News in Focus

タイリング可能な新しい形状群を発見!

オウムガイのらせん状の殻の隔室は、三次元(3D)のソフトセルによって説明できる。 Credit: James L. Amos/Getty

オウムガイの象徴的ならせん状の殻の内部に並ぶ隔室から、植物の密集した種子まで、自然界でよく見られる形態を特徴付ける新たな種類の形状が、このたび数学者たちによって報告された。

今回の研究は、図形(タイル)による平面の敷き詰めを考える「タイリング(タイル張り)」という数学的概念について検討したものである。同じ形のタイルで平面を埋め尽くすという問題は、いにしえの時代から徹底的に調べられてきたため、新たな発見の余地はもう残っていないと考えたくなるところだ。しかし今回、ブダペスト工科経済大学(ハンガリー)の数学者Gábor Domokosらは、丸い角を持つ一連の「ソフトな」形状が、タイリングを可能にする新たな幾何学的要素であることを明らかにし、これらのタイル形状を「ソフトセル」と名付けた(G. Domokos et al. PNAS Nexus 3, pgae311; 2024)。

「単純に、これまで誰もやっていなかったことなのです」と米国立数学博物館(ニューヨーク市)の数学者Chaim Goodman-Straussは言う。彼は今回の研究には関わっていない。「まだ検討されていない基礎的なことがどれだけ多いか、本当に驚かされます」。

平面、すなわち二次元(2D)空間を隙間なく埋めることができるのが、正方形や六角形といった特定の多角形のみであることは、数千年以上前から知られていた。一方、周期性を持たずに空間を埋めるタイリング(ペンローズタイリングなど)は、1980年代に非周期的な構造を持つ「準結晶」が発見されて以来、注目を集めている。2023年には、1種類のタイル形状だけを用いた、真の周期性を欠く初の準周期タイリングが、Goodman-Straussらによって発表された(D. Smith et al. Comb. Theory https://doi.org/njvf; 2024)。

角を避ける

こうした流れの中、Domokosらは今回、原点とも言える周期的な多角形タイリングに立ち返り、いくつかの角を丸めたらどうなるのか検討した。2D空間では、全ての角を丸めると隙間は必ず残ってしまう。だが、一部の角を丸くし、残りの角を先端が細く尖った「カスプ形状」にすれば、2D空間の充塡は可能になることが見いだされた。こうしたカスプ角の内角はゼロである。これは、ティアドロップ形状の尖った部分のように、端部が曲線と接線の接点となるからで、この形状は丸い角の隣にぴったりとフィットする(「ソフトタイリング」参照)。

SOURCE: REF. 1

Domokosらは次に、2Dの多角形や三次元(3D)の多面体(発泡体の泡など)といった幾何学形状を、滑らかにソフトセルへと変換するアルゴリズムを考案し、こうしたルールによって許容され得る形状の範囲を調べた。その結果、2Dでは選択肢が極めて限られ、全てのタイルが少なくとも2つのカスプ角を持たなければならないことが分かった。ところが、3Dで「ソフトネス(ソフトさ)」を導入したところ、待ち受けていたのは驚きの結果だった。なんと、角を1つも持たないソフトセルだけで、3D空間を隙間なく埋められることが示されたのである。

さらにDomokosらは、空間充塡が可能なそれらの3Dタイルのソフトネスを定量化できる指標を考案し、それを用いてこれらの形状を評価した。すると、最もソフトな形状は、コンパクトなものではなく、端部でフランジ(帽子のつば)に似た円形の「翼」が、多くの場合サドル(馬の鞍)状のタイル面から伸び出たような形状であることが明らかになった。実際、形状の要素として最もソフトなのは円形のディスクであり、3Dタイルのフランジはこれに近い。

折れ曲がりのコスト

Domokosは、いかなる多面体タイリングにも、それに対応した、可能な限り最もソフトな独特のタイリングが存在すると考えている。そして現実の材料では、こうした最適条件が、例えば端部の曲げエネルギーや界面張力といったものに関する物理量を最大にすることになるだろうと推測する。この「最大ソフトネス予想」の証拠は現時点ではまだ得られていないが、Domokosは「もっとずっと頭の良い誰かが、研究を続けて証明してくれるといいですね」と期待する。

研究チームは、今回のソフトタイリングの例を、網状河川が作り出す島の2D形状、玉ねぎの縦断面、生体組織中の細胞、オウムガイなどの海生軟体動物の殻の3D隔室など、さまざまな自然界の形状に見いだした。自然は一般に角を避けようとするが、それは、角という折れ曲がり形状はひずみエネルギーのコストが高く、構造的脆弱性の原因になり得るからだとDomokosらは考えている。

古代の幾何学

オウムガイの殻の構造を調べたことが、今回の研究のターニングポイントになったとDomokosは振り返る。この殻は、断面にすると、隔室が2つのカスプ角を持つ2Dソフトセルのように見える。しかし、今回の論文の共著者である、同じくブダペスト工科経済大学のKrisztina Regősは、実際の3D隔室には角が全く存在しないのではないかと疑った。「それを聞いた時は、信じ難いことだと思いました」とDomokos。「ですが、後に彼女が正しかったことが分かったのです」。

今回の解析で用いられた数学が、数世紀前から知られているものであったことを考えると、ソフトセルという概念をこれまで誰も形式化しなかったことは意外に思えるかもしれない。Goodman-Straussは「ソフトな角という概念は、幾何学者がこれまで考えもしなかった領域としては十分に大きなものでしょう」と語る。

Domokosは、「多角形タイリングや多面体タイリングの世界は、既にとても豊かで魅力的なので、数学者たちは探索の場を広げる必要がなかったのです」と言う。彼はまた、新しい洞察を得るには、確立された幾何学的手法だけでなく高度な数学や最先端の計算が要求される、という共通認識があったためではないかと推察する。

デザインのインスピレーション

Goodman-Straussは、今回の研究は「構造を記述する言語の一種」をもたらすものだと評価しつつも、おそらく、自然界でそうした構造が形成されることの根底にある新しい物理的原理までは、まだ明らかにできないだろうとみている。例えば、河岸の形状を理解するには、流れや堆積物運搬、侵食の役割などの第一原理から、物理的過程を検討することが必要になると考えられるからだ。

Domokosらによると、ザハ・ハディッドなどの建築家は長らく、美的または構造的な理由から、角を避けたり最小限にしたりするために直感的にソフトセルを用いてきたという。彼と、また別の共著者であるオックスフォード大学(英国)のAlain Gorielyは、今回の論文を完成させた後に、カリフォルニア美術大学(米国サンフランシスコ)の建築家たちとコラボレーションして、ソフトセル要素を用いた構造物を考案した。これらの要素は、卵殻という、それ自体がこの上なくソフトな形状をした素材から作製されたもので、2024年度のバイオデザインチャレンジにおいて優秀科学賞を受賞した。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2025.250107

原文

Mathematicians discover new class of shape seen throughout nature
  • Nature (2024-09-20) | DOI: 10.1038/d41586-024-03099-6
  • Philip Ball