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サイボーグ線虫

線虫の一種Caenorhabditis elegansの走査型電子顕微鏡(SEM)画像。 Credit: Steve Gschmeissner/Science Photo Library/Getty

ある科学者チームが、人工知能(AI)を体長1 mmの線虫の神経系に直接つなぎ、AIに線虫をおいしい目標物へと誘導させることに成功した。脳とAIの興味深いコラボレーションをやってみせたのだ。

AIの訓練には深層強化学習が用いられた。AIに囲碁などのゲームを習得させるために使われるのと同じ方法だ。人工ニューラルネットワーク(生物の脳を大まかに模したソフトウエア)は一連の動作と結果を解析し、AI「エージェント」が環境と対話して目標を達成するための戦略を引き出す。

Nature Machine Intelligenceに発表された今回の研究では、4 cmのシャーレの中で体長1 mmの線虫の一種Caenorhabditis elegansをごちそう(具体的には大腸菌)へと誘導するようにAIエージェントを訓練した。全ての線虫の頭と体の位置および向きを近くに設置したカメラで記録。エージェントは毎秒3回、直前の15フレームの情報を受け取り、それぞれの瞬間の過去と現在の感覚をつかんだ。エージェントはまた、シャーレに向けた照明をつけたり消したりできた。C. elegansの遺伝子は「オプトジェネティクス」という手法で操作されており、特定のニューロンが光に反応して活性化あるいは不活性化し、時折、動作を引き起こした。

研究チームは、光感受性ニューロンの数が1個から302個(線虫が持つニューロンの個数)まで幅がある6つの遺伝系統をテストした。光刺激に対する応答は系統ごとに異なり、例えば向きを変える系統もあれば、変えない系統もあった。研究チームはまず5時間にわたって線虫にランダムに光を当てて学習用データを収集し、これをAIエージェントに入力してパターンを見つけさせた後、エージェントを自由にした。

5系統でAIエージェントの効果あり

6系統のうち5系統(全てのニューロンが光感受性を持つ系統を含む)に対し、AIエージェントは、線虫に光を当てない場合やランダムに当てた場合よりも速く、それらを目標物に向けさせられるようになった。その上、エージェントと線虫の協力も見られた。エージェントが線虫を目標物に真っすぐに向かわせようとするものの、その経路上に小さな障害物があると、線虫はそれらを迂回して進んだのだ。

サイボーグ昆虫を研究するクイーンズランド大学(オーストラリア)のT. Thang Vo-Doanは、今回の研究の方法がシンプルである点を評価する。強化学習は柔軟性があり、それに基づくAIは複雑な作業を実行する方法を考え出せる。論文の筆頭著者であるハーバード大学(米国)の生物物理学者Chenguang Liは「今回の研究がより困難な問題にどのように拡張されるかを容易に想像できます」と言う。Liのチームは現在、パーキンソン病に対する脳深部刺激療法を彼らの手法を用いて電圧やタイミングを調整することで改良できるかどうか調べている。いつの日か、強化学習と電極移植を組み合わせることで、人工と本物のニューラルネットの統合という新たな技術がもたらされるかもしれないとLiは言う。

翻訳:鐘田和彦

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2025.250124a