銀河中心を探る硬X線宇宙望遠鏡
宇宙で最も激しいイベントを、これほど安く観覧できる時代が来ると誰が予想しただろうか。米航空宇宙局(NASA)が打ち上げるX線観測衛星「NuSTAR」は、超大質量ブラックホールの周辺で生まれる高エネルギーX線光子を観測する。費用は1億6500万ドル(約133億円)で、宇宙望遠鏡の相場からすれば非常に安上がりだ。打ち上げは今年3月に予定されていたが、ロケットのソフトウエアの問題で延期され、現在は6月の予定。NuSTARは、ジェット機に搭載されて空中で発射されるペガサスロケットで、地球周回軌道へと打ち上げられる。
NuSTARは未開拓のスペクトルの領域を観測する。1999年に打ち上げられたチャンドラX線観測衛星などは、低エネルギーの軟X線を観測している。一方で、2008年に打ち上げられたフェルミガンマ線宇宙望遠鏡などは、ガンマ線を観測している。NuSTARは、これらの中間にあたる5~80キロ電子ボルトの硬X線を観測する。NuSTARは多くの革新的な装置を備えており、カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)の天文学者で、計画の研究責任者であるFiona Harrisonは「この領域の高エネルギーX線を解像できる最初の機会となるでしょう」と期待する。
硬X線はよく知られているように、焦点に集光することが難しい。金やイリジウムなど高密度の金属でコーティングした鏡でさえ、硬X線は反射せずに透過してしまうからだ。Harrisonらは新しい材料を開発した。それは数百層の薄い金属膜をサンドイッチにしたものだ。ハーバード・スミソニアン宇宙物理学センター(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の天文学者で、チャンドラX線観測衛星の責任者であるHarvey Tananbaumは「これは重要な技術的ブレークスルーです。このエネルギー領域でこれほど高い感度を実現したのは初めてです」と話す。
それでも、X線は透過力が強く、浅い角度でしか反射させることができない。このため、円錐形の鏡を、入れ子になったマトリョーシカ人形のように幾重にも重ねて配置した。こうして端にある検出器に光子を集める。光学系は2つのユニットからなり、1つのユニットは133枚の円錐形の鏡からなる。この結果、NuSTARの感度(集光面積)はチャンドラを上回ることになった(図参照)。
NuSTARの光学系は、光を浅い角度で鏡に入射させるため、焦点距離が長くなる。このため、通常なら衛星が大きくなって費用もかさむ。チャンドラはスペースシャトルの貨物室にかろうじて入る大きさで、費用は20億ドル(約1600億円)だった。一方、NuSTARは約10mと小さめだが、シャトルよりずっと小さなペガサスロケットに載せなければならない。その解決法はこうだ。NuSTARは、折りたたみ可能なトラス構造のマストを備え、低地球軌道に入ってから、それを本来の長さの約10mに伸ばすのだ。この作業には26分間かかり、天文学者たちにとって最も気がかりな時間となるだろう。
NuSTARは、活動銀河核を重点的に調べる予定だ。活動銀河核は銀河の明るく輝く中心部分で、超大質量ブラックホールの周囲を回る高エネルギー粒子が、X線を放っている。NuSTARは、最も透過性の高い波長域のX線で観測するので、これまで塵や高温ガスのために見えなかった新たな活動銀河核を見つけることができるはずだ。その数は数百個と見積もられている。
欧州宇宙機関(ESA)のX線観測衛星「XMM-Newton」は、1999年に打ち上げられた。この大型X線望遠鏡が、NuSTARと協力して活動銀河核を調べることになっている。2つの宇宙望遠鏡は、銀河中心のブラックホールの自転のために生じるX線スペクトルの歪みを探しだす予定で、そこから「一部の活動銀河核のブラックホールは、どうやって太陽の数十億倍の質量に成長したのか」という問題を解く手がかりが得られるかもしれない。つまり、銀河の合体でほかの活動銀河核を飲み込むことで成長したのか、それとも、活動銀河核を擁する銀河から少しずつ物質を取り込んで成長したのか。
XMM-Newtonは、その観測可能時間の10%をNuSTARとの共同観測にあてる。
「このことは、この共同観測がX線天文学者にとってどれだけ重要かを示しています」と、XMM-Newtonの計画責任科学者である、欧州宇宙天文学センター(スペイン・マドリード)のNorbert Schartelは話している。
翻訳:新庄直樹、要約:編集部
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 6
DOI: 10.1038/ndigest.2012.120615
原文
Spacecraft aims to expose violent hearts of galaxies- Nature (2012-03-15) | DOI: 10.1038/483255a
- Eric Hand
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