「AIサイエンティスト」の支援で急速に進化する仮想研究室
仮想研究室システムは、複数の大規模言語モデル(LLM)を結集して、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に結合できる抗体断片(ナノボディ)を設計した。 Credit: KTSDESIGN/Science Photo Library via Getty
人工知能(AI)を用いて科学的発見を自動化しようとする取り組みにおいて、複数の「AIサイエンティスト」(明確な科学的役割を担う大規模言語モデル〔LLM〕)を結集させて、人間の研究者が設定した目標を達成するために協働させることができる仮想研究室が作り出された。
このシステムは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスに結合できる抗体断片(ナノボディ)を設計することに成功し、人間だけで構成される研究グループが要するよりもはるかに短い時間で約100種類のナノボディ構造を提案した。このことを報告する論文が、2024年11月にプレプリントサーバーbioRxivに投稿された(K. Swanson et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/g8t26n; 2024)。
この論文の責任著者の1人であるスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の計算生物学者James Zouは、「こうした仮想研究室のAIエージェントは、多くのタスクを非常にうまくこなせることが分かりました」と言う。「私たちは、仮想研究室の可能性をさまざまな科学領域にわたって探索することを非常に楽しみにしています」。
コロラド大学アンシュッツ医療キャンパス(米国オーロラ)で、ヘルスケア分野におけるAIの応用を研究しているYanjun Gaoは、この実験は「AIを単なるツールではなく、共同研究者として扱うという新しいパラダイムを示しています」と言う。しかし彼女は、人間による入力と監視が依然として重要だと付け加える。「現段階では、AIに完全に判断を委ねることはできないと思います」。
学際的なAI
将来、「AIサイエンティスト」と人間の研究者の協働が当たり前となる日が来るかもしれない。 Credit: Westend61/Getty
世界中の研究者が、研究を加速するためのLLMの可能性を探索してきた。仮説を立てて実験を計画することから、論文の草稿を作成するまでの研究過程の一部を実行できる「AIサイエンティスト」の生成も、その一環である(2024年12月号「科学者が開発した『AIサイエンティスト』の実力は?」参照)。しかしZouは、これらの研究のほとんどは、狭い範囲での実験への応用に重点を置いたものであり、学際研究におけるLLMの可能性を探るものではなかったと言う。そこでZouらは、さまざまな分野の専門知識を組み合わせるために仮想研究室を構築した。
彼らは、仮想研究チームのために2つのLLMを訓練することから始めた。1つは、研究用AIの専門知識を有するチームリーダーとなる主任研究員(PI)で、もう1つは、研究過程全体を通じて他のLLMの誤りや見落としを検出する「科学的批評家」である。ZouらはこれらのLLMに、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)を標的とする新しいナノボディを設計するという目標を与え、この目標を達成できる別のLLMを開発するように指示した。
すると仮想PIは、この研究活動を支援するために、さらに3つのAIサイエンティストエージェントを生成して訓練した。それぞれのAIサイエンティストは、免疫学、計算生物学、機械学習という特定の分野で訓練された。「これらのエージェントはそれぞれ異なる専門知識を有していて、さまざまな科学的問題を解決するために協働します」とZouは言う。
これらのAIエージェントは、パラメーターを計算したり、新しい機械学習モデルのコードを書いたりするなど、仮想PIが割り当てたタスクを独立に実行した。また、AlphaFoldやRosettaといったタンパク質設計ツールなど、他のAI研究ツールも活用することができた。人間の研究者は、定期的な「チームミーティング」を行って進捗状況を評価し、LLMを指導した。
Zouは「仮想研究室はほとんど自律的に動くよう設計されているので、エージェント同士が議論を交わします。そして、どの問題を解決するか、どのような手法をとるか、そうした手法をどのように実装するかを決定します。一方、人間の研究者は、仮想研究室の方向性を示すために、より高いレベルでのフィードバックを行うことに重点を置いています」と言う。チームミーティングでは数回の「議論」が行われたが、1回当たりの所要時間はわずか5〜10分であった。
汎用システム
こうしたエージェントは、最終的に92種類のナノボディを設計し、検証研究においてこのうちの90%以上がSARS-CoV-2の従来株に結合することが確認された。また、これらのうち2種類のナノボディは、従来株から生じた新たな変異株を標的とすることも裏付けられた。
Zouらは、このシステムが複数の研究分野を向上させる上で役立つだろうと楽観視している。「私たちはこのシステムを、非常に汎用性の高いプラットフォームになるよう設計しました。このため、原理的には、これらの仮想研究室エージェントにさまざまな科学的問題の解決を依頼できます」とZouは言う。彼は、人間の介入とフィードバックが成功のカギであると強調する。「私たちは依然として、仮想研究室が導き出した仮説を検証し、妥当性を確認する必要があります。ここで重要なのが、実世界での実験なのです」。
Gaoは、今後の研究では、AIサイエンティストが生成した応答をさらに評価して、LLMがなぜ誤りを犯すのか、互いに異なる見解を示すのかを理解する必要があると言う。「今後の人間とAIの協働では、安全性や評価に関する取り組みが一層充実することを心から望んでいます」。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250312
原文
Virtual lab powered by ‘AI scientists’ super-charges biomedical research- Nature (2024-12-04) | DOI: 10.1038/d41586-024-01684-3
- Helena Kudiabor
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