承認間近の深海採鉱に高まる懸念の声
2020年の掘削試験でコバルトリッチクラストを採取した日本の調査船。 Credit: Kiyoshi Ota/Bloomberg via Getty
間もなく海底からの商業採鉱が始まろうとしている。国際水域の深海底の鉱物資源を管理するために国連海洋法に基づいて設立された国際海底機構(ISA:International Seabed Authority)は、2023年7月にジャマイカのキングストンで会合を開き、海底からコバルト、ニッケル、硫化物などの鉱物や金属を採掘しようとする企業のためのガイドラインについて話し合った。
深海採鉱の推進派は、電気自動車や再生可能エネルギー貯蔵用のバッテリーに使われるレアアース金属の需要は増大しており、深海採鉱はこれに対応する助けになると主張する(2011年9月号「海底にはお宝がザックザック」参照)。その一方で、深海採鉱が生態系に及ぼす潜在的な影響はこれまで考えられていたよりも大きいことが、研究によって示唆されている(2019年10月号「深海底鉱物資源開発のジレンマ」参照)。深海採鉱は生態系にどれほど大きな害をもたらし得るのか、Natureが探った。
深海採鉱が海洋生物に悪影響を及ぼしている証拠はあるのか?
科学者によれば、深海の生態系についてはほとんど分かっていないため1、採鉱区域に棲む生物たちが採鉱によってどのような影響を受けるかを評価するのは難しいという。しかし、いくつかの新しい研究が、大規模採鉱がもたらす被害の手掛かりを与えてくれる。
Current Biology 2023年7月14日号に掲載された論文2は、コバルトリッチクラストの採掘による環境への影響を調べた初めての研究である。コバルトリッチクラストは、海山の山頂から斜面にかけての岩盤を殻のように薄く覆う物質である。鉄・マンガン酸化物を主成分とし、コバルトを多く含んでいるため、マンガン団塊、海底熱水鉱床と共に海底採鉱の対象としてISAに採択されている。2020年には日本政府の資金提供により、北西太平洋で約120 mにわたってコバルトリッチクラストを掘削する試験が行われた。
掘削から1年後に遠隔操作無人探査機が撮影したビデオ映像は、採鉱によって水中に舞い上がった堆積物の影響をじかに受けた区域では魚や小エビなどの活発に遊泳する動物の密度が43%減少し、隣接する区域では56%減少したことを示していた。論文の共著者で、産業技術総合研究所(AIST、つくば)に所属していた海洋底生態学者のTravis Washburnは、この程度の小規模な掘削で生態系に影響が出るとは予想していなかったと言い、これは採鉱区域の外でも「かなり大きな」影響を受けることを示す結果だと説明する。
2023年7月11日に、npj Ocean Sustainabilityに発表された論文3は、海底採鉱の影響を受けそうな海域に将来マグロが集まるようになる可能性を示唆している。東太平洋は海底採鉱の主要な候補地とされているが、科学者たちは、気候変動により多くのマグロがこの海域に来るようになると予想している。同じ研究は、今世紀半ばまでに、この海域のカツオの全バイオマス量が約31%増加するとも予測している。
深海採鉱が海の上層に生息する動物に及ぼす影響についてのデータは少ない。しかし、この論文の共著者でカリフォルニア大学サンタバーバラ校ベニオフ海洋科学研究所(米国)の科学顧問である海洋生物学者のDiva Amonは、深海採鉱はマグロやオサガメ(Dermochelys coriacea)などにも害を及ぼす恐れがあると言う。「深海採鉱は、海面から海底までの範囲に影響を及ぼす可能性があるのです」とAmon。
深海採鉱の影響は同じ鉱物を陸上で採掘するよりも大きい?
新興の鉱物採掘会社ザ・メタルズ・カンパニー(The Metals Company、カナダ・バンクーバー)をはじめとする深海採鉱の推進派は、「グリーンへの移行」に必要な鉱物を陸上ではなく深海で採掘することは環境にとって有益だと主張している。しかしAmonは、深海採鉱が陸上採鉱に取って代わることはないだろうと考えている。「どちらも進行し、地球は海と陸から二重に破壊されるでしょう」。
深海採掘の影響を調査する中で観察された動物には、イソギンチャクやナマコ、イツウデウミシダ(上段左から右へ)、カイロウドウケツ、ソコギス、ウニの仲間のクモガゼ(下段左から右へ)が含まれる。 Credit: JOGMEC
Washburnは、海洋は炭素隔離により人間が排出する温室効果ガスの相殺に役立っているが、深海採掘は海洋の炭素隔離過程を乱す恐れがあると指摘する。「どちらの方が良いか悪いかを判断できるだけの情報を持っている人はいないと思います」。
これから解明する必要のある重要な問題は何か?
まずは、深海にどのような生物が生息しているのか、もっとよく知る必要があるとAmonは言う。それが分かれば、海洋の炭素隔離能力などの生態系の重要な機能に深刻な影響を及ぼす前に、採鉱の規模をどの程度拡大できるか調べることが可能になる。問題は、深海採鉱の影響を解明するためには、さらに多くの時間と資金が必要になることだと彼女は言う。深海科学は、多くの時間と多額の資金を必要とする分野なのだ。
2010年のメキシコ湾原油流出事故などの生態系災害の研究からキャリアをスタートさせたWashburnは、深海採鉱を始める前に潜在的な影響を評価しようとする姿勢を評価している。「私たちはそれを事前に把握することで、適切に行動しようとしているのです」。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2023.231015
原文
Deep-sea mining could soon be approved— how bad is it?- Nature (2023-07-27) | DOI: 10.1038/d41586-023-02290-5
- Natasha Gilbert
参考文献
- Rabone, M. et al. Curr. Biol. 33, 2383–2396 (2023).
- Washburn, T. W., Simon-Lledó, E., Soong, G. Y. & Suzuki, A. Curr. Biol. https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.06.032 (2023).
- Amon, D. J. et al. npj Ocean Sustain. 2, 9 (2023).
関連記事
キーワード
Advertisement