LISAはミッション期間中に、超大質量ブラックホールの合体を観測できる可能性がある。

超大質量ブラックホールは、それ自身が合体の結果であり、ブラックホールの合体の観測は、一部のブラックホールがそれほど大きく成長した仕組みの解明にも役立つかもしれない。

ブラックホール連星以外で確率的背景重力波を生み出す可能性があるものは何か?

宇宙のあらゆる方向から来る波でできた背景重力波を予言する新奇な物理理論はたくさんある。こうした源からの重力波が、信号の一部または大半を構成している可能性はある。源の可能性として、ある種の暗黒物質や宇宙ひもが指摘されている。宇宙ひもは、仮説上のひも状の時空の位相欠陥であり、宇宙ひもにループが生じると、それが崩壊する際に重力波を出すと考えられている。

最もエキサイティングな説明は、初期宇宙が起源の「宇宙重力波背景放射」だとBurke-Spolaorは話す。電磁波(光)で観測する望遠鏡は、どれだけ遠くを、つまりはどれだけ過去を見ることができるかに限界がある。銀河や星が存在するずっと前に、不透明な電離ガスが宇宙を満たしていたためで、宇宙の最初の約40万年間に何が起こったかは見えない。

しかし、重力波は電離ガスでは遮られない。そのため、ビッグバン直後に作られた重力波もまだ至る所に存在して確率的背景重力波の一部として検出可能かもしれず、ビッグバンの物理学を調べる窓になる。「それは私にとって驚くべきことです。ビッグバン時に何があったのか、まだ誰も知らないのです」とBurke-Spolaorは話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2023.231009

原文

Giant gravitational waves: why scientists are so excited
  • Nature (2023-06-30) | DOI: 10.1038/d41586-023-02203-6
  • Davide Castelvecchi