包み隠さず公表することが最善の道
水圧破砕、別名「フラッキング」は、地中に流体を高圧で注入して地質系統を破壊し、天然ガスや原油を採取する技術である。この技術は天然ガス業界に革命をもたらしたが、近年、いろいろと物議をかもしている。そのため、2月にテキサス大学オースチン校(米国)の環境専門家が研究報告書を公表し、フラッキングによる地下水汚染の証拠が見られないことを明らかにしたとき、Nature(2012年2月23日号445ページ参照)を含めて、報道機関は大きなニュースとして伝えた。その際、研究報告は独立性の担保された分析だと評価された。
ところが7月下旬、この研究報告書の主著者が、フラッキングを活発に進めているエネルギー会社の取締役であり、高額の報酬を得ていたことが明らかになった。
関与を申告しなかったことは、決定的に不幸な過ちだった。また、きわめて残念なことは、この過ちを犯したテキサス大学オースチン校のアソシエートディレクターであるチャールス・「チップ」・グロートが、尊敬を集めるベテラン科学者であり、しかもクリントン、ジョージ・W・ブッシュ両政権下で米国地質調査所の所長を務め、エネルギー開発のような政治的にも感覚的にもデリケートな問題において、その役目を十分に理解できるだけの経験を積んだ人物だった点である。
それにもかかわらず、グロートは、 Plains Exploration & Production Company(本社:米国ヒューストン)の株式を相当数保有し、2011年に同社から40万ドル(約3200万円)以上の報酬を受け取っていたことを開示しなかった。彼は、ブルームバーグニュースに対する7月23日付の声明の中で、同社の取締役会での地位について開示することは「研究との関連において、意味のある情報だとは思わなかった」と語った。
グロートは、彼の取締役会での地位が、研究結果に影響を及ぼしたことはないし、彼自身も共同研究者の発見に口出ししたことはない、と話している。グロートたちの研究では、フラッキングによる地下水の汚染を示す証拠は得られなかった。この技術は数十年間も利用されてきており、適正な利用がなされており、安全であり、環境に対するリスクもほとんどないことが、この研究報告書で示唆されていた。
科学者は、今でも矛盾する証拠の取捨選択を続けているが、今日知られている事柄から考えれば、この研究報告書の全体的な結論には合理性が認められる。そして、グロートが自らの役割について示した説明も、妥当なように思われる。しかし、それだけに、彼が産業界とのつながりを包み隠さず開示する必要があったといえる。
このつながりが、非営利監視団体Public Accountability Initiative(米国ニューヨーク州バッファロー)によって暴露された後、テキサス大学オースチン校の当局者は、問題とされた研究を審査する計画を発表した。しかし、たとえ、この審査によってグロートの研究チームの疑いが晴れ、研究による知見にお墨付きが得られたとしても、スキャンダルという汚点が消える可能性は低い。この研究報告書は、フラッキングをめぐる混乱を解消できず、むしろ助長していくことになるだろう。
多くの分野の専門家は、そのキャリアを通じて、産官学を渡り歩く。大学が、産業界とのコネのある者を要職から排除することはできないだろうし、また、排除したいとも思わないだろう。官界でも事情は同じだ。また、適切な保護措置が実施されているかぎり、大学が産業界から寄付金を受けて研究を実施すること自体に、何の問題もない。
ただし、ここで重要になるのが透明性である。それは、透明性こそが、研究機関と市民との信頼関係を広げるための基盤となるからだ。混乱を引き起こし、矛盾をはらみ、扇動的な情報が氾濫しているようなとき、透明性は特に重要となる。国民が必要とし、科学者が提供しなければならないのは、研究方法とそれに不可避なバイアスに関して、信頼に足る率直な情報である。これに関して、国民は、全面公開を必要としているのだ。
翻訳:菊川 要
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2012.121128
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