AIによるウイルス設計はAIによる生命創出への一歩
AIで設計されたバクテリオファージには宿主の細菌に感染して死滅させる能力があった。 Credit: Ruslanas Baranauskas/Science Photo Library/Getty
科学者が、人工知能(AI)で設計されたバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス、以下ファージ)を世界で初めて作り出した。このファージは、複数の大腸菌(Escherichia coli)株を標的にして死滅させる能力を有している。
「AIシステムが、生物として破綻のないゲノム規模の塩基配列を書くことができたのはこれが初めてです」とスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の計算生物学者Brian Hieは話す。そして「次の段階はAIで生命を生み出すことです」とHieは言うが、同僚のSamuel Kingは「生物を丸ごと設計するには多くの実験的進歩が必要です」と言い添える。
HieやKingらによる今回の研究は、2025年9月17日プレプリントサーバーbioRxivで発表され(S. H. King et al. bioRxiv https://doi.org/p7dj; 2025)、まだ査読を受けていないが、彼らはこの研究について、細菌感染症の治療に用いられる生物工学関連のツールや治療法をAIで設計する可能性を示すものだと述べている。「このような戦略が既存のファージ療法戦略を補完し、将来的には、懸念される病原体を標的とする治療法を強化できるようになることを期待しています」とHieは語る。
AIモデルはこれまでにもDNA塩基配列、単一のタンパク質、さらには多要素からなる複合体の生成に用いられてきた(A. Madani et al. Nature Biotechnology 41, 1099–1106; 2023)。しかし、全ゲノムの設計は、遺伝子間の相互作用や遺伝子の複製・調節過程が複雑なため、はるかに困難だ。こうしたAIシステムは今や、全ゲノムのように極めて複雑な生物システムを操作する研究者を支援できるようになったと、Hieは話す。「完全なゲノムを設計できてこそ、調べたり利用したりできる重要な生物学的機能が数多く存在するのです」。
この研究は、現時点で何ができるのかを示した説得力のあるケーススタディーであり、将来のより野心的な応用に向けた基盤を築くものです
コンピューターから生まれたゲノム
ファージのゲノムを設計するため、研究チームはDNA、RNA、タンパク質の配列の解析と生成を行うAIモデル、Evo 1とEvo 2を用いた。まず必要となったのは、望ましい特性を持つゲノムをAIモデルに生成させる際の出発点となる塩基配列、すなわち「設計の鋳型」だ。研究チームはこの鋳型としてΦX174を選んだ。ΦX174は単純な一本鎖DNAウイルスであり、11個の遺伝子に5386塩基を持ち、宿主に感染してその細胞内で自らを複製するのに必要な遺伝要素を全て備えている。
Evoモデルは既に200万件を超えるファージゲノムで訓練済みであったが、研究チームはさらに「教師あり学習」と呼ばれる方法でそのモデルを訓練し、特に抗生物質耐性を持つ大腸菌株に感染するという特定の機能を有するΦX174様のファージゲノムを生成できるようにした。
研究チームは、AIが生成した何千もの塩基配列を評価し、302種類の生存可能なファージに絞り込んだ。候補の多くはΦX174と40%以上の塩基の同一性を示したが、コード配列が全く異なるものもあった。彼らはAIが設計したゲノムからDNAを合成し、それを宿主細菌に導入してファージを増殖させた。続いて、これらのファージが大腸菌に感染して死滅させられるかどうかを検証する実験を行った。
AIが設計した302種類のファージのうち16種類が、大腸菌に対する宿主特異性を示し、この細菌に感染することができた。研究チームはまた、AI設計ファージを複数組み合わせることで、野生型のΦX174では感染や死滅が起きなかった3種類の異なる大腸菌株に感染して死滅させられることを見いだした。
「これはとても意外な結果で本当にワクワクしました。この方法が非常に有用な治療法になる可能性が示されたのですから」とKingは語る。
バイオセーフティーに関する懸念
「この研究は、現時点で何ができるのかを示した説得力のあるケーススタディーであり、将来のより野心的な応用に向けた基盤を築くものです」とコールド・スプリング・ハーバー研究所(米国ニューヨーク州ローレルホロー)の計算生物学者Peter Kooは話す。彼は「興味深い応用領域にスポットライトを当てています」と付け加える。
Kooによれば、Evoモデル単体では、研究チームによる介入や方向付け、フィルタリングなしにファージを設計・生成するにはまだ不十分だという。「しかし、彼らが設けた全てのフィルターに加えて、設計から合成・評価に至るまでのワークフローを含めたシステム全体として見れば、機能的なゲノムの設計につながり得る手法となっていることが示されていると思います」とKoo。
AIを使ってヒトに危害を及ぼし得るウイルスを設計することには、倫理的な懸念がある。しかし、ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク(ドイツ)の生物物理学者で合成生物学者でもあるKerstin Göpfrichは、デュアルユース(軍民両用)のジレンマとして知られるこの問題について、AIに固有のものではなく生物学に常に付きまとうものだと指摘する。「研究全般においてデュアルユースのジレンマは常に存在すると思います。AIは何ら特別なものではなく、進歩というものは常に善にも悪にも使えるのです」とGöpfrichは話す。
著者らは論文中でバイオセーフティー上の懸念について触れている。彼らは、Evoモデルの訓練データから、ヒトを含む真核生物に影響を及ぼすウイルスを除外したという。今回の研究に用いられたΦX174ファージ・大腸菌宿主系も非病原性であり、「分子生物学研究において長く安全に使用されてきた」と彼らは記述している。
研究チームは、自分たちの手法が、拡大しつつある細菌の薬剤耐性の問題をはじめとする公衆衛生問題に対処したり、さまざまな疾患を治療したりするAI設計ウイルスを安全に生成する方法として用いられるようになることを期待している。
「この分野は今後、間違いなく成長していくでしょう。私は大いに期待しています」とGöpfrichは言う。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 23 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2026.260111
原文
World’s first AI-designed viruses a step towards AI-generated life- Nature (2025-09-19) | DOI: 10.1038/d41586-025-03055-y
- Katie Kavanagh
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