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世界を変えた基礎科学の発見7選

Credit: Illustration: Ibrahim Arafath

米国政府はドナルド・トランプ大統領の下で、科学研究を破壊しようとしている。米国立衛生研究所(NIH)は、既に承認されていた助成金を20億ドル(約3100億円)近く削減し、全米科学財団(NSF)は1400件以上の助成を打ち切った。トランプ大統領は、科学を弱体化させるためのさらに大きな計画を持っている。彼は、2026年度の予算案では、国防関連以外の研究開発費を36%削減するとしている。

「彼らはさまざまな研究活動を途中で全面的に中止させました」と、バラク・オバマ元大統領の1期目と2期目の両方で科学顧問を務めたハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のJohn Holdrenは言う。「現政権は、今度は予算を削減することにより、この状態を定着させようとしています」。

打ち切られた研究や削減の脅威にさらされている研究には、商業的な性質を持ち実用化が始まっていた「応用」研究もあれば、新たな知識を切り開こうとする「基礎」研究、別名「ブルースカイ」研究もある。

基礎研究は実用的でないように見えることがあるため嘲笑されやすいが、実際には経済成長の主要な原動力となっている。「基礎研究への投資がもたらすリターン、すなわち社会への還元は非常に大きく、典型的には1ドルの投資が数ドルの利益を生んでいます」とHoldrenは言う。

米国の研究助成金の削減によって特に深刻な打撃を受けるのは基礎研究だ。基礎研究は歴史的に、主に政府から支援を受けてきたからである。Holdrenは、民間セクターが基礎研究に十分な投資を行うことは決してないと言う。「出資者がリターンを得られるようになるまでの時間が長過ぎる上、リターンを回収できるかどうか不確実であるからです」とHoldren。「だからこそ、基礎研究に資金を提供することは、根本的に政府の責任なのです」。

連邦政府の支援の削減によって将来の発見がどの程度制限されるかを予測することはできないが、科学者らは、基礎研究から生まれて世界を変えた研究成果をいくらでも挙げることができる。以下では、その例をいくつか示す。

温泉からDNA鑑定へ

1967年にイエローストーン国立公園のマッシュルーム・スプリングの傍らに立つThomas Brock。 Credit: Thomas Brock/USGS

1966年の夏、インディアナ大学(米国)の微生物学者Thomas Brockの下で学んでいた学部生のHudson Freezeは、イエローストーン国立公園の外れの小屋で暮らしていた。Brockは、ある種の微生物は驚くほど高温の環境でも生きられるはずだと確信していた。Freezeは、公園内のクマや、餌を求めて道端に出てくるクマを見ようとして観光客が車を停めてしまう「クマ渋滞」を避けながら毎日温泉に出かけていき、細菌の試料を採取してきた。

9月19日、Freezeはマッシュルーム・スプリングから採取した黄色がかった微生物の培養に成功した。彼は顕微鏡下で、沸点に近い温度の熱水の中から集めた細胞が並んでいるのを目にした。現在はサンフォード・バーナム・プレビス医学発見研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)に所属しているFreezeは当時を振り返って「私はそれまで誰も見たことのないものを見ていました」と言う。「今でも、顕微鏡をのぞいた時のことを思い出すと鳥肌が立ちます」。

3年後、FreezeとBrockは、その細菌の1種について記載し、Thermus aquaticusと命名した1。この細菌は70℃で最もよく増殖した。続く1970年には、T. aquaticusから1つの酵素を単離し、この酵素が最適温度95℃で糖代謝を行うことを見いだした2。Freezeはこの頃には大学院で粘菌の研究に取り組むようになっていたが、他の研究者らはT. aquaticusの研究を続け、1976年にはシンシナティ大学(米国オハイオ州)のチームが別の酵素を単離した3。80℃で新たなDNAを合成することができる「DNAポリメラーゼ」だ。

7年後、生化学者のKary Mullisがポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を開発していたとき、このTaqポリメラーゼが非常に重要な役割を果たすことになる4。PCRは1本のDNA断片を短時間で何千倍にも増幅する技術だが、2本鎖のDNA分子をほどくためには高温にする必要があり、高温に耐えられるポリメラーゼが必要とされたのだ。

今日ではPCRは、医療分野(臓器移植のドナーとレシピエントの適合性の判定やがんの診断など)から犯罪捜査(DNAフィンガープリント法による殺人犯の特定など)まで、あらゆる分野で不可欠なツールとなっている。

MRIの起源

1930年台にIsidor Rabiらが行った研究は、後にMRIスキャン技術の開発に寄与した。 Credit: RDB/ullstein bild/Getty

磁気共鳴画像法(MRI)は現代医療の主要な支柱になっている。MRIは人間の体内の解剖学的構造の詳細な画像を生成し、心臓の構造の異常や腫瘍の増大や縮小などを明らかにすることができる。ここから派生した機能的MRI(fMRI)という手法では脳内の血流の変化を追跡し、研究者が脳の働きに関する根本的な知見を得ることを可能にした。さらにMRIは非侵襲的で、他の多くの画像化法とは違って放射性物質や電離放射線を用いる必要がない。

MRIの起源は1930年代の研究までさかのぼることができる。それは原子核とその内部の素粒子の物理的性質に関する研究で、ルモイン大学(米国ニューヨーク州シラキュース)の化学者Carmen Giuntaは、「ごく一部の研究者にしか分からない難解な研究で、応用の見込みは見えておらず、考えられてもいませんでした」と言う。

MRI装置の開発への道を切り開いた重要な発見の1つは、原子核を構成する陽子と中性子の研究から得られた。これらの粒子は、角運動量を表す「スピン」という性質を持っている。

1930年代、物理学者のIsidor Rabiらは原子核のビームを磁場中に通すことで、スピンについて調べていた。陽子や中性子は、そのスピンの向きによって、磁場中でわずかに異なるエネルギー準位をとる。Giuntaは、「彼が開発した共鳴法は、磁場中でこれらのスピンが向きを変える瞬間を検出する手法でした」と説明する。この業績によりRabiは1944年にノーベル物理学賞を受賞した。

核磁気共鳴は最初に化学実験室で応用された。原子核は周囲の環境に敏感であるため、磁気共鳴を精密に測定することで、大きな分子の中で原子同士がどのように結合しているかを決定することができたのだ。1970年代以降、磁気共鳴は生体組織を画像化する手段へと変化していった。Paul LauterburとPeter Mansfieldは、MRI開発の功績により2003年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞した。

ニンジンと薄型テレビ

Otto Lehmannは液晶の観察を行った。 Credit: Unknown author

全ては1888年初頭のチェコ・プラハで、植物学者のFriedrich Reinitzerがニンジンの根からコレステロールエステルと呼ばれる化学物質を数種類抽出したことから始まった。その中の安息香酸コレステリルという物質の結晶が、予想外の挙動を見せたのだ。通常の結晶は、加熱した場合に、結晶が溶けるときの温度と透明になるときの温度は同じだが、この結晶は違っていた。コートダジュール大学(フランス・ニース)のMichel Mitovは、「安息香酸コレステリルの結晶は145℃で溶けながらも青みがかった色は保ち、178℃になってようやく透明になったのです」と説明する。

他の研究者も過去に同様の挙動を目にしていたが、Reinitzerは、そこに新しい重要な現象が働いている可能性があることを見抜いた。ただ、その説明の仕方は分からなかったので、3月14日に、プロイセン領だったアーヘン(ドイツ)に住む物理学者のOtto Lehmannに長い手紙を書いた。「Lehmannは、この観察を続けて再現するのに最適な同僚でした」とMitovは言う。Lehmannは加熱ステージ付きの顕微鏡を製作していて、結晶の挙動をリアルタイムで観察することができたからだ。2人は数週間にわたって手紙と試料をやりとりし、Reinitzerは5月にウィーンで開催された学術会議で最初の成果を発表した。

Lehmannの主要な観察結果は、結晶が溶けて液体になっても、結晶としての性質の一部を保持しているということだった。ところが、別の面では、この物質は液体だった。分子レベルでは、この物質は長い分子からなり、その分子は結晶のように整然とした向きを保ちながら、液体のように自由に動くこともできたのである。Lehmannはこれを「液晶」と呼んだ。

多くの研究者は何十年もの間、この事実を受け入れようとしなかった。それは、物理学者や化学者が物質を分類するために用いていた体系に真っ向から反するものだったからだ。物質は、固体か液体か気体のいずれかであるはずだった。液晶はその境界を曖昧にするもので、これを受け入れるには「非常に高い知的コスト」を要したとMitovは言う。

20世紀前半を通じて、液晶の性質に関する証拠が積み上がり、否定できないものとなっていったが、そんなものは何の役にも立たないという思い込みから液晶の研究は途絶えてしまった。この分野が息を吹き返したのは1950年代後半で、米国の化学者らが液晶研究を始めた。そして、1968年には技術者らが液晶をベースにした最初のフラットスクリーンを開発し、最終的には薄型テレビの誕生につながった。Mitovによると、液晶の応用範囲は、スクリーン以外にも、カメラ、顕微鏡、スマート材料、ロボット工学、さらには偽造防止技術にまで及んでいるという。

遺伝子編集革命への小さな一歩

Francisco Mojicaらによる微生物遺伝子の研究は、CRISPR遺伝子編集システムの開発を支える基盤となった。 Credit: Juan Carlos Soler/AECHDC/Archivo ABC/Alamy

アリカンテ大学(スペイン)の微生物学者であるFrancisco Mojicaは、「CRISPRの新たな応用例や、CRISPRが誰かを治癒させた事例を見るたびに頭が爆発しそうになります」と言う。

CRISPRはゲノムを極めて精密に編集できるツールで、その名称は「Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats(規則的な間隔で並ぶ回文反復配列のクラスター領域)」の頭文字を取ったものだ。この技術は基礎研究に非常に大きな可能性を開くと同時に、鎌状赤血球症や免疫不全や命に関わる代謝疾患などの遺伝性疾患の治療への道も開いた。このツールを開発したEmmanuelle CharpentierとJennifer Doudnaは、2020年にノーベル化学賞を共同受賞した。

この革命をもたらした発見がなされたのは何十年も前のことだった。1989年、博士課程学生だったMojicaは、アリカンテ近郊の塩田で見つかった単細胞生物のアーキアHaloferax mediterranei R-4を調べていた。彼は、この微生物がこれほど塩分濃度の高い環境で生きられる仕組みの解明に取り組んでいた。Mojicaはこの微生物のゲノム中の有望そうな領域をいくつか特定し、その塩基配列を解読したところ、意外なことに、短い配列が規則的な間隔で繰り返されているのを発見した。彼や他の研究者らはこの反復配列にさまざまな名前を付けたが、最終的にCRISPRに落ち着いた。研究を進める中で、Mojicaはこの反復配列の役割として想定される仮説をいくつか提案したが、彼自身が自嘲気味に言うことには、どれも「完全に的外れ」だったという5

その後Mojicaは、同様の反復配列が、塩分濃度が高くない環境で生きている他の多くの微生物でも見つかることを知った。「配列がどのような役割を担っているにせよ、多様な環境の特性とは無関係であることは明らかでした」と彼は言う。

決定的な手掛かりは、反復配列の間にバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)のゲノムに由来する塩基配列が見つかったことだった。Mojicaはやがて、特定のファージに由来する塩基配列を持つ細菌は、そのファージに感染しないことに気が付いた。「これは獲得免疫系だろうと推測しました」と彼は言う。「ある祖先細菌が、ファージから短い配列を切り取ってCRISPRの反復配列の間にスペーサーとして組み込むと、その後の子孫は、このファージによる感染に抵抗性を示すようになるのです」6

Mojicaは、これが重大な発見であることを悟った。細菌やアーキアで獲得免疫系が確認されたことはなかったからだ。彼はまた、これが細菌感染症の治療に役立つかもしれないとも考えた。その後、他の研究者らが、CRISPRがDNA上の特定の位置で切断することによって機能していることを発見した7。そこからDoudnaとCharpentierが、この系を利用し、遺伝子編集に使えるように再プログラムする方法を発見した。こうしてCRISPR革命が始まったのだ8

痩せ薬のヒントはトカゲ

アメリカドクトカゲの毒液に含まれるペプチドの研究はGLP-1受容体作動薬の開発に一役買った。 Credit: Getty

セマグルチドのような肥満症・糖尿病治療薬は、現代の奇跡の薬となっている。米国では既に人口の5%近くが減量目的でこれらの薬を使った経験があり、世界の市場規模は2030年までに1000億ドル(約15.5兆円)に達すると予想されている。こうした薬剤の開発につながった研究の多くは最初から医療への応用を目的としていたが、主要な発見の1つは米国に生息する唯一の毒トカゲであるアメリカドクトカゲ(Heloderma suspectum)の研究から得られた。

物語の核心にあるのは、ヒトの腸で産生されるグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)という分子だ。1980年代、化学者のSvetlana MojsovはGLP-1がインスリンの産生を促し、血糖値を下げることを示した9

現在はトロント大学(カナダ)に所属しているDaniel Druckerは、Mojsovと共同でこの初期の研究に従事していた。「私たちは、GLP-1を糖尿病の治療に用いる可能性に注目していました」と彼は言う。「10年後の1996年、私たちや他の研究者らはGLP-1が食物の摂取量を減らすことを発見し、これを減量に用いる可能性が見えてきました」。けれども問題があった。GLP-1の半減期はわずか数分と、非常に短いのだ。これでは体内で十分な効果を発揮する前に分解されて消えてしまい、薬剤として役に立たない。

そこでDruckerらは、GLP-1と結合してインスリンの産生を促す受容体に着目し、これを薬剤標的とすることを考えた。

ここでトカゲが登場する。米国南西部とメキシコの一部に生息するアメリカドクトカゲは、毒を持ち、「ヒラモンスター」という恐ろしげな別名があるものの、動きは遅いので、人間にとっては比較的無害な動物だ。1992年、ニューヨーク退役軍人医療センター(米国)のJean-Pierre Raufmanが率いるチームは、アメリカドクトカゲの毒液からエクセンディン-4というペプチドを同定した10。エクセンディン-4の構造はGLP-1と非常によく似ていたため、DruckerはこれがGLP-1受容体に結合してGLP-1の機能を模倣するかどうかの検証に着手した11

実際、エクセンディン-4はGLP-1の機能を模倣しており、こうしてエキセナチドという薬剤が開発された。2008年には彼が主導してエキセナチドの第3相臨床試験が実施された。エキセナチドは2型糖尿病患者の血糖コントロールを改善し、体重も減少させた12

その後も、GLP-1受容体作動薬が続々と登場し、肥満症治療の歴史は新たな段階へと進んだ(2024年12月号「抗肥満薬が肥満以外にも効く理由」参照)。

花から新薬へ

紫色の花が咲くペチュニアの研究は、RNA干渉(RNAi)の発見に寄与した。 Credit: Getty

2025年3月、米国食品医薬品局(FDA)は血友病(命に関わる出血を引き起こす可能性のある血液凝固障害)の2つの主要なタイプの治療薬として、フィツシランを承認した。フィツシランは、短いRNA断片を用いて遺伝子の発現を阻害するRNA干渉(RNAi)薬という新しいクラスの最新の薬剤である。

RNAi薬は、30年以上にわたる研究の成果である。始まりは偶然の発見だったが、その後、綿密な基礎研究が続けられた。

出発点は、DNAプラントテクノロジー社(DNA Plant Technology、米国カリフォルニア州オークランド)に在籍していたRichard Jorgensenが1990年に主導した研究だった。彼は、遺伝子が調節される仕組みを解明しようと、同僚と共に、紫色の花が咲くペチュニアの遺伝子を改変して色素を制御する遺伝子をもう1コピー追加し、より鮮やかな色にしようとした。ところが意外なことに、花の色は濃い紫色になるどころか、白くなってしまった13。研究チームは「そのメカニズムは不明である」と報告している。

その後の数年間で、研究者らはこの現象を掘り下げ、細胞に短いRNA断片を注入すると、この現象を引き起こせる可能性があることを明らかにした。そして1998年、現在はスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)に所属しているAndrew Fireや、マサチューセッツ大学チャン医学系大学院(米国ウースター)のCraig Melloらがそのメカニズムを発見した。彼らは、短い二本鎖RNAが、一連の複雑な過程を経てメッセンジャーRNA(mRNA)の分解を引き起こすことを明らかにした。mRNAはタンパク質を組み立てるための鋳型として使用されるため、これを分解することでタンパク質の産生を防ぐことができる14

この研究により、FireとMelloは2006年のノーベル生理学・医学賞を受賞し、新しいカテゴリーの医薬品が誕生した。

古代の隕石ときれいな空気

古代の岩石の年代決定に関する研究から、Clair Pattersonは、環境中の鉛汚染の発生源特定に貢献した。 Credit: Courtesy of Caltech

1950年代、地球化学者のClair Pattersonは、鉛のことで頭を悩ませていた。この問題を解決するための彼の研究が、後に数百万人の命を救うことになる。

Pattersonは当時、ウランとトリウムの放射性崩壊を用いて岩石の年代を決定する手法を開発しようとしていた。これらの元素は、数十億年という時間をかけて、核分裂によって軽い元素へと変化し、最終的に各種の鉛同位体になる。Pattersonは、さまざまな鉛同位体の比率を測定することで、古代の岩石の年代を特定することができた15

Pattersonはここで鉛汚染の問題に対処しなければならなかった。彼はカリフォルニア工科大学(米国パサデナ)を拠点としていたが、ここは大気汚染が深刻な地域であった。ミシガン大学(米国アナーバー)の環境保健科学者のJerome Nriaguは、「カリフォルニア州は盆地になっています」と説明する。この地形が汚染物質を蓄積させるのだ。Pattersonは流入する空気を全てろ過する「クリーンラボ」を建設しなければならなかった。

こうした苦労はあったものの、Pattersonはアリゾナ州のバリンジャー隕石孔を作った隕石の破片であるキャニオン・ディアブロ隕石や、他のいくつかの隕石の年代を高い精度で決定することに成功した。Pattersonはそれらが全て45億5000万年前のものであることを示した。当時、隕石と地球は同時期に形成されたと考えられていて、地球の年齢は従来の精度の低い手法で測定された隕石の年代から推定されていたが、Pattersonの測定によりその数字が確定した。彼は1953年の学術会議でこの結果を発表し16、1956年に論文として発表した。

科学における最大の謎の1つを解き明かしたPattersonは、次に鉛汚染の問題に注目した。汚染源は何なのか? それは有害なのだろうか?

Pattersonは、汚染源は有鉛ガソリンではないかと考えた。彼は米国地質調査所(USGS)の地球化学者である立本光信(たつもと・みつのぶ)との共同研究により、数年がかりでこの仮説を立証した。Pattersonと立本は1963年の論文で、鉛汚染が海洋の最も遠隔地まで到達していること、そして過去数百年の鉛濃度ははるかに低かったことを示した17。この研究は鉛産業との間で激しい対立を引き起こしたが、最終的には有鉛ガソリンの禁止につながり、世界で年間100万人以上の早死にと数兆ドル(数百兆円)の経済損失を防ぐことができたと推定されている。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 23 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2026.260225

原文

7 basic science discoveries that changed the world
  • Nature (2025-10-30) | DOI: 10.1038/d41586-025-03474-x
  • Michael Marshall
  • 英国デボン州を拠点とするフリーランスライター

参考文献

  1. Brock, T. D. & Freeze H. J. Bacteriol. 98, 289–297 (1969).
  2. Freeze, H. & Brock, T. D. J. Bacteriol. 101, 541–550 (1970).
  3. Chien, A., Edgar, D. B. & Trela, J. M. J. Bacteriol. 127, 1550–1557 (1976).
  4. Green, M. R. & Sambrook, J. Cold Spring Harb. Protoc. 2019, 436–456 (2019).
  5. Mojica, F. J. M. & Rodriguez-Valera, F. FEBS J. 283, 3162–3169 (2016).

  6. Barrangou, R. & Horvath, P. Nature Microbiol. 2, 17092 (2017).
  7. Garneau, J. et al. Nature 468, 67–71 (2010).
  8. Jinek, M. et al. Science 337, 816–821 (2012).
  9. Mojsov, S. Int. J. Pept. Protein Res. 40, 333–343 (1992).
  10. Eng, J., Kleinman, W. A., Singh, L., Singh, G. & Raufman, J. P. J. Biol. Chem. 267, 7402–7405 (1992).
  11. Chen, Y. E. & Drucker, D. J. J. Biol. Chem. 272, 4108–4115 (1997).
  12. Drucker, D. J. et al. Lancet 372, 1240–1250 (2008).
  13. Napoli, C., Lemieux, C. & Jorgensen, R. Plant Cell 2, 279–289 (1990).
  14. Fire, A. et al. Nature 391, 806–811 (1998).
  15. Tilton, G. R. in Biographical Memoirs Vol. 74, 266–286 (National Academies Press, 1998).
  16. Patterson, C. Geochim. Cosmochim. Acta 10, 230–237 (1956).
  17. Tatsumoto, M. & Patterson, C. C. Nature 199, 350–352 (1963).