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「抗菌薬の切り札」が効かない多剤耐性菌が増えている (荒川 宜親)

荒川 宜親

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110122

かつて「魔法の弾丸」と称された抗菌薬。結核をはじめ、細菌による感染症の多くが治るようになり、「もはや感染症は脅威ではない」とまでいわれるようになった。ところが、今ごろになって、細菌が再び牙をむき始めている。抗菌薬の使いすぎによって、主要な3系統の抗菌薬に耐性をもつ多剤耐性菌が出現し、各国で感染や死亡例が相次ぐ事態に陥っているのだ。

––Natureダイジェスト:多剤耐性菌とは、どんな細菌なのですか。

表1 厚生労働省の院内感染対策サーベイランス(JANIS)事業による日本国内388病院、1万1133株の感受性試験の集計結果。(出典:2010年、厚生労働省 希少感染症研修会において、細菌第二部から発表されたデータ) | 拡大する

荒川:「多剤」の定義は、細菌の種類によります。現在問題になっている緑膿菌、アシネトバクター、大腸菌、肺炎桿菌などのグラム陰性菌では、これらの細菌による感染症に用いられることが多い3系統の抗菌薬のすべてに対して耐性を獲得した場合に、「多剤耐性緑膿菌」などとよばれています。その3系統とは、カルバペネムを含む広域β-ラクタム系、フルオロキノロン系、アミノグリコシド系の抗菌薬のことです。

––多剤耐性菌を巡って、何が問題視されているのでしょうか。

図1 インド、パキスタン、英国におけるNDM1産生菌の感染実態(出典: The Lancet Infectious Diseases電子版)。報告によると、インドのチェンナイで44人、ハリハナで26人、インドおよびパキスタンのその他の地域で73人、英国で37人の感染者が見つかったとされる。 | 拡大する

問題は大きく分けて3つあります。1つ目は、約10年前から、病院内において多剤耐性の緑膿菌やアシネトバクターに感染する入院患者が増え、この3月に、これまで日本で確認されなかった「特に、アミノ配糖体に極めて高い耐性度を示す多剤耐性アシネトバクター」の感染も海外帰国患者で発見されたことです。緑膿菌もアシネトバクターも健常者にとってはほとんど問題になりませんが、抵抗力の落ちた患者には、手術部位の感染や肺炎などを引き起こします。国内のサーベイランスでは、アシネトバクターに感染した患者のうち、多剤耐性菌によるものだった例は1パーセント以下で、緑膿菌についても3パーセント程度と低い値にとどまっていますが、米国では、多剤耐性アシネトバクターが30パーセント程度に達する病院や地域も出ています。

2つ目は、NDM-1(ニューデリー・メタロ-β-ラクタマーゼ1)という酵素を作り出す遺伝子を獲得した大腸菌や肺炎桿菌などの細菌が、世界的な広がりをみせ始めている点です。これらの菌も、3系統の抗菌薬のすべてに耐性を示します。2008年末に、インドを訪れたスウェーデン在住のインド系患者からNDM-1産生の大腸菌と肺炎桿菌が検出されたと報告され1、その後、米国本土でインドを訪問した人などからも検出されて、CDC(米国疾病予防管理センター)が警告を発していました。さらに今年の8月、医学雑誌『Lancet Infectious Diseases電子版』において、インドやパキスタンを旅行し、現地の医療機関を訪れた英国人などの一般市民から、NDM-1産生菌が散発的に見つかり、一部で発症例や死亡例も出ていることが報告されました。日本国内では、昨年、入院中の男性患者からはじめて分離されており、この10月には、90代の女性患者からも見つかりました。今のところ、病院内で感染が広がる事態にはなっていませんが、日本においても一部の医療機関でNDM-1産生株が広がっている可能性があるといえます。

3つ目は、内外で新たな抗菌薬の開発が全く進んでいないことです。細菌感染症の多くは短期間で治癒することが多いので、抗菌薬の利用も量が限られます。また、新たな耐性菌を出さないために、病院内では抗生物質の使用を極力抑える方向にあります。つまり、製薬企業にとって抗菌薬は、開発コストに見合う収益を見込めないものになっており、オーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)と同じ扱いになってしまっているのです。

––抗菌薬の使用と多剤耐性獲得には、どのような関係があるのでしょうか。

抗菌薬は、放線菌や真菌から得られた抗生物質と、人工的に合成した化学療法薬とを合わせた呼称です。これらは、細菌の細胞壁・タンパク質・核酸の合成を阻害したり、増殖に必要な代謝経路を阻害することで薬効を発揮します。治療で抗菌薬を用いると大半の細菌は死滅しますが、耐性を獲得したものは生き残ります。つまり、抗菌薬を使うことで、結果として耐性菌だけを選択的に生き延びさせることになり、「その細菌種内での耐性菌の割合」を高めていくことになります。

現在は多剤耐性菌に対して、国内で未承認の抗生物質を医師が個人輸入して使う、毒性などが強くて当初は実用化が見送られた抗生物質を新薬として使う、といったことが行われていますが、さらなる耐性菌が登場することは目に見えています。

––多剤耐性の獲得メカニズムはわかっているのでしょうか。

半世紀以上も前に、日本において、木村貞夫、秋場朝一郎、落合国太郎という3名の研究者や医師により「赤痢菌などで薬剤耐性が、ほかの細菌種にうつる」という現象が見つかり、内外で盛んに研究されました。薬剤耐性の伝播にかかわる遺伝子は「R因子」などとされ、やがてプラスミドがR因子の伝播を媒介していること、薬剤耐性遺伝子はセットで動くことが多いことなどが突き止められました。さらに、薬剤耐性遺伝子の機能は、「抗菌薬の分解酵素や修飾不活化酵素として働くもの」、「抗菌薬の標的になっている細菌のタンパク質などの分子の立体構造を変えることで薬効を失わせるもの」、「抗菌薬を菌体の外に排出するもの」など、実に多様であることもわかってきました。

ただし、薬剤耐性菌に関する研究は、現在はすっかり下火になってしまっています。現在の日本では、この分野の研究への研究予算がほとんどありません。私は、前職(名古屋大学医学部細菌学講座)時代に、多剤耐性の緑膿菌とセラチア・マルセスセンスから、IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼという酵素の遺伝子を世界で最初に発見し2、現在も未知の耐性メカニズムの同定や新しいタイプの抗結核薬の研究などを進めていますが、感染研だけでやれることには限りがあります。

––NDM-1遺伝子は、どのようにして大腸菌や肺炎桿菌に入り込んだのでしょう?

細菌は、細胞質内にあるプラスミドという環状のDNAを介することで、同種・異種を問わず、常に互いのDNAをやり取りしています。おそらく、NDM-1の遺伝子は、もともと環境中の何らかの細菌が、自らの生存のためにもっていたものだったのでしょう。それが偶発的に大腸菌や肺炎桿菌に取り込まれてプラスミドに組み込まれ、一部が安定した株として増殖したのだと思われます。

Lancet誌によると、NDM-1産生菌が、英国やインドの健常人の腸内からも検出されたとのことですが3、健常人の腸内などにおいて、毒性の強い赤痢菌やサルモネラ菌にNDM-1遺伝子が伝播してしまうことが危惧されます。そうなると、一般市民も多剤耐性菌による感染症にかかる可能性が高まり、大きな社会問題に発展しかねません。

––今、どのような対策が必要でしょうか。

病院内においては、多剤耐性菌が存在しているかどうかを早期に検出する体制を整えるべきでしょう。どのような抗菌薬に対する耐性をもつかは、通常の薬剤感受性試験で簡単に調べられます。多剤耐性菌が確認された場合には、同室や同病棟の入院患者に感染を広げないよう、患者を個別管理することが重要です。ただし、薬剤感受性試験でカルバペネム耐性が示されても、それがNDM-1によるものか、ほかの耐性機構によるものかまではわかりません。この9月に、厚生労働省結核感染症課が「多剤耐性大腸菌などの腸内細菌が見つかった場合、国立感染症研究所でNDM-1産生菌かどうかを調べる」との通達を出しました。12月末までの支援ですが、現時点で、全国から1日数件の検体が送られてきています。また、厚生労働省では2000年より、院内感染対策サーベイランス(JANIS)事業を進めており、全国の約600の医療機関における細菌検査結果をデータベース化しています。

市民の方々には、素人判断で抗菌薬を使うことがとても危険であることを強く認識していただきたいですね。病院等で投与されて飲み残した抗菌薬を、海外旅行で安易に服用する人がいますが、その抗菌薬で効くかどうかわかりません。また、先のランセット誌の報告のように、NDM-1産生菌を増殖させたり、NDM-1を産生する多剤耐性サルモネラ属菌を出現させたりする恐れもあります。

問題は山積みですが、できるところから対策を講じていくしかないと思います。

––ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)

参考文献

  1. Yong D. et al.,Antimicrob Agents Chemother. 53, 5046-54 (2009).
  2. Kumarasamy K.K. et al.,Lancet Infect Dis. 10, 597-602 (2010).
  3. Osano E. et al.,Antimicrob Agents Chemother. 38, 71-78 (1994).

Author Profile

荒川 宜親(あらかわ・よしちか)

国立感染症研究所 細菌第2部 部長。1983年名古屋大学医学部卒業。89年名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了、名古屋大学医学部細菌学助手。94年名古屋大学医学部細菌学助教授。96年国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)細菌・血液製剤部 部長。2002年国立感染症研究所細菌第2部 部長。病原細菌の病原性や薬剤耐性獲得機構に関する研究、薬剤耐性菌の分子疫学的調査や解析、サーベイランスなどを推進している。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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