Editorial

自前のポスドク供給をめざす中国

ポスドクは、世界中の研究所でいちばんの働き手であり、各国の研究代表者は、十分な学歴を有する勤勉な中国人ポスドクを頼りにしている。その一方で、中国国内で活躍する年配の科学者、特に海外での研究経験のある生物系科学者は、ポスドクが不足する現状をなげいている。

PhDを取得したばかりのトップクラスの中国人若手科学者は、現時点では、ほとんど全員が外国で独立したキャリアを形成する道を選んでいる。また、中国国内での就職を選ぶ中国人ポスドクの多くは、学界を見捨てて、バイオテクノロジー、製薬業界、受託研究といった高収入のキャリアに進んでいる。その結果、中国の大学に所属する科学者は、新たに入学する大学院生の教育訓練を繰り返して人材不足を補わないと、研究が継続できないという事態に追い込まれている。

中国人研究者は、勤勉で、研究に長時間を費やすという定評があり、中国政府も科学への投資を増やしている。にもかかわらず、国際基準に照らすときわめて生産性が低いように見える原因の1つとして、こうした国内事情があることはほぼ間違いない(Nature 2011年8月4日号22ページNews Feature参照)。この現状を、ある中国人科学者は「野心的な国家が二度墓穴を掘っている」と評している。つまり、まず学生の教育訓練に時間と資源を費やし、そのうえ、卒業生は海外に飛び出して、競争相手のために働いているからだ。

しかし、現在の制度下では、才能あるポスドクは、国を離れる以外にほとんど選択肢がないといえる。海外の定評ある研究所のほうが、質の高い論文を生み出すチャンスと成功の可能性は高いし、仕事を確保するうえでも有利だからだ。設備面でも中国国内の研究機関より優れていることが多く、給与も、国内のベテランの研究代表者と同等かそれ以上ある。

しかも、中国の大学や研究機関の幹部は、有能なポスドクを見つけるのはほとんど不可能だと思っている一方で、常勤ポストが空席になると、海外での研究経験のある研究者が選ばれてしまうことが非常に多いこともよく知っている。国内での研究で充実した内容の論文を発表した研究者であっても、業績は平凡だが米国やその他の国での職歴がある研究者に勝てない事例が何度も起こっている(Nature 2009年1月29日号522ページ参照)。そこから得られる教訓ははっきりしている。中国で研究者として成功したければ、海外の研究所で研鑽を積むしかない、ということだ。

しかし、流れは変わりつつあるかもしれない。上海の神経科学研究所(Nature 2011年8月4日号22ページ参照)が、北京の生命科学研究所、中国科学院生物物理研究所、清華大学、北京大学などと力を合わせて、「臨界質量」に近づける努力を始めているからだ。つまり、国内の優良研究機関の連合体を形成して、これまで海外で活動せざるを得なかった学生が、国内で独自に質の高いキャリア形成を始められる機会を提供し始めているのだ。

今後数年間で、非常に大きな成果が得られるかもしれない。米国経済が傾く一方で、中国国内では、ポスドクの給与引き上げを検討している一流の研究所がすでに現れており、中国での教育訓練が優位になる可能性が生まれている。中国で新たに設置されている研究機関は、欧米と同等かそれ以上の設備を備えており、このほかにも魅力的な点がいくつもある。霊長類の研究がしやすいのもその1つであろう。中国の研究環境が海外と同じようなレベルに達するのは、もう夢ではない。

新たにPhDを取得する中国人研究者にとって、国内の研究機関を自らのキャリアの出発点として検討することは、賢明な選択肢と考えられる。中国国内の研究機関も、海外から戻ってくる研究者ではなく、国内で教育訓練を受けた才能ある研究者を真剣に探すべきである。意識の変化が生じ始めれば、問題解決は早まる。1つの研究室で4~5人のポスドクを確保できれば、生産性も急速に上昇するはずだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2011.111128

原文

Staying at home
  • Nature (2011-08-04) | DOI: 10.1038/476005a