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中国の積極的な人材招聘政策が科学界にもたらした影響

千人計画のような人材プログラムによって、何千人もの研究者が中国に帰国した。 Credit: Li Ziheng/Xinhua/Alamy

中国出身のある材料化学者の経歴は、多くの研究者が思い描く理想的な道をたどった。匿名を希望するその研究者は、米国での博士研究員(ポスドク)から中国の大学の正教授の職に就き、数百万元(数千万円)規模の研究予算を獲得した。彼女は、海外の有能な研究者を中国に招聘(しょうへい)する政府主導のプログラム「若手千人計画(Thousand Young Talents Plan)」の一員として採用されたのである。

過去30年にわたり、海外で学んだり働いたりした何千人もの中国人研究者が、同様の人材採用プログラムを通じて帰国した。科学者らによれば、こうした採用者は多くの場合、潤沢な研究資金や優遇措置を受けており、彼らは中国の研究基盤に好影響をもたらし、国際競争力の向上に寄与してきたという。

香港大学(中国)で高等教育を研究するLili Yangは、帰国者が中国の研究の質・量・インパクトの向上に寄与してきたことが、複数の研究によって示されていると言う。彼らの多くが大学や政府機関で重要な地位に就いている。

しかし、こうした人材プログラムの採用者に与えられる研究資金やその他の優遇措置は、国内にとどまる若い中国人研究者の間で反発を引き起こしていると、南京大学(中国)でサイエンス・オブ・サイエンスを研究するJiang Liは言う。「彼らは多くの不満を口にしています」。

中国の科学分野での国際的地位が高まり、米国との地政学的緊張が増すにつれ、人材採用プログラムは中国国内で教育を受けた研究者にますます注目するようになっている。

研究資金と研究の独立性

1990年代後半以降、中国は、海外の研究者を招聘するための国家レベルの人材採用プログラムをいくつも実施してきた。これらに加えて、数百に及ぶ地方・地域のプログラムが存在する。最も大規模かつよく知られているのが、優れた研究者や起業家を狙った「千人計画(Thousand Talents Plan)」であり、その中には40歳未満を対象とした「若手」部門が設けられていた。

大まかな推計では、2018年までに、さまざまなプログラムを通じて1万6000人の科学者やハイテク起業家が中国への帰国を目的として招聘されていた。

研究者は、中国の研究機関から職のオファーを得た後に、こうした人材招聘プログラムに応募する。通常、登録ボーナスとして最低50万元(約1000万円)が支給され、政府および受け入れ機関からの数百万元(数千万円)の研究資金を利用できる。彼らはさらに、住宅手当を支給されたり、助成金申請の際に優遇措置を受けたりすることもある。

2010年代半ばごろ、千人計画の採用者は米国の政府機関の監視対象となった。米国側は千人計画を知的財産や企業秘密の流出経路と見なしていたが、確証のある事例はほとんどなかった。その後、中国政府はこのプログラムを「高度外国人材計画(High-End Foreign Talents Plan)」と改名している。

研究成果の増加

中国の人材プログラムの影響を調べる研究も行われている。2023年のある解析1によれば、2012〜2014年に若手人材プログラムに採用された帰国者は、海外に残った同世代の研究者よりも多くの論文を発表していることが示された。

しかし研究者らは、状況はもっと複雑だと指摘する。帰国者の科学的成果(人材プログラムで帰国した研究者のインパクトの代理指標となり得る)を広く調べた研究2によると、帰国者は海外に残った者よりも責任著者になる機会は多いものの、最上位の学術誌での論文発表は少なかったという。この研究の責任著者であるLiは、こうした人材プログラムに関する研究は、帰国者が必ずしも国際的に最高レベルの人材であるとは限らず、むしろキャリアの初期段階にある場合が多いことを示唆していると話す。

人材プログラムのおかげで、私は自分の研究グループを立ち上げるための巨額の資金を得ることができました

2020年の研究3では、帰国者が発表した論文は、中国国内の研究者が発表した論文よりも被引用数が多く、国際共同研究者との強い共著関係が維持されていることが示されている。この論文の共著者であり、オハイオ州立大学(米国コロンバス)で科学政策を専門とするCaroline Wagnerは、彼らが「中国の国際的評価を高めるのに貢献しました」と話す。

しかし、約300人の中国人帰国者を対象とした最近の解析4では、帰国後5年間で論文当たりの平均被引用数が減少したことが明らかになった。国際共同研究者の数や国際的な被引用数も時間とともに減少しており、著者らは、これらの統計は人材採用政策の成果に限界があることを示していると述べている。

中国科学界のリーダー

多くの帰国者が大学で重要な地位に就き、中には中国政府の科学政策の助言に関わった者もいるとYangは述べる。

政府の統計によれば、2023年時点で、帰国者は国家プロジェクトの責任者や国立大学の学長の70%超を占めていた。「学部長や学科長の多くが帰国者です」と、香港大学の科学政策研究者Yanbo Wangは言う。彼は、帰国者が中国国内の同僚との意見交換の機会を作り、国際的な研究者との架け橋の役割も果たしていると指摘する。

最初期に採用された世代は大きな独立性を享受したかもしれないが、その後、大学のポストは長期在任の研究者で埋まり、雇用機会はより競争的になったと、研究者らは言う。2017年にインペリアルカレッジ・ロンドン(英国)のポスドク職を離れて上海交通大学(中国)で准教授のテニュアトラック職に就いた化学者Shaodong Zhangは、「人材プログラムのおかげで、私は自分の研究グループを立ち上げるための巨額の資金を得ることができました」と言う。

Wangによれば、早い段階で帰国した人々は多くの恩恵を受け、独立性を享受したという。新たに帰国する人たちは、より厳しい競争とキャリア上のプレッシャーに直面している。「彼らはまだ順番待ちをしています」とWangは言う。

翻訳:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2025.251117

原文

How China’s bold talent recruitment has shaped science
  • Nature (2025-07-29) | DOI: 10.1038/d41586-025-02336-w
  • Smriti Mallapaty

参考文献

  1. Shi, D., Liu, W. & Wang, Y. Science 379, 62–65 (2023).
  2. Zhao, Z. et al. J. Infometr. 14, 101037 (2020).
  3. Cao, C., Baas, J., Wagner, C. S. & Jonkers, K. Sci. Publ. Policy 47, 172–183 (2020).
  4. Zhang, Y., Lawson, C. & Ding, L. Ind. Innov. https://doi.org/10.1080/13662716.2025.2499535 (2025).