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反水素の捕獲に成功!

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110205

原文:Nature (2010-11-18) | doi: 10.1038/468355a | Antimatter held for questioning

Eugenie Samuel Reich

反物質の一種、反水素を磁場で捕まえることに成功し、 物理学の基本的な対称性を検証できるようになるかもしれない。

物理学者にとって、反物質は、たとえほんのわずかでも貴重な贈り物である。しかし、これほどラッピングが難しい贈り物はない。通常の物質と反物質を比較すれば、標準模型の重要な前提である基本的な対称性を検証でき、さらには標準模型を超えた新しい物理学のヒントを探すこともできる。だが、反物質粒子が対応する物質粒子と接触すると、両者はエネルギーを放って対消滅してしまう。

陽電子と反陽子を結合させて反水素を作るために使われる磁場トラップの電極(金色の部分) | 拡大する

N. MADSEN, ALPHA/SWANSEA

今回、欧州原子核共同研究機関(CERN;スイス・ジュネーブ)で実験を行っている研究グループALPHAが、合計38個の反水素原子を磁場トラップ(磁気瓶)の中に170ミリ秒以上閉じ込めることに成功し、Natureに報告した1

1個の反水素原子は、負の電荷をもつ反陽子と正の電荷をもつ陽電子でできている。ALPHAの目的は、反水素と水素のエネルギー準位を比較し、反物質粒子は物質粒子と同じ電磁気力を感じているという、標準模型の重要な前提を確かめることである。カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の反物質研究者Cliff Surkoは、「反水素を調べるには、反水素を閉じ込めることが不可欠です。ですから、今回の成果は本当にすごいことなのです」と話す。

反水素の生成は、2002年、ALPHAの前身ATHENA2とALPHAのライバルATRAP3が、それぞれ独自に成功している。両者ともCERNで実験を行い、減速した反陽子と陽電子を結合させて多数の反水素原子を作ったのだが、数ミリ秒以内に容器の壁の通常物質とともに対消滅した。

ALPHAは今回、容器壁の物質との対消滅を防ぐため、磁場トラップの中で反水素原子を作った。反水素は反陽子や陽電子のような電荷はないが、水素と同じように構成粒子のスピンから生じる磁気的性質をもつ。研究チームは、8本のワイヤを流れる電流によって作られる八重極磁石を使い、トラップの壁の近くで最も強く、中心で最小になる磁場を作り、反水素原子がトラップの中心に集まるようにした。わずか38個の原子を閉じ込めるために、335回もの実験が行われた。(ATHENAは、1回で約5万個の反水素を生成した。)「反水素原子の閉じ込めは、反水素原子の生成よりもずっと難しいのです」と、ALPHAのスポークスマンJeffrey Hangstは話す。反水素分光を行うためには、最大で100個の反水素を一度に閉じ込める必要があるかもしれないと、Surkoはいう。

一方、ATRAPは、反陽子の冷却に使われる低温の電子から反陽子を効率的に分離することに成功したと、Physical Review Letters に報告している4。これは、より長く閉じ込められる可能性がある速度の遅い反水素原子の生成に、一歩近づく成果だ。ATRAPのスポークスマンGerald Gabrielseは、「ALPHAは、たった38個の反水素原子をわずか数分の1秒だけ閉じ込めたにすぎません。我々は、さらに低温の反水素原子をもっとたくさん作り、それらを閉じ込める新しい方法の開発に取り組んでいます。どちらのアプローチからよりよい結果が得られるか、いずれわかるでしょう」と話す。

さらに、2つの研究グループが反水素を調べようとCERNで実験を行っている。ASACUSAは、2003年、反水素原子ビームを作る方法を示した5。この論文の著者の1人で、理研基幹研究所(埼玉県和光市)の原子物理学者、山崎泰規は、「我々はすでに反水素原子を作り出すことに成功し、反水素ビームの実現にあと一歩のところまで来ています。反水素ビームを使えば、反水素原子を閉じ込めなくてもエネルギー準位を調べることが近くできるかもしれません」と話している。また、AEgISは、反水素と通常の水素で重力の作用を比較しようとしている。反物質の落下速度が通常の物質と同じことは、ほぼ間違いない。しかし、もしそうでなかったら、その結果は、量子力学と一般相対性理論を統一する理論のうち、正しいものを決める手がかりになるかもしれない。

(翻訳:新庄直樹)

参考文献

  1. Andresen, G. B. et al. Nature 468, 673–676 (2010).
  2. Amoretti, M. et al. Nature 419, 456-459 (2002).
  3. Gabrielse, G. et al. Phys. Rev. Lett. 89, 213401 (2002).
  4. Gabrielse, G. et.al. Phys. Rev. Lett. 105, 213002 (2010).
  5. Mori, A. & Yamazaki, Y. Europhys. Lett. 63, 207-213 (2003).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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