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水星の奇妙な素顔

メッセンジャーが撮影した高解像度画像から、以前は知られていなかった水星表面の地形が明らかになった。 Credit: NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Carnegie Institution of Washington

米国航空宇宙局(NASA)の水星探査機メッセンジャーは今年3月、水星を回る軌道に入り、初めての水星周回衛星となった。先頃、Scienceにメッセンジャーの最初の一連の観測結果が発表され、太陽系の最も内側の惑星、水星の正体と歴史について、従来の基本的な仮説の一部を再検討しなければならなくなった。

報告によると、これまで知られていなかったタイプの地形が発見されたほか1、高熱のために遠い昔に大部分が水星から失われているはずだと考えられていた揮発性の元素(硫黄やカリウムなど)が、ふんだんに存在する証拠が見つかった2。このほか、水星の地勢3、表面の化学組成4、磁場5,6,7に関する5つの報告があった。

こうしたメッセンジャーの観測結果が、このプロジェクトにかかわっている地球上の研究者に伝えるメッセージは明確だ。「水星は奇妙な惑星だ。すべてが変わっている。それがどんな種類の岩でできているのかも、その色さえもわからない。誰もがもうなくなってしまったと考えていた揮発性物質も、依然として存在する」。

プロジェクトのメンバー、ジョンズホプキンス大学応用物理学研究所(米国メリーランド州ローレル)の惑星地質学者Blewettらは、メッセンジャーが撮影した、水星のこれまでで最も高解像度の画像を調べ、北半球のクレーターの底、壁、中央丘に「くぼみ」が散在していることを発見した。この不規則な形のくぼみは、これまでに見つかっているいかなる地形にも似ておらず、直径数十mのものから数kmのものまである。水星の長い歴史の中で生じてきた隕石衝突によっても変化しておらず、できてからそれほど経っていないように見えるのだ1

「このくぼみは火山爆発でできたものではないようです」とBlewettは話す。ただし、火星の南極地域で見られる「スイスチーズ状の地形」とは少し似ている。スイスチーズ状の地形では、二酸化炭素の氷の堆積物が太陽の加熱によって昇華(固体が直接気体に変わること)し、その際、地表面から周囲の物質を少しずつ運び去る。

Blewettらは火星の例を参考にして、水星の地表面下の温度は一部の揮発性物質が安定に存在できるほど低いのだろうと考えている。「デブリ(天体の破片)が水星表面に衝突すると揮発性物質の放出を引き起こすエネルギーが供給され、揮発性物質が昇華する際に周囲の地形がえぐられるのでしょう」とBlewettは話す。

英国ミルトンキーンズにあるオープン・ユニバーシティ(通信手段などを利用して、遠隔教育を行う大学)の惑星科学者David Rotheryは、この研究には参加していないが、「このくぼみは確かに謎です。私も最も有力な説明は昇華によってできたというものだと思います」と話す。

Blewettらは、水星北部にあるラディトラディ盆地では、このプロセスにより水星表面の厚さ1cmの物質がなくなるのに7万~20万年かかったと見積もっている。つまり、くぼみができるのに数十億年かかったことを示している。

どうして揮発性元素が

しかし、水星は太陽系で最も小さな惑星であり、常に太陽に焼かれている。水星では簡単に表面からなくなってしまうと思われる元素を、どうして相当量保持し続けることができたのだろうか。水星は巨大な鉄の核を持ち、ほかのどの地球型惑星の核よりも惑星体積に占める割合が大きい。このことを説明するシミュレーションモデルの多くは、水星が初期に高熱にさらされたことを前提にしている。

これらのモデルでは、初期の水星の大きさが地球に近く、現在の水星の地殻とマントルよりもずっと厚い地殻とマントルを持っていたという仮定からシミュレーションを開始する。さらに、水星ができてすぐに大きな衝突があり、岩を作る物質の多くが失われたか、あるいは、若い太陽が高温だった時期があり、トーチランプのように水星の外側の層を熱して除去したかのいずれかのシナリオを想定している。

しかし、今回のメッセンジャーの最新の観測から、どちらのシナリオも正しくないことが示唆された。メッセンジャーのX線分光分析は、水星表面には、地球のマントルの少なくとも10倍以上の硫黄が含まれていることを示している2。また、ガンマ線分光分析の結果からは、水星表面のカリウムとトリウムの比がほかの地球型惑星の比に近いことがわかった4。この2つの結果は、水星は過去に高熱にさらされてはいないこと、形成時からそのマントルは現在のように薄かったかもしれないことを示唆している。ガンマ線分光分析の研究を率いたジョンズホプキンス大学応用物理学研究所のPatrick Peplowskiは、「水星の形成を説明するためにこれまで提案されてきた例外的な理論では、実はうまく説明できないという見方が、今、私たちの間では有力です」と話す。

では、水星とその巨大な鉄の核は、いったいどのようにしてできたのだろうか。太陽を回っていたガスとちりの円盤の中から集まって水星を形成した物質が鉄を豊富に含んでいた、と提案する理論研究者もいる。しかし、この仮説ではなぜ、太陽系のほかの地球型惑星は、同様の組成にならなかったのかがはっきりしない。

「これらの謎を説くことは、普遍的に重要なことです」とBlewettは話す。太陽系外惑星にも親星の近くを回り、岩石でできているものがある。水星は、そうした太陽系外惑星に最もよく似た太陽系内の天体だ。「水星を理解するまでは、こうした太陽系外惑星がどのようにしてできたのかを本当に理解したとは言えません」とBlewettは話している。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2011.111206

原文

Close-ups reveal a weirder Mercury
  • Nature (2012-09-29) | DOI: 10.1038/news.2011.561
  • Ron Cowen

参考文献

  1. Blewett, D. T. et al. Science 333, 1856-1859 (2011).
  2. Nittler, L. R. et al. Science 333, 1847-1850 (2011).
  3. Head, J. W. et al. Science 333, 1853-1856 (2011).
  4. Peplowski, P. N. et al. Science 333, 1850-1852 (2011).
  5. Anderson, B. J. et al. Science 333, 1859-1862 (2011).
  6. Zurbuchen, T. H. et al. Science 333, 1862-1865 (2011).
  7. Ho, G. C. et al. Science 333, 1865-1868 (2011).