Do-It-Yourself で眼を作ろう
Nature 2011年4月7日号には、マウスES細胞(胚性幹細胞)から眼が形成されるようすを記録した一連の素晴らしい動画が公開されている(本記事最後にURL)1。これは、世界で初めて、哺乳類の眼の発生初期に起こる美しく精緻な出来事を、時間を追って観察したものだ。しかも、動物生体内での記録ではなく、ES細胞の三次元(3D)培養で、細胞が自発的に複雑な構造を構築する「自己組織化」によって形成されたものであり、非常に注目を集める研究だ。
ヒトの胚発生では、眼は神経板前方の眼領域とそれを覆う表層外胚葉から形成され、6週目までに眼杯と呼ばれる原基が観察できるようになる。眼杯は、内外2つの細胞層からなる杯状の構造で、水晶体胞(将来の水晶体)を部分的に包み込む形をしている(図1)。その後、眼杯の内層から、神経網膜の複雑な多層構造が発達し、それとともに、光を感知する光受容細胞(視細胞)が介在ニューロンを介して網膜神経節細胞へ接続する。神経節細胞の軸索突起は、脳の高次視覚中枢へ投射される。
胚期の眼の発生機構に関する研究は100年以上前に始まった。発生生物学の創始者の1人であるハンス・シュペーマンは、眼胞(その後の発生過程で眼杯になる構造)を破壊すると水晶体(レンズ)が形成されないことを示した。これは、最も重要な実験の1つである。水晶体が形成される表層外胚葉と、その内側にある眼胞との相互作用は、胚誘導の典型例だと考えられている。胚誘導とは、胚内のある細胞集団が、隣接する別の細胞集団にシグナルを送って、その集団の発生に影響を及ぼすプロセスである。すでに、眼杯の形成に不可欠な一群の遺伝子が見つかっており、その多くは転写因子や成長因子をコードしている。
こうした眼のような複雑な器官を培養ディッシュで形成させることは、実現にはほど遠いと考えられていた。ところが、はるか遠くにあると思われたこの再生医療のチェックポイントは、今や着実に近づきつつある。過去10年には、アフリカツメガエルで眼形成にかかわる転写因子を発現させると、体に沿った異常な場所に眼が形成されるという、刺激的な研究発表があった2。また、ヒトES細胞を網膜細胞系列へと分化させ、網膜色素上皮(RPE)と網膜ニューロンの両方を作り出せること3,4も明らかになった(図1)。そして、特定の細胞種を最大限に増殖させ、治療のために移植するという目的の下に、細胞培養法の開発が行われている。
これまでの研究で、ES細胞由来のRPE細胞は、試験管内で自己組織化して、特徴的な単層の細胞シートを形成することがわかっている。だが、神経網膜はもっと複雑な多層構造をしており、組織化を正確に再現することはかなりやっかいな問題である。しかし最近、ES細胞培養での水晶体様構造の生成5や、網膜前駆的なロゼット状構造の形成6を報告する論文が出され、試験管内での眼組織の組織化をある程度実現できる可能性が示唆された。
そして今回、理化学研究所 発生・再生総合科学研究センターの永樂元次ら1は、どの細胞種にも分化が可能な多能性細胞からなる均一集団を培養して、眼胞が表層側に突出する複雑なプロセスと、その後の陥入による二層構造の眼杯の形成が自律的に起こりうることを、美妙かつ明確に示した1。
永樂たちの成功のカギは、彼らが以前考案したES細胞の分化培養法7を改良して簡略化したこと、さらに、細胞外マトリックス成分を含む「Matrigel」を加えたことである。こうした条件下で、眼領域および網膜で発現するように構築した緑色蛍光タンパク質(GFP)レポーター遺伝子を使用し、神経上皮様のGFP発現細胞層が、ES細胞でできた中空ボールの側面から袋状に突出していくことを見つけた。この過程は、胚での眼胞形成とそっくりである。そして時間が経つにつれて、この眼胞は自発的にダイナミックな形態形成を行って陥入し、2つの細胞層からなる杯状構造を作った。この杯状構造では、神経網膜とRPEの両方の特異的分子マーカーが適正に発現されており、間違いなくこれらの細胞であることが確認された。また、RPEでは、その特徴である色素形成も観察された。
これらが本物の網膜であることをさらに決定付けたのは、この人工眼杯を培養し続けることで起きた細胞分化である。確かに、網膜前駆細胞(神経網膜の多分化能細胞)が、光受容細胞を含む主要な網膜ニューロン細胞種のすべてに分裂・分化したのだ。こうした現象は見たところ、正常な網膜組織形成の時系列に従っているようであり、また、その結果生じた細胞は、適切な細胞層内で正しく組織化されていた。
だが、培養下でES細胞から眼杯を生成できたからといって、根底にある発生原理を完全に解明できたわけではない。例えば、意外なことに眼杯は、神経上皮細胞と表層外胚葉もしくは間充織(通常は発生中の胚内で神経上皮細胞を取り巻いている)とのいかなる相互作用にも依存せずに形成される。永樂たち1の考えによれば、ES細胞由来の網膜細胞にはもともと内在的秩序が潜在的に備わっており、細胞が集合すると、上皮内の「局所ルール」や内的な力の連続的組み合わせに従って、自己組織化パターン形成をしてダイナミックな形態形成を行えるのだという。
永樂たちが今回開発した優れた培養系は、眼の発生に不可欠な分子的相互作用を操作することができ、今後の研究に大いに役立つ可能性がある。また、この3D培養系で、もっと長期の培養により機能的な桿体細胞の外節(光情報伝達を担うタンパク質複合体がある場所)を作り出すことができれば、網膜の光への反応を調べる機能研究の助けにもなるだろう。
さらに、ヒトでも同様の3D培養系を開発できれば、患者の組織から作製した人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使って、疾患モデルを作製したり薬剤を試験したりするという展望も開けてくる。治療手段のない視力障害の多くは光受容細胞の喪失が原因であり、ほかの網膜ニューロンはそのまま残っている。またマウスでは、発生期の網膜から単離した光受容前駆細胞を移植することで、成体の網膜が修復されることがわかっている8。今後の大きな課題の1つは、再生可能な細胞供給源から、十分な数の適切な発生期の光受容前駆細胞を入手することだ。この課題は、今回のようなES細胞3D培養系を使って、限定された発生段階で人工網膜を生成し、そこから移植用の前駆細胞を容易に単離することで、解決できるだろう。
翻訳:船田晶子
Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 6
DOI: 10.1038/ndigest.2011.110632
原文
DIY eye- Nature (2011-04-07) | DOI: 10.1038/472042a
- Robin R. Ali & Jane C. Sowden
- Robin R. Ali、ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ眼科学研究所(英国)
- Jane C. Sowden、同カレッジ小児保健研究所(英国)
参考文献
- Eiraku, M. et al. Nature 472, 51–56 (2011).
- Zuber, M. E., Gestri, G., Viczian, A. S., Barsacchi, G. & Harris, W. A. Development 130, 5155–5167 (2003).
- Lamba, D. A., Karl, M. O., Ware, C. B. & Reh, T. A. Proc. Natl Acad. Sci. USA 103, 12769–12774 (2006).
- Osakada, F. et al. Nature Biotechnol. 26, 215–224 (2008).
- Yang, C. et al. FASEB J. 24, 3274–3283 (2010).
- Meyer, J. S. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 106, 16698–16703 (2009).
- Ikeda, H. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 102, 11331–11336 (2005).
- MacLaren, R. E. et al. Nature 444, 203–207 (2006).
- 参考動画
http://nature.asia/nd06-nv-video1
http://nature.asia/nd06-nv-video2
http://nature.asia/nd06-nv-video3
http://nature.asia/nd06-nv-video4
http://nature.asia/nd06-nv-video5
http://nature.asia/nd06-nv-video6
http://nature.asia/nd06-nv-video7
http://nature.asia/nd06-nv-video8