デンマーク技術委員会を継続せよ
20世紀は、民主主義と科学技術の両方が強い国家や社会が、経済的、文化的優位性を手に入れた時代だった。21世紀に入っても、この方程式が輝きを失う兆しは見られない。アラブ世界や開発途上国でも、民主主義と科学は確実な地歩を築いている。しかし、科学の進歩が倫理的問題や環境問題を引き起こしている点もまた、否定できない。
デンマークは小国ながら技術先進国であり、2012年1月からは欧州連合の輪番制議長を務めている。この国はまた、新規技術のリスクと社会への影響を評価する参加型制度の先駆者である。その科学と技術に関する一般市民の考え方や期待度の調査を主導してきたのが、デンマーク技術委員会(DBT)だ。ところが、デンマークの新政権は、愚かにも、このDBTを解散しようとしている。DBT解散計画は、ヨーロッパの科学政策システムの非常に重要な要素を破壊してしまう危険性をはらんでいる。
DBTは、1986年にデンマーク議会の諮問機関として設立されたが、その活動はデンマーク国内に限定されていない。例えば、2009年には、世界38か国、約4000人の住民を対象として、気候変動に対する考え方に対して、コミュニケーション活動がいかに影響を与えるか、広範囲にわたる研究を実施した。この「地球温暖化に関する世界市民会議」プロジェクトでは、単なる意識調査を超えて、気候変動の科学と経済性に関する広範な情報が参加者に提供された(www.wwviews.org参照)。当初多かった気候変動についての懐疑的な見方や疑念は、会議が重ねられるうちに少なくなり、気候変動が現実の問題であって、速やかな対応が必要だというコンセンサスへと導かれた。
現在、DBTは、デンマークの交通システムの持続可能性、合成生物学に関連する危険性、新しい情報通信技術を使って政府サービスを実施する際のセキュリティー問題などに取り組んでいる。また、国際的には、2012年にインドで開催される生物多様性に関するリオ+20サミットのために、政策報告書「World Wide Views on Biodiversity」を作成することになっている。
DBTが解散すると、こうしたプロジェクトや現在実施中の評価活動の大部分が立ち消えになってしまう。2011年9月の議会選挙後に樹立されたデンマークの現政権は、3つの中道左派政党による連立政権である。2012年度予算の厳しい削減圧力から研究・教育予算を守ることを決意し、皮肉にも、年間約1000万デンマーク・クローネ(約1億4000万円)のDBT予算をこれに充当するという方針を決めた。金融危機で仕方ない面はあるが、このことで、デンマークの社会と政府は、国民のテクノロジーアセスメントや科学への参加手段を失うこととなり、その損失は、目先の削減金額をはるかに上回ることを知るべきである。
高齢化社会、気候、エネルギー、生物多様性などの諸問題への取り組み方について、多くの国々が、デンマークからヒントを受けている。また、DBTは欧州連合の資金による総額540万ユーロ(約5億4000万円)のPACITAプロジェクトを主導しており、市民参加によるテクノロジーアセスメントを拡大しようとしている(www.pacitaproject.eu参照)。アジアでもDBTへの信奉者は増えており、例えば中国と韓国の政策立案者は、デンマークが世界に先駆けて採用した参加型テクノロジーアセスメントを取り入れる姿勢を強めている。
DBTを残すべきなのは明白だ。DBTの今後の方向性としては、その分析サービスを広げて、国際的な評価活動、例えば、現在進行中の生物多様性への取り組みなどに適用することがある。国内的には、議会だけでなく、市町村から国レベルまでの政策決定者のためにも貢献すべきだ。また、予算の削減は避けがたいので、外部資金によるプロジェクトに重点的に取り組むべきであろう。
民主的な制度であるDBTは、その小さな規模と地味な名称から連想される以上に、科学のために役立ってきた。デンマーク内外の科学者と科学関係学会は、この制度に対する支持を表明すべきだ。そして、デンマークの国会議員や現政権の若い科学大臣Morten Ostergaardは、そのことを心にとどめおくべきだ。
翻訳:菊川 要
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2012.120329
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