Editorial

針のむしろのジャーナリズムと、科学者の使命

マスコミは科学に対して無知である。実例の1つくらい誰だって挙げることができる。特に英国はひどい。ばかげた記事(風力発電所が宇宙人の攻撃を受けたといった話)から、無責任な記事(小児へ予防接種すると自閉症になるといった話)まで、まるでウソの博覧会のようだ。

もちろん他の国々にも似たような話はある。特に米国では、右翼系のラジオ局やケーブルテレビ局が、地球温暖化から創造説まで、ありとあらゆる問題について反科学的な見解を日常的に垂れ流している。また、ドイツの幹細胞科学者とフランスの遺伝子組み換え作物研究者は、科学的証拠を検討したと言いつつも実際には全く理解していないジャーナリズムから、ひどく責め立てられた。それでも、タブロイド紙が中心となって、不快きわまりない取材を展開している英国よりはましだ。だから今、これまでになく厳しい精査が英国で進められているのだ。

ブライアン・レベソン控訴院判事を委員長とする独立調査委員会は、報道の基準と倫理について調査を進めており、多くの人が注目している。きっかけとなったのは、すでに廃刊となった「ニュース・オブ・ザ・ワールド」紙による違法な電話盗聴事件だ。司法調査の対象は、かなり広範囲に及んでおり、調査委員会の顧問であるRobert Jay王室顧問弁護士は、この調査の冒頭での挨拶で、一部のマスコミが証拠に基づかない解説をしたり、また科学的方法を用いない報道をしたりしたために、実質的な被害が生じている証拠を科学コミュニティーからも提供してほしいと希望した。しかし、ロンドンに本部を置く科学支援組織Science Media Centreが行った調査では、提出計画はたったの1件しかなく、この団体も独自に証拠を提出することを決めたほどだ。せっかくの機会がむだになろうとしている。

英国政府の元広報戦略局長Alastair Campbellは、レベソン委員会で「事実の有無を問わない意図的な報道」について証言し、問題をうまく整理した。Campbellは、メディアが、自閉症と予防接種が関係すると決めてかかって報道していたことを明らかにした。そして、気候変動については「危険」から「人類は絶滅する」までの幅があったこと、アイスランドの火山灰の際の航空機飛行は「危険でない」という立場に立っていたこと、鳥インフルエンザについては「人類は絶滅する」という立場であったことを示した。

意図的な報道は、かなり根深いところにある。Total Politics誌が発表した「2011年英国政治ジャーナリストベスト100」で14位にランクされたのが、サンデーテレグラフ紙のコラムニストChristopher Bookerだ。しかし、Total Politics誌は、Bookerが「地球温暖化の懐疑論者」であることに不満なのでそのことをあからさまにせず、受動喫煙とアスベストの発がん性を立証する証拠は「存在しない」という彼の主張をランキング選定理由にした。

このように、物事の正確さよりも主張のほうに重きを置くジャーナリズムは、科学者が考える以上に蔓延している。さらに有害なのは、ニュース編集者が、科学的見解とは無関係に、受け狙いの文章を陰で記者に要求していることだ。

レベソン委員長に提出された証拠によれば、こうした扱いを受けているのは科学だけではない。留守番電話の盗聴という屈辱を味わった人々もいれば、行方不明の子どもや殺害された子どもの親は、露骨で悲惨な虚偽報道を受けているのだ。

こうした被害者と科学が異なるのは、科学には対応手段があるところだ。怪しい科学的主張や疑わしい知見が発表されると、瞬時に批判が生まれる。それらが、インターネット、ブログ、ツイッターを通じてすぐに伝わる時代になった。主流マスコミも、この並列的なジャーナリズムへの認知度を高めており、実際のマスコミ報道において、ブログが端緒となった記事も増えている。

オンライン解説も無力ではない。誤り、矛盾、混同を指摘し、抗議すれば、たとえマスコミでも答えざるをえない。事実よりも意図を優先させるマスコミと消耗戦をやっても、彼らの基盤を奪うことはできない。しかし、彼らがそれよりもっと大事にしているもの、すなわち、その存在意義とそこから生じる有害な影響力は、確実に、突き崩すことができる。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120328

原文

The press under pressure
  • Nature (2011-12-08) | DOI: 10.1038/480151a