大学での実験事故を刑事告発
2008年12月、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で、23歳の化学研究者Sheharbano Sangjiが実験中の事故でやけどを負い、死亡した。その後UCLAは、カリフォルニア州の労働安全衛生局から約7万ドル(約540万円)の罰金を科せられ、その安全指針も厳格化している。だが、事故から3年が過ぎた2011年12月27日、彼女の指導教官だった有機化学者Patrick Harranとカリフォルニア大学が告訴された。ロサンゼルス地方検察局が、「労働安全衛生基準の意図的な違反により被用者を死亡せしめた」として、Harranとカリフォルニア大学理事を、それぞれ3つの訴因につき刑事告発したのだ。
Harranには逮捕状が出ている。Harranの弁護士がLAタイムズ紙に語ったところによると、彼は当局に出頭するつもりだという。一方、検察局のスポークスマンは、同紙に、有罪となれば、Harranは最長で懲役4年6か月、UCLAはそれぞれの訴因につき最高150万ドル(約1億2000万円)の罰金が科せられるだろうと語った。これに対してUCLAは声明文を発表し、「著しく正義に反する告発に対して、断固対決する所存である」と反論した。
2008年12月29日、Sangjiは、t-ブチルリチウムという反応性の高い液体を注射器で瓶から吸い出そうとしていた。このとき、注射器が壊れて液体が自然発火し、彼女の着衣に燃え移ってしまった。白衣を着用していなかった彼女は第3度熱傷(皮膚全層の壊死)を負い、病院に搬送されたが18日後に死亡した。
この事故をきっかけに、全米の大学で実験室の安全基準の改善を求める声が上がった。しかし、Sangjiの死で、UCLA以外の大学の研究室リーダーや実験を行っている研究者の行動が変化したようすはあまりみられない。この点については、2011年4月にエール大学(米国コネティカット州)で起こった学生の死亡事故後に、Natureが実験室の安全に関する記事で述べたとおりである(Nature ダイジェスト2011年7月号21ページ参照)。
今回、ロサンゼルス地方検察局が刑事告発に踏み切ったことで、各大学の姿勢が改まるかもしれない。「この告発で流れが変わると思います。刑務所行きになる可能性があることが認識され、研究室での事故の責任についての考え方に大きく影響することでしょう」と、実験室安全研究所(米国マサチューセッツ州ナティック)のJim Kaufman所長は言う。
実際、英国では、刑事告発への懸念が変化を強く後押しした。約25年前にサセックス大学(ブライトン)で、化学実験室での爆発により学生の腹部に金属片が刺さるという事故があり、大学が過失について刑事告発されたのだ(学生は後に回復した)。インペリアル・カレッジ・ロンドンの化学者Tom WeltonはNatureに、この事故が英国の実験室の安全基準に及ぼした影響は非常に大きいと語った。
UCLAが発表した声明文によると、労働安全衛生局が同大学に罰金を科した際の調査では、「大学側に意図的な違反はみられない」とされていたという。同大学は、「恐ろしい犯罪行為の主張の根本となるような事実は皆無」であり、刑事告発という地方検察局の決定は「全くもって理解しがたい」と主張している。UCLAは、この声明文以外のコメントを出すことを拒否している。
米国化学会の前安全部門長であり、現在はNational Registry of Certified Chemist(米国公認化学者登録所)の常任理事であるRuss Phiferによれば、米国の大学の研究室で起きた事故について刑事告発にまで発展したのは、これが初めてだという。「私は、カリフォルニア大学やHarranが裁判を受けても、なんの利益もないと思います」とPhiferは言う。この訴訟は、Harranがほかの研究室のリーダーに、この事件や化学実験の安全性について語るなど、相当量の地域奉仕活動に同意するといった方法で、裁判が開かれる前に解決できるだろうというのが彼の意見だ。
Phiferは、Sangjiの死が警告となって人々はすでに目を覚ましており、今回の刑事告発は実験室の安全確保に向けた一連の動きの1つにすぎないと考えている。しかし、カリフォルニア工科大学の化学者Paul Bracherは、ChemBarkのブログで、「この刑事告発がきっかけとなって、これまで実験室の安全について真摯に考えてこなかった大学が重い腰を上げるのかは怪しいものだ」と言っている。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2012.120302
原文
Chemist faces criminal charges after researcher's death- Nature (2011-12-28) | DOI: 10.1038/nature.2011.9726
- Richard Van Noorden
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