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氷河学者が注視するチベット高原

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120709

原文:Nature (2012-04-05) | doi: 10.1038/484019a | Glaciologists to target third pole

Jane Qiu

チベット高原は地球上で3番目に多くの氷が貯蔵されている「第三の極」だ。ここの氷河に気候変動がどう影響しているかを探るため、アジアを中心とした国際プログラムが開始される。

地球上で最も高い場所にある氷河の健康状態をめぐって論争が起きている。この論争を解決するため、国際研究チームが、チベットとその周囲の山々の頂にある氷のバイタルサインを測定する長期的なキャンペーンを開始しようとしている。

4万6000あまりの氷河が存在しているこの地域は「第三の極」として知られ、南アジアと中央アジアの約14億人の人々に水を供給している。多くの気候研究から、この地域の氷が急速に消えつつあることが示唆されている一方で、それほど悲惨な事態にはなっていないという測定結果もある。Third Pole Environment(TPE)プログラムは、この地域の25の氷河のモニタリングを通じて気候変化の影響を評価しようとする国際的な取り組みである。TPEのプロジェクトリーダーたちは、今後数週間で、観測を行う25の氷河を選定する予定だ。そして2012年中に、アジアの研究者たちが率いる研究チームが、1年に2回ずつ氷河を調査すると同時に、人工衛星を使った測定結果を利用して、氷河の質量収支(降雪による氷の蓄積量と昇温による融解量の差)の変化を探る研究を開始する。

観測所は、高度、地形、地理的条件、気候、氷を覆う破片のタイプなど、氷河の運命を左右する要因を明らかにするために適した場所が選定される。研究チームは、それぞれの観測所での観測手法を標準化し、「第三の極」のさまざまな場所の氷河が気候変化にどのように応答し、何がその変化を促しているかを見極めたいと考えている。

「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の2007年の報告書では、ヒマラヤの氷河は早ければ2035年にも消滅するおそれがあると見積もられていた。しかし、その主張には根拠がないことが明らかになっている。エネルギー資源研究所(インド・ニューデリー)の氷河学者Shresth Tayalは、「実際のところ、氷河がどのような健康状態にあるのか、まだはっきりしていないのです」と言う。研究者たちは近年、人工衛星を利用して、この地域の氷河の表面と終端点を監視する手法に頼ることが多い。しかしながら、20年にわたって氷河の質量収支の現地調査を行ってきたITPの氷河学者Tian Lideは、「この手法では、誤った結論に達するおそれがあります」と言う。「この手法で観測した場合、氷河のなかには、表面積が変わっていないと思われるものや、増えていると思われるものさえあります。しかし実際には、氷河は縮小しているのです」。

2010年、Gravity Recovery and Climate Experiment(GRACE)衛星という人工衛星を利用したミッションで、「第三の極」の氷が1年当たり約500億tずつ融解していることが明らかになった1。しかし、2012年に発表されたGRACEのデータの分析結果2は、全体的に見ると、アジアの高地の氷河の縮小ペースはこれまでの見積もりのわずか10分の1であり、チベット高原の氷河は、平均するとむしろ拡大していることを示唆していた。

真実を求めて

多くの氷河学者はGRACEの最新の調査結果について懐疑的である。国際総合山岳開発センター(ネパール・カトマンズ)のリモートセンシングの専門家Pradeep Moolは、「人工衛星のデータが、数十年にわたって野外調査を行ってきた大勢の氷河学者の経験に真っ向から反しているなら、その有効性を疑わなければなりません」と言う。

25の氷河を詳細に分析するだけでは論争を解決することはできないが、「よい出発点にはなります」と、名古屋大学の氷河学者の藤田耕史は言う。カナダ環境省(ケベック州ガティノー)の水文学者で、この研究に参加しているDaqing Yangは、研究チームは氷河の質量収支を評価するだけでなく、複数の包括的な観測を通じて天候と日射量のモニタリングを行い、雪や土壌や氷の性質も測定する予定であるという。研究チームは、高地の総積雪量を測定する方法も試すことになっている。

ラトガーズ大学(米国ニュージャージー州ニューブランズウィック)の気候学者Imtiaz Rangwalaは、TPEプログラムには関係していないが、今回設置される観測所は、高地の気候変化に関する差し迫った問題を解決するのに役立つ可能性があるという。高地は低地より急速に温暖化することが多くの気候シミュレーションから示唆されているが、Rangwalaとその同僚のJames Millerは、2012年3月に、多くの山岳地域はそうした明確なパターンには従っていないと報告している3。Rangwalaは、このキャンペーンは「山岳研究における知識の大きなギャップに橋をかけるでしょう。ほかの高地観測所が資金不足のために廃止されるおそれがある今、大きな期待がかかっています」と言う。

(翻訳:三枝小夜子、要約:編集部)

参考文献

  1. Matsuo, K. & Heki, K. Earth Planet.Sci. Lett. 290, 30-36 (2010).
  2. Jacob, T., Wahr, J., Pfeffer, W. T. & Swenson, S. Nature 482, 514-518 (2012).
  3. Rangwala, I. & Miller, J. Clim. Change http://dx.doi.org/10.1007/s10584-012-0419-3 (2012).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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