熱ストレス後に人体の老化「時計」が早まる
加齢と結び付けられているDNAマーカーの変化もまた、慢性的な暑さへの曝露と関連している。 Credit: Jeff Pachoud/AFP/Getty
3000人以上のDNAマーカーの予備的分析から、極端な暑さへの曝露が、老化の加速を反映していると考えられる分子的変化と関連していることが示された。
米国を拠点として行われた今回の研究は、2024年11月にワシントン州シアトルで開催された米国老年学会(GSA)の年次大会で発表されたもので、全世界で熱波の発生頻度が増える中、気温上昇がヒトの健康に及ぼす影響を調べようとする多数の取り組みの1つである(2024年11月号「人間はどこまでの暑さに耐えられるのか」参照)。
暑さは心臓や腎臓に極度の負担をかけ、認知力を低下させることが知られている。しかし極端な暑さは、最初のうちは目に見えない影響も及ぼす可能性がある。「暑さによる肉体的な負担は、観察可能な健康転帰としてすぐさま表れるのではなく、細胞レベルや分子レベルで私たちの体に影響を及ぼしている可能性があります」と、南カリフォルニア大学(米国ロサンゼルス)の老年学者で、今回の研究の共著者であるEun Young Choiは述べる。「そして、その生物学的劣化が後に障害へと発展しかねないのです」。
Choiらは、体への暑さの影響を高感度で測定できる方法を探して、加齢とともに変化する傾向があるDNAの化学修飾の総体「エピジェネティック時計」に目を付けた。このような基準が老化の代理指標としてどの程度役立つかについては議論があるが、これまでの研究で、これらのマーカーの変化が、環境ストレスや社会的ストレスだけでなく、妊娠やいくつかの健康状態とも関連付けられている(2024年6月号「妊娠により『生物学的年齢』が上がるが、出産すると回復する」参照)。
Choiらは、2016~2017年に56歳以上の約3800人から得たエピジェネティックマーカーに関するデータを分析した。そして、これらのデータを米国の気温マップと相互参照し、エピジェネティックマーカーの状態と、参加者の居住地で暑さ指数(暑さと湿度の両方を考慮した体感温度の指標)が26.7℃または32.2℃を上回ったさまざまな期間の日数との相関関係を調べた。
Choiらはさらに、人種や民族、喫煙状態、居住地、収入などのさまざまな要因も考慮した。その結果、1年間または6年間にわたって暑い日が多かった地域に住んでいた人は、涼しい気候で過ごした人に比べて、エピジェネティックマーカーの状態を根拠として「老化が進んでいる」ようであることが明らかになった。
時計を早める
ある尺度によると、暑い日の割合が10%増えるごとに、参加者の分子年齢は0.12歳上昇した。別のマーカーのセットの分析からは、そうした暑い地域に住む人は他の地域の人よりも最大で0.6%速く老化していることが示された。しかし、数日から数カ月という、より短期間の暑さへの曝露の場合は、エピジェネティックマーカーの変化との相関は見られなかった。
「驚くべき結果です」とコペンハーゲン大学(デンマーク)の環境疫学者Rina Soは述べる。このプロジェクトは、死亡や疾病ではなく血液中の生物学的マーカーに注目し、長期的曝露と短期的曝露の両方の影響を評価した点で、他に例のないものだと彼女は言う。
今回の研究では、エアコンの使用の有無や、屋外で過ごした時間の長さは考慮されていない。また、暑さに対する個人の反応も追跡できていないが、これについてChoiは、2022年に採取された血液試料に基づく分子マーカーの分析データが利用可能になったら行いたいと述べている。
それでも、暑さが老化の加速を直接引き起こしているのか、それとも別の要因が関与しているのかを判断するのは難しいだろうと、タンペレ大学(フィンランド)で公衆衛生学と老年学を研究するLinda Enrothは述べる。しかし、関連性を探ることは重要だと彼女は言う。「これは新しいアプローチであり、考え方です。こうした暑さが私たちにどのような影響を与えているかを理解することが重要なのです」。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250322
原文
Human body’s ageing ‘clock’ ticks faster after heat stress- Nature (2024-12-09) | DOI: 10.1038/d41586-024-04007-8
- Heidi Ledford
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